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吠える島  作者: 宮本あおば
第二章
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第十八話・それの移動先

〈これまでのあらすじ〉

(第一章の詳しいあらすじは、第二章一話をご覧下さい)

 ホノルルを震撼させた連続殺人犯、河野由樹とヒイアカが壮絶な最期を遂げた後、警察の担当官だったジャスティン・ナカノに異変が起きる。

 祖父の霊の助けを得て、「悪いもの」と呼ばれる悪霊の仕業と知ったジャスティンは、河野が悪霊の一部になった事も確認する。「悪いもの」はジャスティンの後に、ナカヤマとチョンに移動し、傷害事件を起こさせた。事件関係者の様々な状況や思いをよそに、さらに移動した「悪いもの」は立て篭もり事件を引き起こし、警察の尽力も空しく多くの犠牲者を出す。


 死者五名、重軽傷者十名という事件は、発生後数時間で終結したが社会的影響は大きかった。

 わずか二週間ばかり前に、連続殺人犯が追い詰められて自殺するという事件が起きたばかりだ。今回は警察の対応に関する苦情はなかったものの、マスコミは大いに騒いだ。

 犯人の動機は尊重されないハワイアンの鬱屈(うっくつ)と伝えられ、慌てた観光局とハワイアンの人権団体が記者会見を行った。

 特に州内でも力を持つハワイアン人権団体は、アンディ・カラリヒの言動をはっきりと否定し、暴力による権利獲得はもっての外だと断じた。

 収容されたアンディ・カラリヒの身体から検出されたのは、アルコールのみで非合法薬物の使用は認められなかった。

 彼は一人でワイキキに近い粗末なアパートで暮らしていたが、家族は島の西端に近いワイアナエにいた。離婚した妻は現在の夫を憚って警察にすら非協力的な態度を見せ、対照的に彼の母親は悲しみを隠さず、しかも饒舌(じょうぜつ)だった。

 可愛い子だった、こんなことをする子じゃなかったとくり返し語った老女は、しかし王族の血を引くというアンディ・カラリヒが言った言葉には首を振った。

「あたしの家も、亭主の家もそんな話は聞いたことがないねぇ。もしかしたら、ずっとずっと遠いところでつながりがあるのかもしれないけど。あの子、自分で勝手に信じて、それにすがってたのかねぇ。それだけが心の支えだったのかねぇ。不憫な子だよ……」

 母親をはじめとする遺族は、静かにアンディの冥福を祈りたいというコメントを出していたが、実際カラリヒが感じていたように、現在のハワイ州のあり方を不服とするハワイアンがいることも確かだった。

 ハワイアンの多い地域では、壁などに「ハワイアンの英雄、アンディ・カラリヒ」といった落書きが見られるようになった、とパトロール警官がこぼした。

 一方で犠牲となったのは、アンディ・カラリヒが店に押し込んだ際、即座に頭部を撃たれたマネージャーのジェーン・ウーを含む、店員が三名。

 トーキョーから来ていた若い観光客の女性が一名と、ナゴヤからの観光客の男性が一名だった。

 二階にいた一名の店員と四名の客は、事件発生からずっと息を殺していただけに怪我はなかったが、一階にいた人間はほとんどが散弾銃の破片や、割れたディスプレイのガラスなどで負傷していた。


「州知事が日本へ行くんだって、な」

 テイクアウトのプレートランチを買いに行って来たブランドンが、ジャスティンに言った。

 事件からまだ四日だが、もうそんな話が出ているらしい。

 ジャスティンは昨夜起きた家庭内暴力事件の書類から目を上げた。アンディ・カラリヒの事件はレイモンドの班の担当だから、ジャスティン達がする仕事は少ないが、その分、他の事件が回って来ている。

 せっかく神官(カフナ)の件を頼んだ友人からメッセージが入ったのに、かけ直す暇もない。

「前の事件の時はさ、日本人の仕業だったろ、な? けど、今度はハワイアンだもの。イメージが悪いからだろうなぁ」

 声を落とさないのは、ニックがいないからだ。事件以来すっかり落ち込んでしまって、全く仕事にならない。

 特に観光客の女性と店員一名が亡くなったのは、説得に失敗した直後、カラリヒが逆上して散弾銃を乱射したためだと聞いて、一時は退職するとまで言い張った。

 レイモンドとクリストファーが部長と署長まで担ぎ出して説得し、コンビを組んでいるネビルが毎日まめまめしく送り迎えをして、やっと出勤しているありさまだ。

 今は、ネビルに引きずられるようにして別件の聞き込みに出ている。

 密かにジャスティンはニックの動向に注意を払っている。

 アンディ・カラリヒが死んだ以上、「悪いもの」は次の宿主に移ったと考えるのが妥当だろう。「悪いもの」の移動は、電話線を飛ぶこともありそうな気がする。

 こっそりクリストファーに意見を求めると、彼はむしろSWATチームの誰かではないかと思うという反対意見が返って来た。

 どちらにしても、次に起きる事件を思えば体が冷たくなる。いっそ、日本人観光客にでも憑いて、日本に行ってくれないかと思ったりもしたが、次の瞬間そう考えた自分を恥じた。

「悪いもの」は絶対に消滅させなければならない。もうこれ以上の被害を出してはいけない。

「そういえば、お前の知り合いが被害者の一人なんだって?」

 ビニールの袋からランチの容器を取り出しながらブランドンが尋ねた時、ジャスティンの携帯電話が鳴った。表示には祐司とある。

噂をすれば(スピークオブザデビル)、だ」

 ブランドンに断って、ジャスティンは電話を取った。祐司とは事件の翌日に、電話で少しだけ話した。

 ケビンはあちこちに散弾銃の破片による怪我と、頭部をアンディ・カラリヒに銃で殴られた傷があるものの、脳や内臓には影響がない筈だった。

「ケビンの具合はどうだい。もう退院したんだろう」

 明るい声を出したジャスティンに、祐司は聞き取りにくい声で挨拶をし、もっと小さい声で何かもぞもぞと言った。

「何だって?」

「『悪いもの』……、今はケビンの中にいます」

 やっと搾り出したような祐司の声を聞いて、ジャスティンの体温が上がった。


 事件の起こった日、祐司はナイト・シフトの予定だったが早めに出勤した。前のシフトに病人が出て、早出するよう頼まれたのだ。

 昼過ぎに出勤するなり、モーニング・シフトだったジュニアに電話を貸せと言われた。ジュニアは携帯電話も持っていないし、第一ジャスティンの電話番号を知らなかった。

「悪いもの」が動きそうだと聞いた時には、漠然と緊張しただけだったが、シフトが終わっても帰らずにナイト・シフトの手伝いをしているジュニアに、ただならないものを感じた。

 事件が起きたことは、客の口から聞かされた。

 レンタカーでカラカウア・アベニューを走ってきた客が、有名ブランド・ショップに強盗が入ったらしいと教えてくれた。交通規制が始まりかけていた所を、やっと走り抜けて来たと紅潮した顔で告げたのは、中年の日本人夫妻だった。

 よりによってケビンの店で、しかも彼は勤務中のはずだった。

 ジュニアに「行きやる?」と聞かれるよりも先に、祐司は走り出していた。

 この時ほど、ユニフォームの革製サンダルが腹立たしいと思ったことはない。ヴァレー・ボーイの足元なんてスニーカーが普通なのに。

 暗い公園を抜けて、警官だらけのカラカウア・アベニューをひたすらケビンの店に向かって走り続けた。

 河野がケビンを傷付けるかもしれない。悪夢が終わらない。

 一週間前にジュニアと話した時、大切なものはないと思ったけれど、とんでもなかった。何だってこんなに自分の事が分かってないんだ。ケビンを失くすのは嫌だ。

 ケビンの無事をひたすら念じながら、走った。

 ジャスティンに怒鳴りつけられた瞬間、ムッとしなかったと言えば嘘になる。しかし警察官の立場からすれば、確かに無理なことだっただろう。

 実際に銃を持っていたのは河野由樹ではなく、アンディ・カラリヒだったのだから。

 身を削られるような時間の後、やっとストレッチャーに乗せられたケビンが運ばれて来た。血で汚れて動かない横顔を見た時には、呼吸も止まりそうだった。

 救急隊員が「彼は死んでない。あんた知り合い?」と耳元で叫んでくれなければ、カラリヒを殺すために、店内に走り込んでいたかもしれない。

 その時、祐司はまだカラリヒが射殺された事は知らなかった。

 全身併せて三十針、加えて打撲と精神的打撃というありさまだったのに、病院に担ぎ込まれた翌日にはケビンは退院していいと言われた。

 検査で異常が発見されなかったためもあるし、保険制度のせいもあった。

 病院から連れ帰ったときに、ケビンが真っ先にしたのはサンフランシスコの家族への電話だった。初めに出た母親にはあくまで優しく「俺は大丈夫、平気だよ」と言い続けた彼が、その後代わった妹との会話ではいささか顔を顰めていた。

「実の兄が撃たれたってのに、ボーイフレンドがどうしたこうしたって。兄思いの妹もあったもんだぜ」

 電話を切って吐き捨てたのは、怪我のせいだろうと気にも留めなかった。それよりもケビンの食事をどうしようかと、祐司はそれだけで頭が一杯だったのだ。

 アリシアが食事を作りに来てくれなければ、せいぜい栄養を摂るようにと医者に言われたケビンに粥ばかり食べさせるところだった。

 もっとも痛み止めと化膿止めと精神安定剤まで処方されているケビンの胃袋は大したものは受け付けない。やわらかく煮た野菜やシチューを少し食べて、眠っていることが多かった。

 異変に気が付いたのは、今朝だ。


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