第三十八話 金沢の姫様
「いらっしゃいませ。お上がりください」
玄関のドアを開いた佐紀は、そう言って土間に三人を招き入れると、畳一枚分ほどの幅がある式台を軽々と飛び越えて、上がり框から一歩引いたところに立っていた美紀の右隣に並んだ。
土間と言ってもむき出しの土がそこにあるわけではなく、母屋の外に敷かれていた石畳と同じ材質の石材が、六畳ほどの土間一面に埋め込まれている。
上がり框の手前にある式台には目にも鮮やかな木目の年輪が浮かび上がって、その表面に塗られた薄い漆が玄関ホールの照明を反射せていた。
現代的なリフォームが施されているのか、美紀と佐紀が並んでいる上がり框の先にある廊下は、奥のリビングに通じる部分と左右に伸びる部分へと分かれていた。
左右に伸びる廊下を目で追えば、床から天井まで届く背の高い窓が庭側に嵌め込まれていることに気が付いただろう。反対側には白い障子の襖が何枚も並び、そのすべてが解放されている。奥行きを演出しているようだ。
修司、真夏、真司の三人が靴を脱ぎ、美しい木目の式台を越えると、美紀と佐紀はさらに一歩下がってそれぞれ自己紹介を行った。
「こんにちは。初めまして、美紀です」
「こんにちは。初めまして、佐紀です」
広い土間と光る式台にに気を取られ、雪にまみれた靴と格闘していた三人は、ここでようやく姉妹の姿を正確にその視野に収めることができた。
二人とも、軽いメイクに揃いのワンピース、真珠のネックレスという出で立ちだ。
ワンピースが容赦なく姉妹の胸元とウエストを締め付けているように見えた。
ネックレスが二人の胸元でキラキラと光り、美紀は長い髪をアップにして銀色の笄を刺し、佐紀はカーラーでクルクルと巻かれた髪をそのままに垂らしている。
顔立ちはよく似ているが、美紀と名乗ったほうは無表情に、佐紀と名乗ったほうはにこやかに最敬礼をした。
この二人のコーディネイトは、先ほど離れに向かった女性の担当だった。
「直ぐにイチコロですよ。美紀ちゃん、佐紀ちゃん、安心してね」
「こういう姿は、もう少し身体が成長してからではないかしら?」
美紀はやや躊躇したが押し切られ、佐紀はブラジャーにティッシュを詰めようとしたが止められた。
修司、真夏、真司の順で挨拶を返す。
(姫様育ってんなー)
(ほんとお姫様じゃない! あれ? 美紀ちゃんどうしたのかしら?)
(けっこうでけーな)
それぞれの印象を胸に秘めた。
最初の感想は修司のものだが、〔育ってん〕のは背の高さについてで、彼女たちの胸部に対して出たものではない。
もちろん〔でけーな〕という真司の感想も同様だ。背の高さは百五十五センチの真夏よりもやや低い程度、小学五年生の女子にしてはかなり大きな部類といえる。
辰夫と幸枝夫妻もすぐに顔を出して挨拶を交わした。
真司の予想とは異なり、辰夫は柔和で〔範士八段・無外流の遣い手〕とはとても見えず、幸枝もまた上品なご婦人にしか見えなかった。
(あの話は盛りすぎなんじゃねーの?)
無外流はともかく、手裏剣などとは縁のなさそうな至って普通の老夫婦だった。
一方の姉妹も、この山元家の面々をこと細かに観察している。
(修司さんはそこそこイケメンね。……それよりも真夏さん、とても可愛らしい方だわ、ほんと。いい香りがしそうだわ。……フフフ。なんて可愛らしいの……、人妻で子持ちだというのに……。そして、この真司さんって方が息子さんなのね。あらあら。道具、お持ちではないのね。意気地なしなのかしら。それとも女の子に打ちのめされるのはお嫌いなのかしら。まあいいわ。それよりも真夏さんたら、ほんとうに可愛いらしいわ……、フフフ)
(新しい父母兄かあ。パッと見はいいかなあ。真夏さんは若いっぽいし。それにしてもこの真司ってニュー兄貴、悪くはないけど聞くほどそんなに優秀なのかなあ? 文武両道のモノホンなんて、そこら辺にはいないはずなんだけどなあ。まあそのうち美紀ちゃんがやってくれるからいいか。あたしはやっぱりこの場を盛り上げないとまずいよなあ。ん? あれ? あれあれ? 美紀ちゃん赤くなっちゃって……。どうしたんだろ? まっさかこのニュー兄貴ってことはないよなあー、ハハハ)
客間への道すがら、
「母さん。あいつらの髪、たぶんすげえ長いよな? あれどうやって洗うんだ?」
「ちょっと真司やめなさい! 聞こえちゃうよ」
(フフフ、聞こえてましてよ、まずまずの反応だわ)
(やっぱ男の子には分かんないのかな、これ。ニュー兄貴の髪は短いしなあ)
姉妹は特に気に留める様子もない。
美紀と佐紀は自分たちがどれだけ目立つ存在か本能的に知っていたし、この程度のシーンは過去にどこでも何度でも経験済みだった。
修司は姉妹の後ろ姿を注意深く観察している。
(あのネックレス、光っているのは真珠じゃないな。留め金の特殊な構造は緊急時に力任せでネックレスを引き千切るためのものだろう。球形の金属塊に穴を開けて、丈夫な繊維を通してあるようだ。それなら金属塊が零れ落ちることもないはず。こりゃまるで銭形平次だな。この子たち、あんなものを投げるのか……いや、待て。美紀ちゃんの髪に刺さっているあの笄、あれも凶器になるはずだ……)
真司の間抜けなセリフにスイッチが入ったのか、真夏は姉妹の真ん中に割り込むと、
「ねえ美紀ちゃん、どうしたの? キラキラしちゃってるよ? 佐紀ちゃんはその髪、巻いてるの? 巻いちゃったのね可愛い! いやごめん、訂正するわ、二人とも綺麗! 女の言う綺麗は本物よ! メイクやアクセも似合ってて素敵ね。歓迎してくれているのね、うれしいわあ、あたしたち」
などと言いながら、
(美紀ちゃんの方が早く落とせるかも……この双子は逃がせないわ……)
真夏は本気でそう思い始めていた。




