慈悲深うおはする仏だに、
慈悲深うおはする仏だに、三宝そしる罪は浅しとやは説いたまふなる。まいて、かばかりに濁り深き世の人は、なほつらき人はつらかりぬべし。それを、われまさりて言はむといみじき言の葉を言ひつけ、向かひゐてけしき悪しうまもり交はすと、さはあらずもて隠し、うはべはなだらかなるとのけぢめぞ、心のほどは見えはべるかし。
本来慈悲の心が深い御仏であったとしても、三宝をけなす罪は浅いものと、お説きになられているのでしょうか(そんなことは、ありません)まして、これほどまでに濁り、罪も深い現世の人なのですから、自分に対して辛い目を遭わせて来る人に対しては、その人が辛く感じさせるように返すことになってしまうのです。ただ、その際にも、絶対に勝つと、厳しい言葉をかけ、向かい合って険悪な表情で向かい合うよりは、そうはしなくて、悔しい心は、心に秘め、表面上は穏便に済ますことが大事なのです。その違いに、その人の心の程度がわかってしまうのです。
この文で思い出したのは、「九條殿の遺誡」である。
要約すれば、
摂関家の祖にあたる右大臣藤原師輔(908~960)が、子孫のために残した言葉。
その内容は、当時の公家貴族にとって大切な一日の務めるべき行事予定を丁寧に記してある他、現代人いや、どの時代の人にも「その通り」と言わせるようなものが含まれている。
抜粋して例示すれば。
1)言葉は慎むこと(暴言、無神経な言葉は、人間関係を崩す)
2)年少時には、読書及び習字に務めること(他人に侮られないような知識を持ち、字を書く)
3)他人に対しては恭順な態度で接すること(偉ぶらない、傲慢な態度を見せない)
4)他人には家庭内のことを、みだりに話さないこと(余計なことを言わない)
5)仕事には真面目に取り組むこと(これは当然)
6)怒りの気持ちについては、顔に出さないこと(冷静さを保つべき)
7)衣服や車は、分に応じて、贅沢はするべきではない(これも当然)
しかし、その反面、彼の子孫は、
他者からすると、思っていること、考えていることが、読めない。
表面的には、温和、寛大、公明、無欲な態度であるけれど、実は、陰険、陰湿、狡猾、常に他人の失敗を探す、そういうことを続けながら、摂関家を独り占め、維持した人が多いようだ。(藤原道長に代表される)
紫式部が、この遺誡を知っていたかどうかは不明。
ただ、彼女の日記を読んで来ると。通じ合うものが多い、そんな印象を受ける。




