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吠える島  作者: 宮本あおば
第二章
47/62

第十六話・警戒警報

〈これまでのあらすじ〉

(第一章の詳しいあらすじは、第二章一話をご覧下さい)

 ホノルルを震撼させた連続殺人犯、河野由樹とヒイアカが壮絶な最期を遂げた後、警察の担当官だったジャスティン・ナカノに異変が起きる。

 祖父の霊の助けを得て、「悪いもの」と呼ばれる悪霊に憑かれていた事を知ったジャスティンは、河野の友人北本祐司に尋ねて、河野が悪霊の一部になった事を確認する。「悪いもの」はジャスティンの後に、ナカヤマとチョンに移動し、傷害事件を起こさせる。対処について相談された祐司は河野を思いつつ、犠牲者の娘アリシアに尽くす。


 エドワード・チョンが傷害事件を起こしてから一週間が経つ。その後、「悪いもの」が活動した様子はないけれども、どこに潜んでいるのかも分からない。

 カフェテリアで遅い昼食を摂りながら、ジャスティンは大きく溜息を吐いた。

「どうしたよ?」

 向かいでポークチョップを食べていたネビルが、顔を上げる。

「ああ、えっと先週の事件は後味が悪かったと思ってさ」

 慌てて言い訳を口にして、ジャスティンは食べかけのフライドライスを口に入れ始めた。エドワード・チョンの事件は「悪いもの」の仕業だから、丸っきり嘘ではない。

「後味のいい事件なんてあるかよ、お前。それだって『切り裂きジャップ』に比べりゃ、すっきりしたもんだ」

 いまだにコーノとヒイアカの足取りや、被害者との関係を調べているネビルは、ジャスティンにも負けない溜息を吐く。

 犯人死亡による事件の終結から二週間以上経つのに、犯人について分かった事は、外部の人間なら呆れるほど、警察内部の人間なら情けなくなるほど少ない。

 しかもその事件だけにかかり切りにもなれないのだ。ジェイク・ナカヤマやエドワード・チョンの他に、事件を起こす人間はいる。

「だって、ありゃもう完全に捜査結了したじゃないか」

 黙っているジャスティンにネビルは畳みかけるように言い、ジャスティンは顎だけで頷いてみせた。

 犯人のエドワード・チョンは保釈申請が通った後、裁判を待っているが、おそらく罰金と奉仕活動程度の判決だろう。

 被害者のソーヨン・キムは観光ビザによる入国で、しかも既に期限が切れていることが判明して、強制送還が決まっている。「ローズガーデン」の経営者、ローズ・ユンは就労許可のない外国人を雇ったとして罰金刑になる筈だ。

 今回の事件は傷害で済んだが、次がそうとは限らない。

 コーノとヒイアカの生前の行動を思い出すと、食べ物の味もしなくなる。唯一の希望はジュニアの特殊な能力だけれど、事件当夜に話して以来、彼からの連絡はなかった。

 友人二人に頼んでおいたカフナの連絡先も、まだ入手していない。

 エドワード・チョンの事件に駆けつけたパトロール警官達にはそれとなく目を配ってもいるし、三日前には時間を割いて、「ローズガーデン」の入っているビルに足を運んだりもした。

 例の警備員は事件には、もはや早興味を示さなかったけれども、荒んだ雰囲気はなかった。しきりとハワイアンの権利について話したがった点も、以前と同じだった。

 むしろ「悪いもの」が移った先が警官や警備員ではなく、居合わせた他の客だったら面倒だ。あれが移動するのは身体接触があった時だけとは限らない。あまりにも情報が少な過ぎる。

 もう一度溜息を吐きそうになった時、携帯電話が鳴った。

「ジャスティン? ジュニアだよ」

 表示は祐司の携帯電話の番号だったが、かけて来たのはジュニアだ。目顔でネビルに断りを入れ、「何かあったかい」と話しながらカフェテリアの外に出る。

「今朝から少し臭ってやったけど、どんどん強くなってやる。危ないかもしんないよ」

 今まで聞いたことのない、焦った口調でジュニアは言う。

「場所や、どういう人間にあれが憑いてるかとか、分からないか?」

 仮に分かったとしても、警察としては手の打ちようはないのだ。彼か彼女が事件を起こすまでは。そうは思いながらも聞かずにはいられない。

「島のホノルル側だってことくらいしか……」

 それだけではどうしようもない。ジャスティンは知らせてくれた礼を言い、さらに分かることが出て来たら教えてくれるよう頼んで電話を切った。

 口調には出さなかったけれども、焦燥で胃が焼ける。「悪いもの」は最悪のテロリストのようなものだ。警報の出しようがない。

 ジャスティンは大股で捜査課へ戻った。クリストファーに近付いて耳打ちする。

「今日、あれが動くかもしれません。ジュニアから連絡がありました」

 クリストファーとだけは、時間がある度に「悪いもの」に関する話もしている。有効と思われる対処法を思い付けたことはないけれども。

 クリストファーは渋い表情をし、しかし小声で聞き返した。

「憑かれている人間を特定することは出来ないか?」

「ジュニアを連れて、オアフ島の南側を練り歩きますか?」

 あまりにも広範囲過ぎて、話にもならない。悪い知らせが入って来るのを待つしかないのだ。

 ジャスティンは壁の時計を見上げた。三時を回ったところだ。あと数時間で自分のシフトは終わる。シフト終了までに何かが起きれば第一動で現場に急行出来るが、その後はライアン達のシフトになっている。

「カリカリしても始まらん。心の準備だけしておこう」

 諭すように言うクリストファーの言葉に、ジャスティンは自分の席に戻った。まとめるべき書類はあるのだが、コンピューターの画面を前にしても集中出来ない。目の前の書類を片付けなければと思いつつも、思考はさまよう。

 シフトの終了時間にはなんとか間に合わせたものの、後でクリストファーからやり直しを言い付けられるかもしれなかった。

 今晩は緊張が続くと思いながら帰る支度をしていると、クリストファーから声がかかった。

「今夜は飲むなよ」

「もちろんです」

 HPDの中でクリストファーと自分だけがテロリストの存在を知っている。わずかに緊張してジャスティンは本署を後にした。


 携帯電話が鳴ったときには、やはりと思った。

 その一時間前の午後八時半にジュニアからの連絡があったからだ。

「やっぱ今晩だと思いやる。ひでぇ臭いだよ」

 勤務の合間にしてきた電話は、昼間と同じように祐司の携帯電話からで、ジャスティンはやはり同じように礼を言って切った。

 九時半にかかって来た電話は、クリストファーだった。

 画面に彼の名前を見た時点で、もう動悸が早くなった。

「多分、『悪いもの』だろう。ワイキキのブティックに散弾銃を持った男が押し入った。ただの強盗じゃないらしい。我々も出動だ」

 店の名前だけ聞いて、ジャスティンはアパートを飛び出した。名前を聞いてすぐに場所が分かったのは、それがレジー・ジョンソン殺害の現場だったからだと気が付いたのは、車のエンジンをスタートさせた時だ。

 サイレンを高く鳴り響かせて、アクセルを踏み込んだ。

 店はワイキキの中心よりもやや西側、ダウンタウン寄りにある。カラカウア・アベニューをワイキキに向かって行く途中で、特殊課の車両と一緒になった。SWATに出動要請が出たのだろう。

 どれ程の被害が出ているのかクリストファーは言わなかったけれど、胸を絞られる気がした。

 右手の空に大きな満月が出ている。

 アラ・ワイ運河にかかる橋を渡るとワイキキだ。カラカウア・アベニューは一番の目抜き通りとして一方通行になるが、その手前で、両面通行でワイキキの真ん中を流れるクヒオ・アベニューに分かれる。

 分岐点を過ぎるとすぐに交通規制が行われていた。オレンジ色の胴衣を着た交通整理の警官に、手を上げて通り抜ける。すでに店の近くはポリス・カーで一杯だった。

 ジャスティンは少し離れた場所に車を停め、走って店に近付いた。

 白い二階建てビルは、禍々しいほどに明るかった。

 立ち入り禁止の黄色いテープの外には、野次馬が鈴生りだ。テープをくぐり、車の合間を縫って店に近付く。今晩はレイモンドの班が、初動で出て来ているはずだ。探すまでもなくジャスティンを呼ぶ声が聞こえた。ライアンだ。

「早いな。クリストファーの班じゃ、あんたが一番乗りだ」

 何か起きるだろうと予測していたからだ、と心の中で答え、ジャスティンは、顎をしゃくったライアンにつられて店の正面を見た。店の中で女が倒れている。

 思わず奥歯を噛み締めた。

 女だと分かるのは、スカートから無残に足が投げ出されているからだ。ガラス戸の向こう側で、カーペットの血溜まりにうつ伏せになっている体は、ぴくりともしない。

「被害者の数は今のところ分かっていない。あの彼女は店員だ。運良く逃げて来た客の話によると、まだ十人以上の客が店内にいる」

 正面入り口以外、店の中をのぞける部分はほとんどない。ショウウインドーになっているせいだ。最新のフレンチファッションを身に付けた、マネキン達がポーズを取っているのが腹立たしい。

「ついさっき、人質交渉ホステージ・ネゴシエーションチームが着いたんだ。犯人がこっちとの会話に応じるといいんだけど、薬でぶっ飛んでたらまずいよな」

 犯人が人質を取って立て籠もるケースのために、犯罪捜査課内には専用の交渉チームがあって。こうした状況ではまず犯人のいる建物の電話回線を切り、専用の電話を渡すことになっている。

 ライアンの説明が終わるか終わらないかの内に、二台ほど離れたバンの辺りから声が上がった。交渉チームのバンだ。

 自分の班の担当ではないことを忘れて、ジャスティンは駆け寄った。横腹のスライド式ドアが少し開いている。何か聞こえないかと耳をそばだてた。

「私はホノルル警察のオーウェン・ヤンだ。あなたの名前は……? それでは、あなたの要求は?」

 犯人がどう答えているのかは分からない。交渉チームのベテラン、オーウェンは中国系だ。その忍耐強さからチームにスカウトされた。

 オーウェンはしばらく黙ってから、急に一言だけ「いや、違う」と言い、次いで周囲の人間と話し始めた。電話は一方的に切られたようだ。

「どうしたんです?」

 車の外から声をかけたライアンの額には、汗が浮かんでいる。暑いわけでは決してない。

「ハワイ州そのものをネイティブ・ハワイアンに返せとよ。今日明日に出来っか、そんなこと。オーウェンが、自分はハワイアンじゃねぇ、つったら切りやがったあの野郎。薬で飛んでるかもしんねぇ、な。SWATは来てんのか?」

 ドアを乱暴に開けてレイモンドが顔を出した。この現場の担当はレイモンドだし、まだ捜査課課長も到着していないからなおの事、彼の一存でSWATチームを突入させる事も可能だ。

「もう待機中です。突入させますか? それとも……」

 ライアンの言葉の裏には、強行策に出た際に、巻き添えで被害者を増やす心配が読み取れる。催涙弾を撃ち込んで突入すれば犯人の逮捕は確実だが、その際に興奮した犯人が散弾銃を乱射しないとも限らない。

「いつでも突っ込めるようにはなってんだろ、な? とりあえず選手交代でもっかい交渉だ。ジャス、おめぇんとこのニックは来てっか?」

 急に話を振られてジャスティンは慌てた。ハワイアンに話をさせようとする目論見(もくろみ)らしいが、チームにもハワイアンはいる筈だ。

 その事を言うと、レイモンドの後ろからオーウェンの声がした。

「クワンティコに出張中なんだよ」

 バージニア州クワンティコにはFBIのアカデミーがある。間が悪ぃよな、とレイモンドが吐き捨てた。

 他の人種がハワイアンだと偽って電話で話すのは、交渉チームの原則に反する。ネイティブ・ハワイアンと聞いて、何かが胸の中で引っかかったが、ともかく携帯を取り出した。

 ニックは真珠湾に近いパールシティに住んでいる。まだ到着まで間があるのではないかと思いながら電話をかけると、遠くから「おおい、今着いたぞぉ」と声が聞こえ、携帯電話を握って黄色いテープをくぐるニックの姿が見えた。クリストファーも一緒だ。

 交渉チームは、日頃から緊迫した状況を想定して会話の練習をしている。チームの人間ではないニックが電話に出ることについては、レイモンドとクリストファーが電話で上部の了解を取り付けた。

 レイモンドとオーウェンがニックの脇から、話す内容を指示するという条件だ。


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