大きなる厨子一よろひに、
大きなる厨子一よろひに、ひまもなく積みてはべるもの、一つには古歌、物語のえもいはず虫の巣になりにたる、むつかしく這ひ散れば、開けて見る人もはべらず。片つ方に書どもわざと置き重ねし人もはべらずなりにし後、手触るる人もことになし。それらをつれづれせめて余りぬるとき、一つ二つ引き出でて見はべるを、女房集まりて、
「御前はかくおはすれば、御幸ひは少なきなり。なでふ女か真名書は読む。昔は経読むをだに人は制しき。」
としりうごち言ふを聞きはべるにも、物忌みける人の、行末いのち長かめるよしども、見えぬ例なりと、言はまほしくはべれど、思ひくまなきやうなり、ことはたさもあり。
大きな厨子一対に、ぎっしりと積んであるものは、まず、一つの方には古歌や物語です。ただし、言いようがない程に虫の巣になってしまっていて、虫が気持ち悪く走り走り回るので、手に取って開けて読む人はいません。
その片一方には、漢籍となりますが、しっかりと整理して重ね置いた夫が亡くなってから後は、手を触れる人は、特におりません。
それらの漢籍を、暇を持て余している時などに、一つ二つ引っ張り出して読んでおりますと、屋敷の女房が集まって来て、
「奥様は、そんなことをするから、ご運に恵まれないのです」
「どうして女の人が漢文などを読まれるのですか?昔は漢字で書いたお経を読むことだって、他の人から止められたのですよ」
と、陰口を言うので、それを耳にするにつけても、
「縁起担ぎをして用心をした人が、長生きをしたなどと言う話も、聞いたことがないのですよ」と言いたくもなりますが、そんな(大人げない)言い返しも、家の主人としていかがなものか、と思いますし、運の拙さについては、確かに女房たちの言う通りなのです。




