第四十七話 近衛騎士団
「あー……ほんと凄かったわねえ……」
白石の屋敷に一泊した真司、その父・修司、その母・真夏の三人は、行きに利用した大きなレストランでの休憩の傍ら、今後の責任は自分たちにある、という責任感の下、それぞれが自分自身を参謀に見立てた幕僚会議の真っ只中にあった。
昨夜の歓迎会では門人が忠臣蔵の討ち入りやコント、剣術の型を多数実演し、修司はカラオケ、歌唱力にやや難のある真夏は即席でマジックを披露した。
白石家の当主・辰夫は愛弟子の演じる剣舞に見入り、ひとしきり頷いたとみるや、大きな拍手を彼らに惜しまなかった。
その辰夫の妻・幸枝もまた、夫の弟子たちの勇姿に拍手を絶やさず、彼らの食事や酒の面倒までをもよく見て回った。
鍋が追加されてその中にシイタケが見えたとき、真司は一瞬震え上がったが、それがシイタケに間違いのないことさえ確認すれば、文句なく美味い鍋だった。
門人たちは修司と真夏を取り囲み、熱い視線で何やら語り続けている。
次々に披露されていく宴会芸に鍋をつつきながら大笑いしていた真司へ、地元の警察で警ら係をしている室井という大柄な男性が絡んできた。門にいた六人のうちの一人で、完全に出来上がっている。
「先ほどはお世話になりました」
真司が再度礼を述べると、
「いやな、いいんだ、そんなことは……。それよりも、な、真司君。……う、う……、お嬢様たちを……、お嬢様たちを……、何卒よろしく、何卒よろしく……ううう……」
泣き始めた。修司が九州の県警本部で刑事部長をしていることを聞き、
(山元警視正が単身赴任中で目黒にご不在ということなら、奥様ではなく、息子さんに……)
美紀や佐紀にもしものことがあった場合、修司の妻・真夏ではその姉妹救出の実行部隊に入れないに違いない。
そう考えた門人たちは、真夏を指揮官にしてその息子である真司を一旦その最前線に向かわせ、その時間を利用して姉妹の新たな新居となる武蔵小山に集結するつもりでいたようだ。
真司の剣の腕前には不安を隠せなかった門人だが、
(きっとお嬢様方がコイツを鍛え直してくださるはず……)
自らの手で真司を指導したいというはやる気持ちを抑えつけた。なにしろ金沢と目黒では距離がありすぎるのだ。
門人たちの意見は一致していたようで、彼らは次々に真司の手を取ってきた。
「頼んだわよ、真司君。頼んだわよ……。……う、う、美紀ちゃんと佐紀ちゃんにもしものことがあったら……う、う、……ああーーーん」
バスガイドをしている水樹という若い女性だった。この女性もまた門内にいた門人の一人である。
タイタニックのヒロイン役を演じた時の歌があまりにも上手かったため、真司は彼女をプロの歌手だと思っていた。
ひとしきり泣くと気が済んだのか、化粧直しと言って彼女が去ると、また次の門人が……、と続いた。
シーンを幕僚会議中のレストランに戻そう。
レストランの椅子に座りなおして、修司と真夏が会話する。
「ありゃな、門人ていうよりもお姫様の近衛騎士団、選りすぐりの特殊部隊みたいなもんだ。実際にあの場にいた全員が揃いも揃って剣を使うしな。見たろあの近衛騎士団の剣舞。あんな完成度、おれだって見たことがないぞ。あの姫様二人、美紀ちゃんと佐紀ちゃんのどっちかでもが連中に一声でも掛けてみろ、ほぼ全員が数時間で目黒の家まで集結するぞ、おまけにフル武装でな。これは間違いない」
「ほんとみなさん、あんなに一生懸命になって……。きっとあたしたちの知らない、深い深い絆があるのね……」
(……美紀のキノコでその連中は全滅しかけたがな)
真司は言葉には出さなかった。
勝手にそんなことを話したら、美紀が本当にその騎士団とやらを武蔵小山に招集するかもしれない。
踏む必要のない地雷を真司はここでも避けた。
美紀と佐紀はクリスマスの後、二十六日から二泊三日で体験お泊りの予定だ。辰夫と幸枝は来ない。
とにかく二人で二泊して、今後の生活の課題を洗い出そうということだった。
年明けには戸籍を書き換えて住民票を移動し、学校の準備が整い次第に目黒へとやってくる。残された時間は少ない。
「まずは戸籍関係だ。真夏、志村さんに連絡して代理人を頼んでくれ。次は寝泊りだ。これは真夏と真司で手配を頼む。主に真司が動け。最後に相手は女の子だからな、諸々必要になる。これは真夏の得意分野だろう。記憶したな? おれからはこんなところだ。何か質問、意見は?」
「ネコの移動範囲を制限したいわ」
真夏が言った。
長毛種の抜け毛はその量が半端ではない。半年もあれば羽毛布団が出来上がりそうなほどに抜けまくって衣服や髪に付着する。
眼科医としてだけでなく、山元家の交友関係者にネコアレルギーが見つかった場合を考慮しての発言だった。
「よし。三階を管理区域にする。二人の部屋にあったスピーカのペットボトル、あれはネコ避けだ。ネコは運動能力が高いからな、スピーカくらいには飛び移る。あの巨体の運動エネルギーにスピーカが耐えられず、それで何度もひっくり返ったのだろう。よって自動的に二人の部屋も三階だ。確認しないと分からんが、これは二人に譲歩してもらおう。隔壁の追加と扉の下のネコ専用出入り口、そのリフォームの手配はおれがする。問題ない。他には?」
「扉の下の出入り口って、おれの部屋も?」
「当然だ。連れてくるネコは二人にとって大切な家族なはずだ。それならばつまりおれたちにとっても大切な家族ということになる。もちろんおれたちの寝室にも付ける。嫌でも受け入れろ、真司。他には?」
「おれがもらった太刀と脇差、登録を東京に移したい」
「刀剣類に登録地の移転手続きは不要だ。所有者だけ変更すればいい。ハガキ一枚で済む。他には?」
「ないわ……」
「ないな……」
今朝、辰夫はあの時の太刀、脇差の真剣二振を真司に譲ると告げた。
太刀は河内守国助二尺五寸、脇差は忠綱の銘刀だった。年明けに辰夫が持参してくれることになっている。
「確認した。よし解散だ。真司、お前は自由行動だ」
「あいよ」
修司は近所のリフォーム業者に、真夏は志村弁護士に連絡を付けた。




