第45話 大団円
国王はひとつ咳払いをすると、息子に言った。
「ハインリヒよ、場を盛り上げるにしても騒がせ過ぎだ。おまえは自室で謹慎しておれ。追って沙汰を申し渡す」
「……はい、父上」
すっかりおとなしくなったハインリヒ第一王子は、騎士に連れられて退場した。
その後ろ姿を見たフレッド・クラスト辺境伯は『奴も無自覚のうちにマリーに惚れていたのかもしれんな。それに、無神経なところがある叔父上が奴の前で俺を持ち上げるものだから、いろいろと鬱憤が溜まって、俺を敵視していたのだろう』と、珍しく他人に同情した。
恋というものを自分で経験して、理性ではどうにもならずに振り回されてしまうということを納得したからかもしれない。
(国王は、俺の機嫌を取って上手く操り、国のために働かせようとしているだけなのだがな……温室育ちの王子にはわからなかったか。それは甘い育て方をした親の責任でもある。本気で王太子にするつもりなら、もっと厳しく教育するべきだろう)
彼は、フレッドを自分たちの身代わり……生け贄……いや、立派な後継者にするために、幼い頃から厳し過ぎる教育を施した両親のことを思って『奴らはやり過ぎだが』と遠い目をした。
そんなフレッドだが、マリーのおかげで従兄弟を切り捨てる羽目にならずに済んだことは彼女に感謝した。
(吠える犬は罰し、役に立つ犬は上手く使うというのが正しい)
マリーを奪おうとしたハインリヒには、どうやら人権はないようだ。
ハインリヒが退場すると、国王は何事もなかったかのように「それでは、クラスト辺境伯夫妻の婚姻を祝おう! 開会のダンスを!」と声を張った。そして、フレッドにじろりと睨まれて、慌てて玉座に座り直した。
それを合図に楽団が音楽を奏で始めた。優雅なワルツが流れて、マリーは嬉しそうにフレッドを見上げた。
「約束よ、くるっと回してね」
無邪気な少女のような妻を見たフレッドは、ようやく表情を和らげた。
「とびきり高いところで回してやろう」
フレッドはホールの中央までマリーをエスコートすると、集まった人々に対して礼をする。マリーも特訓の成果を見せるように、美しいカーテシーを披露する。
向かい合い、腕を差し伸べ合って、ダンスのホールドをした。
まずは簡単なステップを踏むが、体力お化けで背が高く足の長いフレッドは見映えのよい大きなダンスを踊り、クラスト領の自然の中でさらに鍛えられて、足腰が丈夫過ぎる奥方さまとなったマリーも、広い歩幅のステップでホールを滑るように大きく動いた。パワフルでゴージャスなワルツを見た人々は、その見事さに目を剥いた。
「こんな素晴らしい踊りは見たことがない!」
「百歩譲って、身体能力の優れたクラスト辺境伯の方は理解できるのだが、可愛らしい少女にしか見えないマリー夫人がどうしてついていけるのだ?」
貴族の令息たちは、騎士志望の者以外は身体を鍛えることがなく、ひょろっとしている者がかっこいいとされがちなのだが、フレッドとマリーのダンスを目にして筋肉の躍動感を知った貴族たちに『これもありなのではないだろうか?』という新たな価値観が生まれた。
フレッドはマリーの腰を持つと、約束通りに高く持ち上げてターンをした。中にたくさんのパニエを装着し膨らませたドレスのスカートがふわっと広がり、美しいダンスに客たちは魅了された。
空中で、マリーは腕を伸ばして重心を傾けると、そのままフレッドの首に回した。マリーの顔が近づいてきたので、彼は慌てて避けようとしたのだが、そのふくっとしたピンクの唇が彼の頬に触れた。
「ああっ、惜しい!」
侍女の控え場所でレベッカが、そして会場でカトレアとアランが、同時に呟いた。
狙いを逸らされてしまったマリーは「むう」と唇を尖らせて着地し、ダンスの続きを踊る。
冷静を装いながらステップを踏むフレッドだが、かなり動揺していた。そしてマリーに「危ないだろうが、なんのつもりだ?」と小声で尋ねた。
唇ハンターのマリーは「もちろん、あなたの唇を頂こうとしたのよ。あれを避けるなんて、やるわね」と、瞳の中に青い炎をゆらめかせながら答えた。
それを聞いたフレッドは混乱して「はあ? なんのつもりだ?」と、マリーに尋ねる。
「あなたとキスをするつもりよ」
「なぜ?」
「キスしたいからよ! 他に理由があるの?」
フレッドは大きくターンをした。
「いや、だが」
「あなたのことが好きだから、キスしたり、その、いろいろ、先とかもしたいって思ったのよ。おかしな話じゃないでしょう? だってわたしは、あなたの妻なんだもん」
「……好き、だと?」
フレッドが本気で驚いているのを見たマリーは、頭に血が昇るのを感じた。
「今さらなにを言ってるのよ! 気がつかなかったなんて馬鹿なことを言ったら許さないわよ。さあ、はっきり言いなさいよ、あなたはわたしのことをどう思っているの?」
ダンスのリードはフレッドがしているのだが、なぜか精神的に押されている。
「ここで断られたら、わたしは諦める。クラスト領でお飾りの妻役を全うするわ。わたしのことを弄んだあなたのことをすごく恨むけどね、もう、本当に、全力で恨むけどねっ!」
「弄ぶなどと、そんな人聞きの悪いことを……」
「してるの! 自覚しなさいよ!」
マリーがフレッドをぐるんとターンさせたので、周りからは「おお、エネルギッシュな素晴らしいステップだ」と拍手が湧き起こった。
「この曲が終わる時、それが限界よ」
回って、回って、高く回って、華やかなワルツが見ている者を魅了した。フレッドとマリーは、まるで果し合いをしているかのように、強い視線で見つめ合う。
そして、最後のターンでダンスが終わった。
マリーは、真剣な表情でフレッドを見た。
緊張で目が潤んでいる。
「…………」
フレッドはマリーを抱きしめて、それから身体を離すと彼女の顎に指をかけて、仰向かせた。
「好きだ。俺はマリーを愛している。俺の妻となり、一生共に生きてくれ」
マリーの瞳から、美しい涙が零れ落ち、真珠のように次々と頬を転がった。
「はい。あなたから離れないわ」
ふたりは熱い口づけを交わして、大きな歓声と拍手につつまれたのであった。
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こうしてマリーは、『ハンサムで最高にかっこいい』フレッド・クラスト辺境伯と、本当の夫婦となった。
明るくて元気なマリーは積極的にフレッドの仕事を手伝いながら、ふたりの男の子と三人の女の子を産んだので、クラスト家の屋敷はとても賑やかになった。
フレッドは意外なことに子煩悩な父親になり、息子たちの将来を思って厳しくしごいて、なぜか気の強い娘たちもしごく羽目になったので、クラスト領の戦力が爆上がりした。辺境の地を守り、たくさんの魔物を狩って、ますます栄えるクラスト領はガスラクト国内で大きな発言力を持つ特別な領地となった。
ケリーとヤリーは、エルクとダーナが采配するヤウェン男爵家ですくすくと育ち、ケリーは無事に男爵となった。たまに王宮に行き、『旅の扉』と交流したり、クラスト領に遊びに連れて行ってもらったりしている。若いおじさんおばさんになったが、マリーの子どもたちと一緒に野山を駆け回って遊び、武道の腕を磨いているうちに食欲旺盛なたくましい若者になった。
ハインリヒ第一王子はもう失脚したかと思われたが、王太子の座は弟に譲ったものの心を入れ替えて武道に励み、知識を蓄え、五年後に妻を迎えることができた。そして、辺境の地を開拓し、産業を起こし、着実に発展させている。
クラスト領に嫁いだ『天使で悪女なマリー』は、ガスラクト国で有名な女性となったが、もう悪い評判はない。
そして、今もとても幸せだ。
FIN.
これでマリーさんのお話は終わりです。
最後までお付き合いくださいまして、
ありがとうございました!




