第三十七話 F15
塀が見えてきたところで車を降り、少し歩くと門前にたどり着く。
土産袋を気にしながら真夏がコートを脱いでいる。
山元家一同はお互いの身なりを念入りにチェックした。
「突入だ!」
(ここはあさま山荘じゃねえよ……)
修司が呼び鈴を鳴らす。
門の向こうから気配が伝わってきた。気配が多いため人数を特定できなかった。
(結構出てきたな……)
真司が耳をすませていると、男性二人が門を内側に開けた。
そこから少し下がったところにも男性が三人と女性が一人いる。奥にいた男性がきびきびと向かって来た。
「遠路お疲れさまです。山元警視正、ご家族の皆様。自分は航空自衛隊小松基地第三〇三飛行隊所属、光野忠彦三等空佐です。ここにいる他の者たちは民間の門人で敬礼は不要です。本日はお手伝いに参っておりました」
「これはどうも山元です。お忙しいところありがとうございます」
小松基地の飛行隊は、北陸から中国地方東部一帯に迫る国籍不明機に対して日夜スクランブルを担当している。それは想像を絶する激務だ。
(小松基地の飛行隊……F15のパイロットか? 本物だったら初めてだな……)
真司は興味を押さえられず自己紹介を行うと、
「光野三佐。三〇三ということはF15を……?」
「そうだよ、パイロットだ」
「マジっすかすげえ。あの、よろしければコールサインを教えてください」
「bamboo」
「ありがとうございます。なるほど……」
剣道好きが由来なのだろう。竹刀の竹でバンブーだ。
「基地に見学に来るかい? 僕が案内しよう。ご両親も、ぜひ」
名刺を差し出した光野は真司ににっこりと笑いかけた。
そのやり取りを見ていた真夏がクスクスと口に手を当てて笑っている。
修司は光野三佐に敬礼を返すと、真夏と真司を加えて他の五人とも丁寧に挨拶を交わした。
他の男性四人の年齢構成はまちまちで、女性はかなり若く見えた。
「さあさあこちらへ」
などと彼らは口々に母屋へと一家を案内する。桜の木には雪が大量に積もっているが、経路の雪は丁寧に移動されていて、幅のある長い石畳の先に白石家の母屋が覗いていた。この六人の手柄だろう。相当な重労働だったはずだ。
彼らは双子の養子縁組を聞きつけて手伝いを志願した。……のだが実際は、
(お嬢様たちは厳しい稽古を一緒に耐え、稽古上がりにはお茶どころか握り飯までご馳走してくれる……やかんを運ぶ小さな頃の姿が今も目に浮かぶなあ……そのお嬢様たちがいなくなるとは……ぐぐぐ)
(お嬢様たちの摘んできた山菜を鍋にぶっこんで稽古の後にみんなでよく食ったなあ……一回だけ死にかけたがそれもいい思い出だ……そのお嬢様たちがいなくなるとは……ぐぐぐ)
(美紀ちゃんと佐紀ちゃんは私の天使なのに。メイクはずっと私の担当だったはずなのに……その楽しみがなくなるなんて……ぐぐぐ)
要は双子を掻っ攫いに来るという親子の顔を一足先に拝みたかっただけだ。
母屋に到着すると六人は、
「我々はこれにて」
と一礼し離れの方に行ってしまった。
離れには辰夫の妻、幸枝が手作りの料理と酒がたっぷりと用意されている。そこで彼らは思う存分に飲み食いし、思い出話に花を咲かせながら次の出番を待つつもりなのだ。
真夏は六人の顔と名前を記憶に留めた。休暇にわざわざ師匠の家を訪れて、自分たちのために汗を流してくれた人々である。
美紀と佐紀は三人の気配を察知して一瞬視線を交えると、佐紀だけが玄関に降りてドアを開き、本日のメインゲストである修司、真夏、そして、兄となるかも知れない真司を迎え入れた。




