第五十六話 優子の本音
約束の時間よりも早く、真司と優子は連れ立って本館自習室に到着した。
二十五日とはいえ朝のラッシュは大変だ。
電車が混んでいればそれだけお互いに密着できるのだが、今日はクリスマス、天罰を喰らうとまずいと考えて、二人は早めに家を出た。
「あの問題、やるに事欠いて酷かったな」
「あんなの、本番なら問題も読まないわよ。平方根が書いてあったじゃない」
真司と優子がジュースを飲みながら話しているのは、受験対策授業で出された算数の宿題についてだ。
三角柱の側面に円柱が垂直に突入していき、数秒ごとの交わった体積を計算するという悲惨なもので、算数の領域で解ける問題ではなく、一桁の素数の平方根が問題文に記載されていた。
解法をスカイプに上げたのはクラスのリーダー格、永井だ。
(計算は分かるんだけど、流れがサッパリだわ……)
永井の解法を真司が解説するが、優子はウンウンと唸っている。
「よ、どうだった昨日は?」
その永井がやってきた。優子に聞こえないように、声を潜める。
「……またお預けだよ」
「なんだよ上遠野も堅いなあ……」
「……聞こえてるわよ、あなたたち」
(……まったく、人の気も知らないで)
本当は、優子にしても彼氏の首すじにもろ腕を巻き付けて唇を差し出したいところだが、
(合格記念とか、入学記念とか、誕生日とか、そういうのがいろいろとあるじゃない。こっちだってガマンしているのよ……勉強ができてもほんとバカね!)
これが優子の言い分だ。
世の男たちに言っておきたい。女にもその気は十分にあるのだ。
「ああ永井。二十七日な、おれの新妹二人、ここに見学で連れてくっから、お前が仕切ってくれないか?」
「うっはきたこれ!」
新妹、当時の辞書には載っていなかったが、その道の玄人の間ではよく用いられていた単語を、永井はノータイムで理解した。
「連れてく場所がねーんだよ。おれん家の周りなんてすぐだろ? そうすっと残りがここしかねーんだよ」
「だらしないな真司。まあ任せとけ、お安い御用だ」
そんな会話を聞いていた優子が、
(美紀ちゃんと佐紀ちゃんか……。どんな子なんだろ? 楽しみが増え……た……げ! 二十七日って算数と理科だあ……ああー初対面で恥かくう……)
時間割に目をやると、ノートを写していたシャープペンシルの勢いが止まってしまった。
(あーあ……)
美紀と佐紀の体験お泊りに招待はされていたが、優子にはその場にしゃしゃり出るつもりなどはなかった。
そのうちに紹介してもらえる程度に考えていたところで、実際はクラスの見学者となった二人から先に、『算数の出来ない上遠野 優子』を見られてしまう。
(終わったなあ……いい所を見てもらいたかったのに……)
優子がガッカリとため息をついていると、クラスメイトが集まってきた。
「お、永井、助かったぜアレ。でもどうする? アレに全員正解とか、それはないだろ」
「永井と真司だけでいいべ。それ以外はお手上げってことで」
クラスメイトは分担の決まっていた宿題を交換して答えを写し始め、永井は昼飯のアンケートを作り始めた。




