事件発生
男はカウチに座り込み項垂れていた。数日前、同盟国の反乱を治める華々しく凱旋した自信に満ち悠然とした勇姿は片鱗も残っていない。道を埋めた人々の暖かい賞賛の声は遥か昔のことのように遠くに響いている。
三ヶ月を要した遠征から帰宅は、自宅のポーチで使用人総出で出迎えを受けた。中央を悠々と大股でで進み、奥の部屋の扉を開く。1日たりとも忘れたことのない女の元へ帰ってきた。しかし、華奢な造りのカウチにはいるべき人影がない。滅多に歩くことがない女の姿がなく大きな衝撃を受けた。狼狽しなから部屋の隅々に視線を走らせる。清潔で豪華な装飾は出発前のままに対し、部屋の主がいる気配はない。
執事を呼ぶ。呑気にベルを鳴らしている場合ではない。大声で呼ぶ。わらわらと数人が小走りで駆けつける。
「真珠の君がおらぬ。」
駆けつけた者たちは半信半疑で部屋の中を確認して主人と同様に驚愕した。
「お帰り前まで、午睡を取られておりました。確かです。滅多に動かない方がどちらに行かれたのでしょう。」
その後は蜂の巣を突いたような大騒動になった。総出で屋敷内の捜索を始める。サンルーフから外も探し始める。屋内で姿が見えないからだ。男も屋敷中の扉を片っ端から開け放ちながら女の姿を求めた。自室の鍵の掛かった保管庫の前で歩みを止める。遠くで使用人達が走り回る気配が届く。
ーこの部屋には鍵がないと入らない。しかし、ー
探し回る中、女がみつからないのであれば、中を確認してみなければならない、と、期待なく厚い錠前に胸元から取り出した鍵を穴に差し込み右に回す。窓のない室内は暗く、背にした自室の灯りからが闇を照らした。目が慣れると同時に獣のように唸り声を上げた。
武功の褒美として受け取った品が全て消え去っている。もつれる足で小さな室内を歩く。豪華な宝飾の戦闘着、強く鍛えられ鈍い光を放つ剣、天守が使用していた盾、全てが消え失せている。血を吐く勢いで執事の名を叫ぶ。落雷のような咆哮に息を弾ませ収納庫まで執事が飛んできた。呆然と立ち尽くす主人の背中越しに室内を見て喉の奥からぐぅっと詰まった音を出す
「ご主人様、これは?」
上擦った声が空回りする。壁を摩り、床をなぞって痕跡を探す。伸び上がり、身をかがめ隅まで調べる。鍵はひとつしかない。留守中離したことはない。出入りができない部屋から宝物が消えた。魂が抜けたように、ふらりと収納庫を出て寝具の上に座り込んだ。執事や使用人の声が届くが何を話しているのか耳に入らない。寝具の上に腰を下ろし放心するばかりだ。
宝物の全てを無くした。不敬者は処罰を受けるだろう。盗まれたとしたら、取り返すことができれば少しは面目を保てるかもしれない。男には心当たりはなかった。姿がない真珠の君の姿が鮮やかに甦る。長く豊な髪は緩く巻いて踵よりも伸びて床に広がっていた。白い肌と黒目方潤んだ瞳。声無き麗人。一年以上かけた遠征で、遠くの国から奪ってきた女。食事を摂る姿は見たことなく、生活感がまるでない霞のような存在。しっとり柔らかな体は就寝時、最高の充足与え続けた。執着の深さはいつの間にか周知となり、一年後、32歳となって漸く貴族の娘との縁談が持ちかけられていたが、真珠の君に接する態度を諌められている。あまり、干渉されるのなら、いっそ一介の兵のまま真珠の君と過ごそうかと考え始めていた。
長い時間が経過した。興奮しのぼせた頭で執事に問う。声が枯れている。水分が欲しいと思った。
「何か、発見できたか?」
「申し訳ありません。全て煙のように消えており、屋敷内を隈なく探しましたが、何もです、形跡も残っていませんでした。」
一呼吸置いて、執事からされた報告は男を奈落に突き落とす。破滅だ。苦々しく呟いた。これほどの恥辱はこの国では許されない。
「天守様に使いを頼む。下賜された宝物の紛失を伝えてこい。」
苦しげに掠れた声が細く命じた。




