第五十四話 瞬殺
十二月二十三日火曜日、午後八時。
真司はジグゾーパズルに向かっている。真夏も一緒だ。
火曜日なので真司には塾がなく、病院を移る真夏は有休を取っている。
昨夜遅く院長から電話があり、真夏は残りの有給消化について指示を受けた。
真夏が昨日、ダッシュで病院から帰ってしまったためだ。
有給休暇は今日を除いてあと六日残っている。二十四日からの都合のいい日に引継ぎを行い、残りの出勤日にスタッフへ最後の挨拶をすることになった。
「真夏先生、ほんとうによく働いてくれたねえ……」
患者の名前をきちんと呼ぶ真夏は病院でも人気があった。
パズルのピースがはめ込まれていく。
(あー、塾の宿題まったくやってねーよな……)
(あー、しゅうくんのところに行きたいな……)
同じことをやってはいるのだが、二人が頭の中で考えていることはまったく違った内容だった。
ジグゾーパズルの箱は二個とも開けられていて、それぞれの山が明暗色別に分類され、手を付けていない箱の分はオーディオラックにしまい込まれている。
朝から真夏がこまめに埋めていたようで、真司が帰宅した頃には八割がた完成していた。
真司と真夏は黙々とジグゾーパズルのピースをはめ込み続ける。
真夏のスピードの方が、真司よりも速い。
(……くっそ、負けらんねえ……)
真夏の注意を逸らすため、真司は真夏へ側面攻撃を試みたが、
「あいつらさ、どこに連れてこっかなーって」
「連れ回したらダメ」
「何で?」
「緊張してるでしょ」
「あ、そっか……」
真夏に瞬殺された。
真夏はペースを落とさず、視線も動かさない。
(……母さんの頭、デジタルだな)
真夏の言いたいことはこうだ。
初めて姉妹二人で東京に来るのだから緊張の度合いは相当高い。
そんな二人を連れまわしたって疲れちゃう。
だったら、今後の生活に必要な、自宅の周辺地域の案内ね。
「特別なことはしなくていいわよ。記念写真だけ撮っておこ、普段着で」
「写真?」
「うん、あたしが欲しいってのもあるんだけど……、ほら、こっちでの様子、報告にもなるじゃない、辰夫さんと幸枝さんに」
最後のピースがはまる。真夏は体を伸ばして、
「やっと出来た! けっこうキツイね、これ。真司、次のやつ、枠だけやっておこ」
「あいよ」
残りの箱の山を二つ、オーディオラックから取り出すと、
「風呂入れてくる」
真司は二階のバスルームへ向かっていった。
(てことはおれのホームが案内場所だな……。じゃあこの近辺と、……やっぱ塾か)
「あ、あいつらの風呂とかどうすんだっけ……?」
今の今まで忘れていた。




