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虹色の彼岸、あなたへ〜四色の花嫁〜  作者: 有寄之蟻
第二部 「光が、導く」
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第二部 第三章 一つめの光

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## 第二部 「光が、導く」


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## 第三章 一つめの光


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 翌朝、目が覚めたとき、一瞬どこにいるか分からなかった。


 天蓋があった。白い布が、ゆるやかに垂れていた。


 ああ、と思った。別の世界だ。


 起き上がって、まず自分のおでこを触った。角があった。二本、ちゃんとある。夢ではなかった。


 窓から光が入っていた。朝の光だった。やわらかかった。


 璃生は窓辺に寄って、外を見た。


 城の庭が見えた。緑が多かった。遠くに噴水らしきものがあって、水が光を受けてきらきらしていた。何人かの人が、庭を歩いていた。角のある人。背の低い人。翼のようなものが背中にある人。


 いろいろいるんだな、とぼんやり思った。


 扉がノックされた。


「ニジトセ様、お支度のお時間でございます」


 侍女の声だった。昨夜も夕食を運んでくれた声だ。


「はい、どうぞ」


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 支度を手伝ってもらった。


 この世界の衣装だった。璃生の体型に合わせて仕立てられたらしく、着やすかった。淡い朱色の布地。袖が広い。帯のような紐で腰を締める。胸元が少し開いていて、彼岸花の文様がうっすら見えた。


 鏡を見た。


 龍目で、角があって、彼岸花の文様がある。


 うん、だいぶ変わった見た目だった。


 でも不思議と、嫌だという感覚はなかった。自分の体なのに、昨日より少し遠い感じがした。璃生ではなく、虹歳として、ここにいる。


 その感覚が、少しだけ、楽だった。


---


 朝食のあと、神官長スギ=ノキが迎えに来た。


「本日は謁見の間へご案内いたします。国王陛下ならびに王妃殿下へのご挨拶の儀がございます」


「はい」


「緊張なさらずに。皆、ニジトセ様のことを歓迎しております」


 神官長は穏やかに言った。


 璃生はこくりと頷いた。


 緊張しているか、と自分に聞いてみると、していなかった。なぜだろう。麻痺している部分がまだあるのかもしれない。


---


 廊下を歩きながら、璃生は視界の変化に気づいた。


 朝の光の中、廊下の空気が落ち着いていた。石壁に窓から光が差し込んで、埃のかけらがゆっくり舞っていた。


 その中に、違う光があった。


 ほんのりした、白い光だった。


 昨夜、部屋で一瞬見えたものと同じだった。


 ふわふわとした光の粒が、廊下の先にある。視界の端にかかる程度で、直視すると少し薄れる。でも確かにある。


 シャラ、と音がした。


 小さな音だった。鈴の音に近かったが、もっと軽い。水晶を指先で弾いたような、透明な音。


 璃生は立ち止まった。


「どうされましたか」


 神官長が振り向いた。


「あの、光が、」


 璃生は廊下の先を示した。


「光……」


 神官長には見えないようだった。


「女神さまから聞いています。縁結びの相手に近づくと光が見えると」


「ああ」


 神官長の顔が、ほんの少し動いた。表情の変化が薄い人だったが、それでも、驚きのようなものが乗った。


「この方向に……」


 独り言のようにつぶやいて、神官長はなぜか少し考え込む顔をした。


「この方向に、何かありますか」


「謁見の間への道中に……いくつか、立ち寄る場所がございますが」


「誰かいますか」


「……侍女の詰め所がこの先にございます」


 侍女の詰め所。


 光は、その方向から来ていた。


「行ってみてもいいですか」


「ご案内いたします」


---


 廊下を折れて、少し歩いた。


 光が、少しずつ強くなった。


 シャラシャラ、と音が続いている。控えめだったが、確かに聞こえていた。


 角を曲がった先に、小さな広間があった。


 侍女たちが三人、話をしていた。振り向いて、璃生と神官長を見て、一斉に頭を下げた。


 その中の一人に、光が集まっていた。


 璃生は目を細めた。


 一人の侍女に、白い光がまとわりついていた。ふわふわと、その人のまわりに漂うように。


 視線を向けた。


 侍女だった。


 女の子、と璃生は思った。


 背が低かった。璃生よりも低い。細い体。侍女の制服を着ていた。この城の侍女は上品な紺色の服を着るらしく、その子も同じ服を着ていた。


 顔が、きれいだった。


 黄金色のゆるい巻き毛が、頭のてっぺんでまとめられていた。後れ毛が一本、頬にかかっていた。目は琥珀色。ヘーゼルナッツみたいな、茶と金が混ざった色。肌がきれいで、睫毛が長くて、唇の形がきれいで。


 ちょーかわいい。


 璃生の内心が、素直にそう言った。


 ここに来てから初めて、感情が素直に動いた気がした。


 かわいい。すごくかわいい。あんな侍女さんが案内してくれるんだろうか。毎日顔を見られるのだろうか。いいな。


 でも。


 光は、その子からのものだった。


 縁結びの相手に近づくと光が見える、と女神は言った。


 つまり。


 あの子が、縁結びの相手?


 でも女神は確かに、三人の男性と言っていた。王子と、神官と、商人。


 ということは、あの子は。


 えっ。


「サイコー」


 神官長が、静かに呼んだ。


 黄金色の巻き毛の侍女が、顔を上げた。


「神官長様」


 声は、少し低かった。


 女の子の声にしては、少し。


 璃生は目を細めた。


 よく見ると、侍女服の肩幅が、少し広かった。腰の細さが、侍女服のシルエットの中で不思議な収まり方をしていた。


 ……あ。


「こちらはニジトセ様です。本日より王城に滞在されます」


「存じております」


 侍女は丁寧に璃生へ向かって頭を下げた。


 その動作が、どこか、女の子っぽくなかった。


 礼の仕方が、自然に身についているというよりも、意識して作っている感じがした。体の重心の取り方が、スカートに慣れていない人のそれだった。


 璃生はしばらく、その侍女を見ていた。


 侍女は顔を上げて、璃生と目が合った。


 琥珀色の目が、一瞬だけ、鋭くなった。


 気づかれた、と璃生は直感した。


 自分がじっと見ていたことに、気づかれた。


 でも侍女はすぐにまた表情を整えて、にっこりとした。計算された笑顔だった。愛想のいい、可愛らしい笑顔。


「ご滞在の間、お役に立てれば幸いでございます、ニジトセ様」


「……ありがとう」


 璃生は言った。


 胸の文様のあたりが、ぴりっとした。


 反射的に、胸に手を当てた。


 そこに、何かが浮いている感触があった。


 服の上から触れても分からない。でも、確かに感触があった。


 白い光が、胸のあたりに集まっている感じがした。


 璃生は服の合わせをそっと開いた。


 胸元に、白い花の輪郭が浮かんでいた。


 三枚の花びら。細い茎。繊細な、小さな花。


 金木犀だ、と璃生は直感した。根拠はなかったが、そう感じた。


 白く、淡く、かすかに光っていた。


 璃生は服を戻した。


 侍女は璃生の動作を見ていた。表情を変えなかった。でも、目が少し動いた。


 気づいてる、と璃生は思った。


 この子は、自分の正体が分かっている。縁結びの相手だということも、きっと知っている。それでも隠している。何かを、隠している。


「ではニジトセ様、参りましょうか」


 神官長が促した。


「はい」


 璃生は侍女から視線を外して、歩き出した。


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 廊下に出てから、璃生は神官長に小声で聞いた。


「さっきの侍女さん、サイコーさんと言っていましたね」


「はい。先ほどご紹介した三名のうちの一人、サイコー・チョウ=キンメンモー様の、妹君でございます。ヤコ殿と申します」


「妹さん」


「はい。ヤコ殿はお兄様が以前お世話になった縁でこちらに仕えていただいております」


 璃生は頷いた。


 妹さん、か。


 妹さんだから、光が出たわけではないだろう。


 ということは、兄のほうが縁結びの相手だ。


 でも、なぜ妹さんに光が?


 ……兄妹の縁、みたいなことだろうか。あの妹さんを通じて、兄さんと縁が繋がっている?


 詳しくは分からないが、あの侍女さんと関わることが、縁結びへの道なのかもしれなかった。


「ヤコさんは、わたしの侍女になっていただけるんですか」


「ご希望でしたら、そのように」


「お願いします」


 神官長がわずかに目を細めた。それが驚きなのか承諾なのか、璃生には読み取れなかった。


---


 謁見の間は、広かった。


 天井が高くて、柱が太くて、正面に玉座がある。玉座にはルールー族の国王が座っていた。大きい人だった。穏やかな目をしていた。隣に王妃がいた。


 謁見の儀式は、短かった。


 璃生が礼をして、国王が歓迎の言葉を述べた。言葉は丁寧だったが、気取りがなかった。国王の目が少しお茶目な感じがして、璃生は少し警戒心が緩んだ。


 王族が並んでいた。


 第一王子は背が高くて、少し一言多そうな顔をしていた。第二王子はまあまあ役という雰囲気がにじみ出ていた。第一王女は活発そうで、璃生と目が合うとにっこりした。


 第三王子は、いなかった。


 いない理由を聞いたが、今日は体調が、とのことだった。


---


 謁見が終わって、廊下を戻るとき、璃生の視界の端にまた光が見えた。


 さっきの光とは別だった。


 位置が違う。方向が違う。


 こちらの光は、城の奥のほうから来ていた。立入禁止の札がある廊下の先から、うっすらと。


 シャラ、と音がした。


 さっきより、少し低い音だった。


 璃生は立ち止まって、その廊下を見た。


 光がある。


 また、誰かがいる。


「ニジトセ様?」


「……あっちにも光があります」


 神官長は璃生が指差した方向を見た。


「……それは」


 神官長の顔が、複雑になった。


 珍しかった。表情の薄い神官長が、珍しく迷うような顔をした。


「第三王子のご居室がございます」


「さっき、体調が優れないと」


「ええ。ただ……それは、正確には」


 神官長は少し間を置いた。


「王子殿下には、能力コントロールに難しさをお持ちで。人間の姿をお取りになれない状態が続いております。現在は常に狼の姿でいらっしゃいます」


「狼の姿」


「ルールー族は人間と狼の二形態を持ちます。殿下は心を読む能力が強すぎて、人の感情に負荷を受けやすく……長らく、あの廊下から先はお立ち入りをご遠慮いただいております」


 璃生は廊下の先を見た。


 立入禁止の札がかかっていた。


「会いに行けますか」


 神官長が、驚いた顔をした。今日二度目だった。


「……殿下は、人を拒絶なさいます。お声も、大変大きくなることがございます」


「大きい声が、怖い人がいる場合は」


「……ご遠慮いただくのが賢明かと存じます」


 璃生は頷いた。


「今日は遠慮します」


「それが賢明です」


「でも、明日か明後日には行ってみたいです」


 神官長は何か言いかけた。でも言わなかった。


「……承知いたしました」


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 その日の午後、ヤコが正式に侍女として紹介された。


 紺色の侍女服で、璃生の部屋に入ってきた。


「本日よりお世話させていただきます、ヤコと申します」


 丁寧なおじぎ。


「よろしくお願いします」


 璃生は言った。


 ヤコは顔を上げた。璃生と目が合った。今度は、鋭さはなかった。ただ、注意深い目だった。


「ニジトセ様は、本日の謁見はいかがでしたか」


「緊張しませんでした」


「それは……良うございました」


 少し、間があった。


「ヤコさん」


「はい」


「お兄さん、いらっしゃるんですね」


 ヤコの表情が、ほんの一瞬だけ固まった。


「……はい。兄がおります」


「いい人ですか」


「……はい。良い人、だと思っております」


 その「だと思っております」の言い方に、何か含みがあった。呆れているような、でも愛情があるような。


「そうですか」


 璃生は言った。


 それ以上は聞かなかった。


 ヤコは璃生が追加で質問しないことに、どこか安堵したような顔をした。


 気づいてる、と璃生はまた思った。


 わたしは気づいている。でも今はそれでいい。


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 夕方、璃生は部屋で窓の外を眺めていた。


 光が、また見えた。


 今度は庭の方向だった。中庭の茂みのあたりに、白い光がふわふわしていた。


 さっきの光とも、第三王子の方向の光とも、位置が違う。


 三か所から光が来ている、ということだろうか。


 三つ、と女神は言っていた。縁結びの相手が三人。


 璃生は庭の光を眺めた。


 その光が、ゆっくりと庭の奥に引っ込んでいく。誰かが移動しているのか、光の強さが弱まって、やがて見えなくなった。


 胸に手を当てた。


 朱色の彼岸花の文様が、そこにある。


 今日浮かんだ金木犀の輪郭は、まだそこにあるだろうか。


 服の合わせをそっと開いた。


 彼岸花の文様のそばに、白い花の輪郭があった。


 金木犀の形をした、白くかすかな輪郭。


 まだそこにあった。


 消えていなかった。


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 夜。


 ヤコが夕食の後片付けを終えて、おやすみなさいませ、と部屋を出ようとしたとき、璃生は呼び止めた。


「ヤコさん」


「はい」


「今日は変なことを聞いてすみませんでした」


 ヤコは少し間を置いた。


「……いいえ。お気になさらず」


「また聞いてもいいですか、いつか」


「……それは」


「無理なら無理で大丈夫です。ただ、聞いてもいいかどうかだけ、聞きたかったので」


 ヤコは璃生を見た。


 注意深い目だった。でも今は、さっきより少し、柔らかかった。


「……いつか、お答えできることがあれば、お答えします」


「ありがとうございます」


 ヤコが部屋を出た。


 扉が閉まった。


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 璃生はベッドに入って、今日のことを頭の中で整理しようとした。


 でもうまく整理できなかった。情報が多すぎた。


 代わりに、今日見た光のことを考えた。


 三か所。三つの光。


 そのうちの一つが、あの侍女さんの方向にあった。


 ということは、兄さんは城のどこかにいるはずだ。


 あの琥珀色の目をした侍女さんの、兄さん。


 どういう人だろう。


 商人、と女神は言っていた。豪商の長男。


 璃生はそこで止まった。


 思い出した。


 女装姿の侍女さん、と言っていた。


 待って。


 今日、あそこにいた侍女さんは。


 え。


 璃生は天蓋を見上げた。


 あの子、もしかして、兄さん本人だったんじゃ。


 光が、兄さんの妹さんから来ていたんじゃなくて、兄さん本人から来ていたんじゃ。


 つまり。


 あの女装の侍女さんが、縁結びの相手?


 璃生は目を細めた。


 ……まじかよ。


 でも、そういえば。


 あの侍女さん、すごくかわいかった。


 女の子だと思ったとき、すごくかわいいと思った。


 男の子だと気づいた後も。


 ……やっぱりかわいかった。


 璃生は天蓋を見ながら、しばらくそのことを考えた。


 おかしいな、と思った。


 男の人を見て、かわいい、という感情が素直に来たのは、いつぶりだろう。


 怖い、という感情より先に、かわいいが来た。


 それが、少し不思議だった。


 璃生は目を閉じた。


 まぶたの裏に、琥珀色の目が浮かんだ。


 計算された笑顔の下に、何かが隠れているような目だった。


 どんな人なんだろう、と思いながら、璃生は眠りに落ちた。


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*(第四章へ続く)*

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