第五十五話 弁護士・志村由美
「ただいまー」
真司が小学校の終業式を終えて帰宅すると、来客が騒いでいた。
「真夏、本当にいいの? 養子縁組なんて。法律上の親子関係が成立しちゃうのよ? その子たちに相続権だって発生するのよ? 万が一ケンカでもして離縁なんかしてみなさい? その場合の条文なんてないのよ? どうなるか分かる? 法廷闘争よ? 分かってんの? ご両親にもちゃんと言った? あんた十九で子供産んじゃうし。びっくりしたわよあの時も。ご両親だって驚いたでしょ? その時と同じよ。ねえ、真夏? ちょっと聞いてんの? 何なのよこのジグゾーパズルは?」
「わかってるよ、由美ちゃん」
志村の存在を玄関で察知した真司は外に逃げようとしたが、志村は見のがしてくれなかった。
「お帰り真司。あんたもちょっとこっちに来なさい」
(マジかー……)
「こんちは、志村さん」
通学用のカバンをリビングの入り口に置いて、真夏の隣に移動する。
志村由美弁護士は女子校時代の真夏の同級生で、学部三年生の折に司法試験に合格し、司法修習中には裁判所や検察からもスカウトされた才女で、産後間もない真夏の実家にせっせと通っては、幼かった真司のおむつ交換を手伝った真夏の親友でもある。
よって、真司にとっては頭が上がらないのと同時に、真司の弱みを握る数少ない女性の一人でもある。
着飾った様子を見ると、これからクリスマスイブのパーティにでも行く予定なのだろう。
やかましい所が玉にキズだが、真夏や真司を思う志村弁護士の気持ちに嘘はない。
「で、真司。その子たちに会ったのよね? どんな子だった?」
「どうも何もねーよ、普通の小学生だってば」
「ふーん? 今はね。中坊になったらどうなると思う? JKになったら? オッパイだって大きくなるし、お尻だってプリっプリになるし、いい匂いとかしちゃうのよ? あんた分かる? 毎日を悶々と過ごすのよ?」
〔オッパイ〕のところではドレスの胸を持ち上げて、〔お尻〕のところではヒップを突き出し、〔いい匂い〕のところではいい女風に髪をすくい上げた。
女子校育ち丸出しだ。
「ふふふ……」
真夏が隣で笑っている。
「真夏、笑い事じゃないんだから……」
「もう決めたのよ、由美ちゃん。まあでも、しゅうくんとは頑張るけどね」
「……はあ。ま、今日は確認に来たってのもあるし」
志村はバッグの中から『養子縁組届』を取り出すと、
「こことここ、相手の親権者に書いてもらうわ。真夏が書くのはこっちね。証人二名は成人なら誰でも可、印鑑も認印で大丈夫よ。提出先はこっちの区役所でいいわ。真夏、これって代理人弁護士とか雇う必要ないわよ?」
志村はペタペタと付箋を貼り付けていった。
「ん? しゅうくんがそう言ったのよ。じゃあ、由美ちゃんと金沢で少し遊んでこいってことかな」
「なによそれ?」
「あたしが金沢に代理人弁護士を連れてくには問題ないでしょ? ついでに紹介してあげる」
修司が本来不要な代理人に志村を指名した理由が真司にはやっと分かった。妻の親友に、美紀と佐紀を紹介するためだ。
(……親父もやるなあ)
志村を見送ると、真司は塾の通常授業に出かけ、帰りには優子を送った。
優子を乗せたタクシーが出発すると、見計らったように受験対策講座の永井から携帯にメールが届く。
『真司の出番はなかった。スカに上げといたから確認よろしく。明日は本館の自習室に九時集合だ。上遠野と上手くやれよ』
上遠野というのは、真司の恋人、優子の苗字である。
(……帰っちまったよ)
クリスマスイブだというのに、優子の『お預け』はそのままだ。
(ちょっと期待したんだけどな……)
真司は永井にメールを返した。




