【第二百三話】森の一日
「……言いましたよね? 私の目の前で惚気けないでもらえます? って」
スクリがそう言って妬ましそうな目で僕達を見つめてきた。
「いや……これはアディメさ」
「アディ」
「……アディが勝手に……」
僕はそう言ってみるが、スクリの目は相変わらず僕を疑っている目だ。
アディメさ……アディは僕の左腕をがっしりと抱きしめて、いかにもご満悦そうな表情を浮かべている。
「まあ、ヘラーラさんがそうしているのは理解できます。ただ……なんですかその嬉しそうな顔は! もう少し困ったような表情をですね……って、今笑った! 今鼻で笑いましたね!? リーバルトさん!!」
おっといけない。
つい優越感を感じてしまっているがゆえに呼気が乱れてしまった。
今度からは気をつけないと……。
「……ッフ」
「ッこの……!!」
殴られた。躊躇なく。
僕は右ストレートを頬に一発食らった。
アディが僕の左腕をしっかりとホールドしていたため、僕は碌に威力を相殺させることも出来ずにスクリのその攻撃を真正面から食らったのだ。
割と痛い……。
「今度鼻で笑ったらそれだけじゃ済みませんからね!」
スクリはそう言って、怒ったように馬車の中へと入っていった。
ありゃしばらくは口を聞いてくれなさそうだ。
「おーいリーバルト、ちょっといいかー!」
遠くの方からハッセルが僕を呼んだ。
僕はすぐにハッセルの元へ向かおうと「はーい」と返事をして走り始めたが、アディが僕の腕を引っ張って僕の足の動きを止めた。
「……? アディ? どうしたの?」
「……」
アディは何も言わないで、僕の方を見つめてきた。
その目は焦燥に駆られているような目だ。多分、僕が自分を置いていくのではないかと思って焦っているのだろう。
流石に昨日の出来事の後に彼女を置いていくような僕ではない。
「大丈夫だよ、置いていったりしないから」
僕はそう言ってみるものの、アディの僕の左腕を抱きしめる力が強くなっていくばかりで、彼女はちっとも僕の左腕を離してくれる様子はない。
「どうしたんだリーバルト?」
そんなこんなをしているうちに、ハッセルがいつの間にか目の前まで近づいてきていた。
彼は不思議そうな目で僕達を見回したあと、合点がいったかのような顔をした。
「リーバルトお前、また変なこと言ったのか……」
「違いますって!!」
僕がそう叫ぶと、彼はガハハと笑い、アディの方を向いて言った。
「ヘラーラ嬢さん、別にリーバルトはあなたを置いていったりしませんよ」
ハッセルは丁寧かつ砕けた口調でアディにそう言って、僕から彼女を離れさせようと試みたが、その効果はほとんどと言っていいほど無かった。
彼女は僕の左腕を抱きしめて、体を震わせている。
「参ったな……」
「何の用で僕を呼んだんですか?」
僕がそう訊くと、ハッセルは困ったような顔をしながら答えてくれた。
「話したいことがあったんだが……」
「アディが一緒にいたら駄目な話ですか?」
「まあできるだけな……」
ハッセルはそのような返事をして、アディの扱いに困っているようだった。
「……じゃあ、話が聞こえない範囲かつアディの目の届く場所で話しましょう。それなら大丈夫だよね?」
僕がアディに向かってそう言うと、彼女は3秒ほど思考をして、こくりと頷いた。
先程から口をずっと開かないのは、ハッセルに対して人見知りをしているからだろうか。
まあこんな強面のおっさんの前では話しづらいよな。
僕達はそんなこんなで、アディから15mほど離れた場所に立って、話を始めた。
「それで用件はなんですか?」
僕がそう訊くと、ハッセルはその用件を言い始めた。
「お前が皇帝陛下に謁見する前に確認したいことがあってな……お前、ヘラーラ嬢とはどうするんだ?」
どうするんだ、と聞かれても、僕には彼女をどうこうする権利は無いように感じる。
僕はそのように考えて、ハッセルに言った。
「……できれば、彼女の意見を尊重したいです。僕にはそういったものを決めるような力はないですから」
「そうか……。じゃあ、ヘラーラ嬢だったら、なんて答えると思う?」
アディならどう答えるか……。再会してからの彼女の様子から考えてみれば、彼女は僕と一緒に居たがっていたように思える。
これがただの自意識過剰だったら、僕はただの勘違い男なのだが、彼女の様子を見てきて、流石にそんなことは無いだろうと思いたい。
「一緒にいたい……とかですかね……」
おそらく、アディならそう言うだろう。
まさか僕から離れる判断をするような感じはなかった。
というか、逆にもし僕が彼女に離れてと言ったとしても、彼女は頑なに僕からは離れようとしないだろう。
「決まりだな」
ハッセルはそう言って腕を組んだ。
「陛下の前ではアディの意見が尊重されるんですよね?」
「ああ、多分そうだな」
多分って……。結構曖昧だな。
できれば僕はアディの望むようにさせたいのだが、どうもそうにはいかなさそうな予感がする。
「ちなみに、もしアディが僕についてきたとして、それで何らかの支援とか補助とかはあるんですか?」
「それは未定だ。皇帝陛下がおそらくは決めるからな。お前の稼ぎ次第で補助が貰えるかどうか決まるかもしれんぞ?」
今の僕に金を稼ぐ能力はあまりない。
一応上級冒険者ではあるものの、その仕事をこなしているときですら、生活はそれなりだっただけだ。
もしアディが僕たちの生活の一員になったら、おそらく冒険者という仕事だけでは生活は厳しいものになるだろう。
……そういえば、スクリはどうするのだろう。
彼女はまだ僕についてくるのだろうか? 僕としては大切な回復要員を失うのは辛いものの、彼女にも彼女なりの自由や権利がある。
最初の頃は一生こきでも使ってやろうかとも考えたのだが、どうもそんな考えは最近では薄れてしまってきている。
「それはどうでしょうね……。ちょっとスクリと話してきていいですか?」
僕がそう言うと、ハッセルは「いいぞ」と僕の要求を受け入れた。
「ただ、ヘラーラ嬢に言ってからあいつとは話してこい」
ハッセルは僕とアディの関係の事を心配してそう言ってきてくれた。
なんかこの世界、強面だったり暗いオーラを放っている人間のほうが優しい気がするのだが、気のせいだろうか?
「はい、ありがとうございます」
僕はそう言って、アディにスクリと話したいことがあると説明をした後に、スクリのいる馬車に乗り込んだ。
アディは馬車の外で、僕達の話が終わるまで待つそうだ。
「スクリー?」
「なんです……?」
スクリは先程の事をまだ根に持っているのか、少し不機嫌そうな声で返事をした。
流石に謝っておくべきだな、これは。
「さっきはごめん」
「別にいいですよ」
スクリはそうは言うものの、その声には未だに怒気が混じっていた。
これ以上言及しても彼女の機嫌をより一層悪くさせるかもしれないし、そのまま話を切り出してみるか。
「スクリにちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」
僕は妙にかしこまって、その場に正座で座る。
「なんですか、いきなりかしこまって……」
スクリは困惑しながらも、僕と同じように僕の真正面で正座をした。
彼女は僕の顔を不思議そうな顔で見つめる。この世界に正座の概念はあるのだろうか。
「スクリはさ、今後はどうするの? 僕達についてくるの?」
僕がそう訊くと、彼女は「あー」となにかを考えているとき特有の声を発した。
彼女は一体どうするつもりなんだろうか。
「どうしましょう。私には稼ぎ口があまりありませんし……」
「別についてくるなとは言ってないよ、確認したいだけ」
というか、逆についてきてほしい。
僕はこれから先も冒険者として稼いでいくだろうし、その中では治癒魔法の使える魔術師は重宝する。
治癒魔法の使えるスクリはできる限り逃したくないのだ。
「それなら……まあ、もうしばらくは一緒に行動をしましょうかね」
スクリはそれが妥当だとでも言わんばかりにそう言って、すぐにその場に寝転がんだ。
「しばらく寝させてください。昨日は良く眠れなかったんです」
「わかった」
僕はそう返事をして、馬車を降りた。
その日の話し合いというのはそれだけで終わり、そのままホッミリアの森を突き進み、森を抜けた先にある要塞都市経由で、僕達は帝都へと向かう。
帝都へ向かう道の途中には、ルミリク帝国の栄光を示すように国旗が至る所に掲げられていた。
その国旗の模様は違えど、似たような光景を見たことがあると思い出して、少し寂しく感じた。




