【第四百八十話】キャリア:イルモラシア・ブラッス(2)襲撃者
日が昇って、辺りが明るくなってきた頃、私たちは森の中を歩いていた。
三人とも魔法杖を持ち、体の周りに魔法で作った鎧をまといながら、周囲を警戒していた。
「その魔物って、どんな見た目なんですか」
「さぁ。ただ、森を焼き払えばそれでいいって言われたから、わからない」
師匠はそう言って、その小さな体を寒さでぶるりと震わせた。
彼女は白色のコートを着ていて、周囲には小さな火の玉を浮かせてると言うのに、それでも寒そうな様子だった。
「寒いんですか?」
「うん。イルアは寒くないの?」
「まぁ……慣れましたから」
対する私は、長袖を二枚着て、それで寒さをしのいでいる。
街を出たのはかれこれ四日も前だから、寒さにはもう慣れてしまったのだ。
「でも……メッダルは……」
「うん? なに?」
私と師匠がメッダルの方を見ると、彼女は不思議そうな顔で首をかしげた。
白い薄地の服。丈は膝下までしかなく、腕は肘の関節から先の肌が露出していた。
その下に何かを着用している様子は見受けられない。
……感覚死んでる?
「僕のすべすべのお肌に何か付いてるのかな?」
「よくそんな薄ら寒いことが言えるね?」
「ひどくない?」
私の言葉にそう答えたメッダルは、ただでさえ白い肌が寒さによってより一層白く見えた。
周囲の葉に霜がつくほどの寒さだと言うのに、メッダルは全然ものともせずにピンピンしている。
馬鹿は風邪を引かないと言うが、それに付随して寒さも感じにくいのではないだろうか。
「寒いことに強いのはいいことだよ」
「でも流石にこれは度を越してますよ」
「僕からしてみれば、そんなに寒さ対策をしている君らは貧弱に見えるけどなぁ」
……は?
私はメッダルの言葉を聞いて、歩みを止めた。
「いま師匠を馬鹿にした?」
「イルア、だめ」
「いいや? ただ、貧弱と言っただけだけど?」
「メッダも」
「それを馬鹿にしたって言うんだけど」
「そうなのっ!? いやー、人間っていうのは案外オツムが足りないんだね? 貧弱は事実でしょ!?」
こいつっ。
私は杖で地面をコンッと叩き、周囲に光の玉を生成した。
対抗するようにメッダルも闇の玉を生成する。
「やる?」
「僕は構わないよ」
私は瞬時に魔力を放出して、すぐにでも防御が取れるように準備をした。
メッダルは杖を派手に回転させて、私の視線を誘導しようとしている。
彼女がよくやる戦法だ。
回転している杖の方に気を取られていると、意識を向けていないところから不意打ちが飛んでくる。
かといって、他のところに気を配りすぎていると、今度は真正面から攻撃が来るのだ。
「喧嘩は駄目って、言ってるよね」
師匠がそう言った瞬間、突如として私たちが準備していた光と闇の玉が消滅した。
消滅……というよりは、元の魔力に戻ったというべきだろうか。
瞬時に辺り一帯の魔力濃度を薄めて、魔法の維持を不可にした。
師匠の仕業だろう。
「何度も言わないといけないことかな」
師匠がそう言って、私とメッダルの間に入った。
「でも……」
「イルア、あなたはもう少し冷静になって」
師匠は少し顔をしかめながら、私の方を見上げてそう言った。
可愛い。
「メッダも、なんでそんなに喧嘩を売りたがるの?」
「あはは、イルモラシアってからかい甲斐があるんだよ」
やっぱりメッダは嫌いだ。
とはいえ、師匠の怒った顔を見ることはできたし、そこまで悪くは思っていない。
師匠を馬鹿にしたのは許せないが。
「本当に、警戒心を持って動いてね」
師匠がそう言って私たちのことを少しだけ睨んできた。
結構怒っているらしい。
割といつものことだというのに。
「すみません……」
「あと」
師匠が呟いて、目を瞑った。
「?」
その瞬間、師匠の頭上で何かが砕け散った。
「師匠!?」
私はすぐさま師匠の傍へ寄って、魔法杖を構えた。
地面を見ると、魔法で造られた岩の壁の破片と、二本に割れた矢があった。
誰が……!!
「イルアに喧嘩を売ったのは仲間割れを演じるため……なのかな?」
「御名答」
師匠とメッダルがそんな会話をして、二人は木々を見上げていた。
木の上に複数の影。
そいつらは全身に緑色の布を纏っており、各々が弓矢でこちらを狙っていた。
腰に短剣、頭をバンダナで覆っていて、表情を読み取ることができない。
太陽を背にしているせいか、こちらの視界が強制的に制限されている。
まるで獲物を狙うときのような布陣。
「作戦は?」
「こぶしで」
「了解」
その言葉は二人の中で沢山ある合図のうちの一つだった。
『殺さずに・ぶちのめして・情報を吐かす』の合図。
こうなってしまうと、もう私に出番はない。
「煙幕」
「はいよ!」
瞬間的に辺りが霧で包まれる。
メッダルの得意とする煙幕を張る魔法。原理的には一度生成した水の塊を、瞬間的に細かく拡散させるものだそうだ。
少しの時間で完全に辺りが見えなくなってしまった。
「怯むな! 放てっ!」
そんな声が聞こえて、空から矢が降ってくる。
一本が私の足元に突き刺さった。
「相手、結構手練れですよ?」
私はかろうじて師匠の姿を視認することができたので、小さな声でそう言った。
喋るということは魔物ではない、どこかの民族か亜人かのどっちかだろう。
「だね。でも、木の上を選ぶのは少しお間抜けかな」
師匠がそう言っている間にも、頭上からは大量の矢の雨が降り注いできて、私はそれを岩の壁で弾き返していた。
「まぁ、かもですね」
私がそう言うと、師匠は一歩前に出て、杖を空に掲げた。
師匠の杖は至ってシンプルで、普通の杖の先に風の魔石がついているものだった。
それは今から約一〇〇年前、彼女が英雄と旅をしていたときに使っていた杖である。
「吹き飛べ」
師匠がそう言った瞬間、耳を割る音が森中に響いた。
メッダルの構築した煙幕は一瞬で晴れ、木に付いていた葉は一つ残らず空へと散った。
乱れた空気は私たちにも伝わり、体がよろめき、立つことさえままならない。
そんな中で、師匠だけは直立していた。
ただの突風。
ただの基礎魔法。
だけど、師匠の放ったそれは、レンガ造りの家を土台ごと弾き飛ばす指向性の暴風だった。
「はい回収」
メッダルがそう言ったときにはすでに勝敗は決していて、メッダルが水のクッションで襲撃者たちを包んでいた。
──また、何もできなかった。
「ははん! どうだい僕たちの力は!」
メッダルがドヤ顔をしながら襲撃者たちに威張り散らしている。
「あ、メッダル」
「ん? どうしたのか──」
暴風で吹き飛ばされていた矢が一本落ちてきて、メッダルの服を切り裂いた。
ファサァっと、薄い白い布が地面に落ちた。
「……寒くない?」
「……うっす」
襲撃者たちが厚着をしていて助かったと、その後にメッダルは言った。




