第四十六話 藤娘
そろそろ夕食ということで全員が居間に集合した。
修司は辰夫と、真夏は幸枝と他愛もない話を続け、美紀と佐紀はコソコソと、なかなか決着のつかないあっち向いてホイを続けている。
真司といえば先ほどの辰夫と幸枝の神技を思い返して興奮が収まらない。
辰夫の剣技を想像しては、両手に刀をイメージして妄想の中で振り回している。その上お楽しみという辰夫の言葉も気にかかって、食事の献立などすっかり上の空だ。
(……こいつら何やってんだ?)
目の前にいる美紀と佐紀のあっち向いてホイに真司は気付いたが、そんなことはどうでもいいと、目を閉じて、辰夫の剣技をもう一度じっくりと考えている。
(こうか……)
(やっぱああやって……)
「あっちむいてほい!」
「あっちむいてほい!」
(しかし……物理的にはこう動く……)
「あっちむいてほい!」
「あっちむいてほい!」
(……でも達人なら物理法則すら……?)
「あっちむいてほい!」
「あっちむいてほい!」
(……いやそんなことはあり得ないはずだ……)
「あっちむいてほい!」
「うるせーわ!!!!」
(いい加減うるせえわ! お前ら!)
真司は延々と繰り返される『あっち向いてホイ』の小さな掛け声に我慢がならなくなった。
「美紀、佐紀。さっきからそのあっち向いてホイはなんなんだ?」
二人は勝負を中断した。
「あはは……ちょっと……えへへ」
「ちょっとってなんだ? あと佐紀、お前またえへへって言ったぞ」
誤魔化そうとするときの佐紀のクセらしい。佐紀は諦めたように、
「美紀ちゃん、しょうがないよ。あれは二人でやろう」
「……はあ」
美紀がウンザリとした顔になって目を閉じる。
「二人でやるってなんだ?」
「……お楽しみですわ、フフフ」
「……またかよ」
(……辰夫さんといい美紀といい、まったくこの白石家は焦らす系の血筋なのか……?)
本日二回目のセリフを聞いた時に呼び鈴が鳴った。夕食が届いたようだ。
美紀と佐紀はスッと立ち上がって迎えに走り、残された者たち、その中で真夏が、
「ホントよくできた子たちだわあ……」
(あんたも! さっさと! 行きなさい !ほら! ほら!)
二人を見送りながら、真司に向かってしきりに目と指で合図を送ってくる。
「いいんですよ、お客様なんですから。ゆっくりしてね」
美紀と佐紀が大きな寿司桶を六段重ねて運んできた。計十二段、この部屋には七人しかいない。
修司と真夏が顔を見合わせて、次に真司の顔を見た。
(こっち見んな……つかあれ、一つで何人分だ? けっこうあるぞ……)
辰夫と幸枝も立ち上がって支度を始めている。テーブルの上には寿司桶が三口並んだ。気になるところは多々あったが、ともかく食事の始まりだ。
美紀と佐紀が次々に寿司を口の中に放り込んでいく。
美紀はタイミングを見計らっては少しだけ言葉を発し、それ以外は黙々と咀嚼に励む。
佐紀は会話を絶やさず、寿司を絶やさずペースを落とさない。あっという間に桶は空になって、佐紀の手で補充された。
「お前らすげえなー。いい食いっぷりだわー」
真司が感心していると、その言葉に反応した真夏が隣から足を踏んできた。
(ちょっとあんた! 何言ってんの! 女の子に! 黙ってなさいってば! このばか!)
「あはは、ホントはもっと行きたいんですけど、今日はいろいろとあって。ここまでです」
佐紀はワンピースの首元を指さした。
食事が終わって少し経つと、美紀と佐紀は着替えると言って居間から出て行ってしまった。真夏が残念そうに目で追っている。
「さ、二次会といこう。大人は酒じゃ」
辰夫に促されて大広間へと移動すると、ステージらしきものが作られていて、畳の上には大きなテーブルが四つ、その周りには座布団が並んでいた。
幸枝が残った手付かずの寿司桶をテーブルに載せていき、
「お弟子さんたちが歓迎会をして下さるって」
この時を待っていたお弟子さんたちが続々と集まってテーブルを埋めた。門で案内をしたあの六人の姿もある。
真司は光野三佐に少し頭を下げた後、客人として完璧にもてなされた。この技術はワシントンにいる兄貴や姉貴から教わったものだ。
歓迎会の最中に美紀と佐紀が姿を見せなかった理由は最後に分かった。
二人は歓迎会のトリとして、和装に身を包んで『藤娘』を舞った。
修司、真夏、門人たちが姉妹に拍手を送る中、真司は、
(辰夫さんも意地悪だなあ、これがお楽しみ……美紀、佐紀、美しいぞ……グッジョブだ……)
二人の舞を眺めていたが、この予想は翌日の朝、外れることになる。




