第74話:暗雲の北陸
第74話:暗雲の北陸
天正十年、秋深し。安芸国の吉田郡山城を包む山々は、燃えるような朱と黄金色の紅葉に彩られ、谷間を渡る澄んだ秋風が、落葉を舞い上げながら江の川の水面を渡っていた。
備中高松城での凄惨な水攻めと、清水宗治の切腹を経て成立した和睦から数ヶ月。
安国寺恵瓊の粘り強い境目交渉によって、毛利家は出雲や伯耆の主要部を保全し、束の間の静けさを取り戻しているかに見えた。
されど、その平穏は、上方から東国にかけて広がる巨大な政治の地鳴りの前には、まことに脆く儚いものに過ぎなかった。
清洲会議において三法師を擁立し、織田家中の実権を完全に掌握した羽柴秀吉に対し、織田家の筆頭家老である越前北ノ庄城主・柴田勝家の不満と激怒は、もはや抑えきれぬところまで達していたのである。
勝家は、信長の三男・織田信孝や、伊勢の長島城主・滝川一益ら、秀吉の専横に反発する織田旧臣たちと裏で固く結びつき、秀吉を打倒するための巨大な「反秀吉包囲網」を画策し始めていた。
上方の都では、秀吉と勝家の間でいつ合戦の火蓋が切られてもおかしくないという、殺伐とした緊張感が日ごとに高まっていたのである。
しかし、柴田勝家には、致命的な時間の制約が重くのしかかっていた。
勝家の本拠地たる越前国は、秋が深まり冬を迎えると、猛烈な豪雪によって柳ヶ瀬や木之本の峠道が完全に閉ざされ、春を迎えるまで半年近くも兵を一歩も動かせなくなるという、極めて厳しい地理的弱点を抱えていたのである。
秀吉との全面決戦を前にして、雪に閉じ込められる恐れに駆られた勝家は、自らの陣営の圧倒的な不全を埋めるため、西国の巨大な勢力である毛利家へ向けて、密かに助けを求めてきたのだった。
天正十年、十月上旬。
飛騨から美作の険しい山道を越え、安芸の吉田郡山城へと一騎の密使が到着した。
使者が持参したのは、柴田勝家直筆の血判が捺された、極秘の起請文であった。
吉田郡山城の奥書院において、当主・毛利輝元、小早川隆景、吉川元春の三首脳が集まり、安国寺恵瓊がその立ち会いのもとで密書を開いた。
書状には、勝家の溢れんばかりの情念と、秀吉に対する激しい憎悪が踊っていた。
『羽柴秀吉、亡き織田上様の御恩を忘れて三法師様を傀儡となし、天下の政務を私物化するは天理に背く暴挙なり。我が柴田は織田家の道義を正すため、近々全軍を率いて上方へ出撃仕る。毛利家におかれては、さきの備中における屈辱を晴らし、清水宗治殿の無念を果たすため、直ちに備中・備前の境目より全軍を東進させられたし。我が柴田軍と毛利軍をもって秀吉を東西から挟み撃ちとなさば、羽柴の小童など一朝にして討ち滅ぼすことができよう』
勝家からの申し出は、毛利家にとってあまりにも魅力的な甘い誘惑であった。
秀吉の背後を突き、北陸の勝家と呼応して挟み撃ちにすれば、高松城で味わわされた屈辱を雪ぎ、失った東国の領地を奪い返す絶好の機会に見えたからである。
書状を読み終えるや否や、吉川元春の全身から、激しい闘志の炎が燃え上がった。
「これぞ天の与えたもうた好機! 柴田殿の申される通りだ!」
元春は太刀の柄を叩き、輝元の前へ身を乗り出した。
「秀吉の増長、もはや看過できぬ! 宗治を謀殺し、我が毛利を騙し討ちにした羽柴の小童に、天罰を下す時が来たのだ! 勝家殿と手を結び、我が毛利の四万の大軍をもって備前・播磨へ雪崩れ込めば、秀吉は挟み撃ちとなって自滅いたす! 輝元様、直ちに全軍の動員を命じくだされ!」
元春の激昂に呼応し、毛利家中の強硬派の武将たちが再び立ち上がり始めた。
高松城での無念を胸に秘めていた将兵たちにとって、勝家との連携による反撃論は、武士の誇りを取り戻すための千載一遇の好機と映ったのである。
当主・毛利輝元の瞳にも、一瞬、迷いの色が走った。
もし勝家とともに秀吉を倒すことができるならば、毛利の面目は保たれ、西国の覇者としての地位を取り戻すことができるかもしれない。
されど――その熱狂の渦の中に冷や水を浴びせるように、小早川隆景と安国寺恵瓊の二人が、固く首を横へ振った。
恵瓊は畳に手をつき、元春の殺気立った目の前へ進み出ると、冷静かつ冷徹な声で言い放った。
「吉川様……お気持ちは誠に察するに余りありまする。されど、柴田勝家殿のこのお誘い、絶対に引き受けてはなりませぬ。勝家殿に勝ち目はございませぬ!」
元春が血走った目で恵瓊を睨みつけた。
「何だと……! 勝家殿は織田家随一の猛将だぞ! 越前四十分の精鋭を率い、織田信孝殿や滝川一益殿も味方におるのだ! なぜ勝ち目がないと言い切れる!」
「地理と速さ、そして財力の差にございます!」
恵瓊は声を張り上げ、両手を広げて軍議の場を制した。
「吉川様、よくお考えくだされ! 越前の地は、間もなく深い豪雪によって完全に閉ざされまする! 勝家殿がどれほど勇猛であろうとも、雪の中に足を取られ、上方へ向けて兵を動かすことすら叶わぬ時期が訪れるのです! 対して、羽柴秀吉殿は上方・畿内の豊かな財と米を完全に掌握し、いつでも自在に動ける足場を固めておるのです!」
恵瓊は畳を指先で強く突き、続けた。
「秀吉は、勝家殿が雪で動けぬその隙を逃す男ではございませぬ! 越前の雪が降る前に、あるいは雪が明ける瞬間に、神速の先手を打って岐阜の信孝殿や長浜の拠点を個別に撃破するでしょう! もし我が毛利が勝家殿の言葉を真に受けて今すぐ兵を挙げればどうなるか! 秀吉は雪で動けぬ勝家殿を放置し、全軍を挙げて西国の我が毛利へ襲いかかってまいりまする!」
隆景も深く頷き、力強い声で元春を諭した。
「安国寺の申す通りじゃ、兄上。勝家殿は焦っておられるのだ。己が雪に閉ざされる前に、我が毛利を巻き込んで秀吉の気を西へ惹きつけようとしておるに過ぎん。沈みゆく泥船に、毛利の未来と数万の家臣の命を乗せるわけにはまいりませぬ」
恵瓊と隆景の冷徹極まりない分析は、元春ら強硬派の熱狂を、ぐうの音も出ぬほど正確に打ち砕いたのだった。
勝家は名将である。されど、時代の趨勢と速さ、そして圧倒的な経済力と動員力において、秀吉という化物には到底及ばない。
いま毛利が勝家に与して動けば、秀吉の全軍を西国へ誘い込み、高松城の再現どころか、毛利の本国そのものが焦土と化すことになるのだ。
元春は太刀をサヤへ納め、無念の面持ちで天を仰いだ。
「……ならば、勝家殿からの密書に、なんと返答するのだ。素直に『断る』と書けば、毛利は武門の義理を捨てたとお笑いぐさになるぞ」
その問いに対し、当主・毛利輝元が、静かに、されど重々しく口を開いた。
「……拒絶の文も、承諾の文も、出す必要はない」
輝元の言葉に、広間の全員がハッと息を呑んだ。
輝元は窓の外の散りゆく紅葉を見つめ、当主としての苦渋に満ちた「忍耐の裁定」を下したのである。
「勝家殿へは『毛利も秀吉への不満は浅からぬが、さきの和睦の差配や境目の調整に時間を要しており、直ちに出兵することは叶わぬ。折を見て味方いたそう』と、曖昧な返答を繰り返し、時間を稼ぐのだ。……勝家殿を拒絶して敵に回すこともせず、かといって約束をして兵を動かすこともせぬ」
輝元の「決めない統治」――。
あえて即断を避け、曖昧な返答を繰り返して時を稼ぐことで、勝家との正式な合流をうやむやのまま回避するという、不器用ながらも極めて賢明な生き残りの知恵であった。
輝元は恵瓊へ視線を向けた。
「恵瓊。其方が勝家殿の使者と対面し、角を立てぬよう、巧みな言の葉をもって時間を稼いでまいれ。毛利は一歩も動かぬ」
「……謹んで、お言いつけをお受けいたしまする」
恵瓊は深々と平伏し、その命を引き受けたのだった。
恵瓊の巧みな外交弁舌により、柴田勝家からの密使は「毛利も準備が整い次第、協力してくれる」という曖昧な手応えだけを持ち帰り、越前へと引き揚げていった。
そして、十一月を迎える頃、恵瓊の予言した通り、北陸の地に厳しい冬が訪れた。
立山連峰から吹き下ろす猛吹雪が越前国を白い暗闇の中に閉じ込め、柴田勝家の北ノ庄城は、深い積雪によって完全に孤立したのである。
勝家が雪の中で手足を奪われ、身動きが取れなくなったその瞬間を、羽柴秀吉は見逃さなかった。
秀吉はすぐさま軍勢を動かし、近江の長浜城や岐阜の織田信孝を電撃的に威圧・攻略し、勝家の孤立を決定的なものとしていったのである。
毛利家は、輝元の沈黙と隆景・恵瓊の冷徹な見極めによって、再び無傷のまま、天下の大乱の巻き添えから身を守り抜くことができたのだった。
夜、安国寺の書斎で、恵瓊は行灯の灯火の下で念仏を唱えていた。
窓の外では、安芸の山々に冷たい初冬の風が吹き荒れていた。
遠く北陸の地で、雪の中に閉じ込められた柴田勝家の焦燥と苦悩が、恵瓊の胸にひしひしと伝わってくるようであった。
勝家の滅亡は、もはや時間の問題であった。
そして、勝家が倒れた時、羽柴秀吉は名実ともに、誰一人のライバルも持たぬ「天下の絶対者」として君臨することになるのだ。
恵瓊は数珠を固く握りしめ、静かに目を閉じた。
前世の知識を捨て、泥にまみれて生きる己の前に、さらに巨大な天下統一の歴史の激流が迫りつつあった。
されど、己のやるべき道に迷いはなかった。
秀吉という巨大な覇者の誕生を見据えながら、毛利の家を守り、名もなき人々を生き残らせるために、一人の外交僧として、明日もまた命を懸けた言葉を紡ぎ続けていくのであった。




