第三十九話 北欧系純血種
「夕食にはまだ早い、美紀、佐紀。真司君に家を見せてあげてくれ」
若い三人で少し話をしてこいと、白石家当主・辰夫は言った。
姉妹に連れられて真司は屋敷内を巡る。リフォームの際に保存されたのか、釘隠しと呼ばれる家紋を模った装飾が至る所に見られた。
「さっき、外で迎えてくれた人たちは?」
「今頃どんちゃん騒ぎですよ、行ってみます? えへへ」
「何者なの? あの人たち?」
「共に生死の狭間をさまよった仲間です。えへへ」
(……ボケなのか? 重いボケだな)
「……」
(佐紀さんだめよその話は。だめだからね、佐紀さん)
佐紀はずっとこの調子だ。美紀は相変わらずムスッとしたまま口を開かない。
「川は渡らずに済んだんか……」
「渡っちゃったらここにいませんよ。向こう岸は見えました。割とくっきりと。えへへ」
「え? 三途の川って向こう側どうなってんの?」
あの六人は門人と聞いた。どんな人たちか具体的に知りたかったのだが、佐紀にペースを握られてしまう。
「美紀ちゃんがおいでおいでしてました。えへへ」
(姉ちゃんが渡ってんじゃん!)
「姉ちゃんが渡ってんじゃん!」
「えへへ」
真司の心の声が漏れてしまった。
(こいつはやっぱボケなのか? しかも『えへへ』って言うぞ……)
「……」
(佐紀さんだめよ。それ以上、そのお話をしたら荒縄で縛り上げるわよ。真司さんの方も佐紀さんの笑い方に食いつきなさいな……)
真司が佐紀からの説明を受けていると、一行は屋敷二階の廊下の奥に突き当たった。〔美紀の部屋〕、〔佐紀の部屋〕と手書きで書かれたプレートのぶら下がる部屋が向かい合っている。
佐紀が〔美紀の部屋〕と書かれた扉を迷わずに開いた。
「……」
(ちょっと佐紀さん……あなたって容赦がないのね。怖いもの知らずも程々にしないといけないわよ……覚えていなさい、佐紀さん……)
美紀はまだ口を開かない。彼女の部屋は片づいているし、見られて困るものはすでに工作済だった。今は、佐紀の部屋ではなく、美紀の部屋の扉を開けた佐紀への報復を検討している。
真司は気を利かせて、わざとらしく携帯をいじり始めた。……のだが、
「……」
(真司さんあなたまさか……わたくしの部屋を隅々まで撮影しようとなさっているの? なんて悪趣味な人なのかしら。ど変態とテロリストは絶対にわたくし、許さないわよ……)
「ここが美紀ちゃんの部屋。いたって普通でしょ? えへへ」
「あのさ、勝手に見せていいもんなの? 姉ちゃんの部屋……」
美紀の顔色を窺ってみたが、相変わらず無表情だ。
「あまり良い趣味ではないわ。真司さん、佐紀さん、わたくしの部屋はもうよろしいでしょう」
(こいつ喋った!)
真司は、今回のその心の声を漏らさなかった。
美紀が自室の扉を閉じたとき、白茶と白黒の巨体のネコが二匹、美紀の部屋の扉の下に細工された小さな出入り口のようなものからするすると這い出してきた。佐紀の部屋にも同様の出入り口がある。
摂取するエネルギーのほとんどがその体毛に費やされているのではなかろうか、と真司が思うほどの長毛種だった。体格からすると、ノルウェイジャンフォレストキャットと呼ばれる品種だろう。顔にも特徴がある。この二匹はノルウェイジャンの北欧系純血種だ。二匹は真司の足元でしきりに匂いを嗅いでいる。
「ヨーロピアンストレートだ……。初めて見た。神の御使いだ。こいつの名前はなんつうの?」
真司が白黒を指さすと佐紀が答える。
「その子はお箸、こっちがお玉ですよ。えへへ」
(センス分かんねえなあ……)
「……ふーん、いい名前だな」
「まったまたー! 変な名前だってみんな言うんですよ。えへへ」
「ですよね。おれならアイリーンとかクリスティーンとか付けるわ」
「お、誰なんですかそのお名前の方? えへへ。あとこのえへへ、いい加減面倒になっちゃいました。もっと早くツッコミ入れてくださいよ。えへへ」
(ボケんなら徹底しろや!)
「残ってんじゃん! まあおれの姉貴みたいなもんかな」
「ははあ、お姉さんがもういるのに、今度は妹を一気に二人ですかあ! ウハウハですね真司さん!」
佐紀が真司の肩をポンポンと叩く。美紀がスススッと脇を通り過ぎ、佐紀の部屋の扉を開いた。
「そのあたりのお話、ここでいたしませんこと? このお部屋には美味しいものがたくさん散らばっておりますのよ」




