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史実を知る僧は、歴史を変えようとした  作者: チャプタさん


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第76話:賤ヶ岳の決戦

第76話:賤ヶ岳の決戦


 天正十一年、四月。北陸の厳しい豪雪がようやく解け去り、柳ヶ瀬の峠道に残っていた氷が春の陽光を受けて芽吹きの泥水へと変わる頃、近江国と越前国の国境周辺において、天下の主を決定づける巨大な軍勢の地鳴りが響き渡った。


 越前北ノ庄城主・柴田勝家は、雪解けを待ちかねていたかのように三万余の精鋭を率いて出撃し、近江の余呉湖を見下ろす柳ヶ瀬山から賤ヶ岳周辺の山々に陣を敷いたのである。

 岐阜城の織田信孝、伊勢の長島城に籠る滝川一益もこれに呼応して挙兵し、羽柴秀吉の背後を脅かす構えを見せた。


 これに対し、近江長浜城を拠点としていた羽柴秀吉も即座に動いた。

 秀吉は五万を超える大軍を自ら率いて出陣し、木之本から賤ヶ岳にかけての尾根筋に幾つもの強固な砦と土塁を構築し、勝家軍と正面から対峙したのである。


 織田信長亡き後、織田家中の実権と天下の覇権を巡って相争ってきた二大巨頭による、最大にして最終の決戦――いわゆる「賤ヶ岳の戦い」の火蓋が、ついに切って落とされたのだった。


 安芸国の吉田郡山城、ならびに備後三原城において、この上方の開戦の第一報を受け取った毛利家の首脳陣の間には、息を詰めるような緊迫感が走っていた。

 さきの秋、柴田勝家から「秀吉を東西から挟み撃ちにせん」という極秘の密書が届いた折、当主・毛利輝元があえて曖昧な返答を繰り返し、出兵を拒んで静観を守り抜いた判断の真価が、いままさに天下の合戦の盤上で試されようとしていたからである。


 もし、あの時毛利が勝家の甘い言の葉に乗せられて兵を動かしていれば、毛利は上方で繰り広げられるこの巨大な殺戮の渦中へ直接引きずり込まれていたはずであった。

 小早川隆景と安国寺恵瓊が「勝家に勝ち目はない」と固く主張し、輝元が「沈黙」を貫いたことの意味を、毛利の諸将は固唾をのんで見守っていたのである。


 勝敗の天秤は、突如として、誰もが思いもよらぬ形で大きく傾いた。


 四月二十日未明、柴田軍の先鋒を務める勝家の甥・佐久間盛政が、秀吉軍の防衛線の一角である大岩山砦を急襲し、これを討ち破ったのである。

 盛政は勢いに乗り、勝家からの「直ちに撤退せよ」という慎重な命令を無視して砦に深追いし、戦線を前伸ばしにして留まった。


 この一瞬の隙を、羽柴秀吉は見逃さなかった。

 当時、岐阜の織田信孝を牽制するために大垣城に滞在していた秀吉は、佐久間盛政の突出を知るや、直ちに全軍へ向けて狂気のごとき急行軍を命じたのである。


 大垣から賤ヶ岳の木之本に至る十三里(約五十二キロメートル)のぬかるむ山道を、秀吉軍はわずか五時間という、人間業とは思えぬ神速で駆け抜けたのだった。

 「美濃大返し」と呼ばれたこの圧倒的な機動力の前に、前線に留まっていた佐久間盛政の部隊は、突如として背後に現れた秀吉の大軍によって完全に孤立させられ、一猛打のもとに粉砕されたのである。


 さらに、秀吉の繰り出してきた「不気味な罠」が、柴田軍の防衛線を内側から崩壊させた。

 かねてより秀吉と密かに連絡を通じていた北陸の有力大名・前田利家が、戦局の決定的な瞬間に至るや、一言の合図もなく突如として陣を払い、自軍の兵を引き連れて戦線から離脱したのである。


長年、勝家と深い親交を結んでいた利家の突然の離脱は、柴田軍の将兵に致命的な動揺を与えた。

「前田が引いた! 敵の裏切りだ!」

柴田軍の陣形は一瞬にして総崩れとなり、賤ヶ岳の山々には秀吉方の誇る若き親衛隊――福島正則、加藤清正、脇坂安治ら「賤ヶ岳の七本槍」の猛者たちが、勝ち鬨をあげて柴田軍の残党をなぎ払っていったのである。


三万の柴田軍はことごとく壊滅し、勝家はわずか数百の旗本とともに、猛追する秀吉軍の包囲を潜り抜け、本拠地である越前北ノ庄城へと逃れ去るしかなかった。


天正十一年、四月二十四日。

追撃する秀吉軍数万によって完全に包囲された北ノ庄城において、最後の惨絶な終焉が訪れた。


もはや逃げ場のないことを悟った柴田勝家は、城内に残された最後のご馳走と酒を家臣たちに振る舞い、別れの宴を催した。

そして、主君・織田信長の妹であり、信長亡き後に自らの妻として迎えていた市の方(お市の方)とともに、九層の天守の最上階へと登ったのである。


市の方は、秀吉から「三人の娘(茶々、初、江)とともに城を出よ」との救出の申し出があったものの、それを毅然として拒絶し、夫・勝家とともに命を分かつ道を選んだのだった。


勝家は自らの腹を一文字に深く掻き切り、自らの手で臓物を引きずり出して武士の意地を示したのち、家臣に命じて天守に大量の火薬と薪をかけ、火を放たせた。

北ノ庄城の巨大な天守は、赤黒い猛火と黒煙に包まれ、織田家の筆頭家老として天下に鳴り響いた柴田勝家と市の方は、炎の中でその最期を遂げたのである。

享年、六十二。


織田信長亡き後、旧体制の象徴として秀吉の前に立ちはだかり続けた最大のライバル・柴田勝家の滅亡――。

これにより、織田家中の対立勢力はことごとく平定され、羽柴秀吉の覇権を脅かす存在は、この日本国中から完全に姿を消したのである。


天正十一年、四月末。

越前北ノ庄城の落城と、柴田勝家自刃の決定的な報せが、安芸の吉田郡山城の重臣評定の間へともたらされた。


報せを読み上げた使いの声が静まり返ったのち、広間には、まるで氷の中に閉じ込められたかのような、冷たく重苦しい静寂が落ちた。


居並ぶ毛利家の重臣たちの顔からは、完全に血の気が引き去っていた。

つい半年前まで、「勝家殿と結んで秀吉を撃ち滅ぼせ」「高松城の屈辱を晴らせ」と息巻いていた強硬派の若い武将たちは、皆一様に青ざめ、畳に視線を落としたまま口を固く閉ざしていた。


彼らとて、戦国の冷酷な力関係を理解できぬほど愚かではない。

織田家随一の猛将と謳われた柴田勝家すら、わずか数日の合戦で赤子のごとく捻り潰し、北ノ庄城を焼き払ってみせた秀吉の圧倒的な軍事力。

そして、前田利家をはじめとする諸大名を巧みに手込めにし、自らの陣営へと引き込んでいく裏の調略の恐ろしさ。

そのふたつの巨大な暴力を前にしては、いかなる毛利の武勇の誇りも、虚しい遠吠えに過ぎないことを、骨の髄まで思い知らされたのである。


上座のすぐ脇に座していた吉川元春は、いつもならば不満を露わにして床几を叩くこともなく、ただ深く目を閉じ、太い腕を組んだまま石像のように動かなかった。

その屈強な身体からは、かつて山陰の旗頭として敵軍を震え上がらせた覇気は失われ、隠しようもない深い疲労の色が漂っていた。


かつて上月城で山中鹿之介を討ち、鳥取城で吉川経家を失い、高松城で清水宗治を見送らざるを得なかった元春の胸中には、時代が自分たち旧来の武士の理解の及ばぬ場所へ向かって、恐ろしい速さで流れていくことへの、抗いようのない諦念が芽生え始めていたのだった。


小早川隆景は感情の起伏を一切見せず、ただ静かに前を見据えていた。

その瞳には、勝ち目のない戦を避け、毛利の家を無傷で守り抜いたことへの確かな安堵と、これから直面せねばならぬ「天下人・秀吉」という巨大な存在への冷徹な計算が宿っていた。


そして、末席に控える安国寺恵瓊は、自らの手にとった数珠の感触を噛み締めながら、深く、長く息を吸い込んだ。


前世の知識はすでに捨て去った。

されど、いま目の前で起きている現実が、かつて己が知っていた年表の通りに完璧に結実したことを、恵瓊は肌で感じていた。


柴田勝家は散った。

信長の旧体制は完全に終焉を迎えたのだ。

これから訪れるのは、織田家中の争いなどではなく、羽柴秀吉というたった一人の男がすべての法と構造を支配する、「豊臣の天下」という未知の巨大な時代なのである。


恵瓊は静かに頭を垂れ、心の中で念仏を唱えた。

毛利の家は、輝元の沈黙と隆景の理性、そして自らの命がけの外交によって、破滅の渦に巻き込まれることなく生き残った。

されど、それは単なる第一幕の終わりに過ぎない。


これから毛利家は、上方の覇者となった秀吉の膝下に膝を屈し、その巨大な磁場の中でいかにして自らの家国と人々の命を守り抜くかという、さらに過酷な生き残りの試練へ挑まねばならないのだ。


評定の間の静寂の中で、当主・毛利輝元がゆっくりと面を上げた。

その瞳には、かつての迷いは消え去り、新しき天下人・秀吉と向かい合うための重い覚悟が宿り始めていた。


安芸の山々を吹き抜ける春の風を受けながら、外交僧・安国寺恵瓊は、毛利の未来を背負うための新たな一歩を踏み出そうとしていた。

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