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第41話 パンデモニウム・ラビリンス

一層の廊下は薄暗かった。


洞窟のような壁面に消えない松明が等間隔に並び、ひび割れた石畳が続いている。ひびに足を取られなければ転ぶことはなさそうだった。


入口では探索者たちが列をなしていたのに、今は葵とエリサベットの二人だけだった。他の者たちはより深い階層へ転移していったのだろう。


エリサベットは純白と氷のような淡いブルーのローブとスカートに身を包み、銀糸でルーンと霜の結晶パターンが織り込まれたハイネックのトップスが小柄な体型をすっきりと包んでいる。


肩から胸にかけての半透明アーマーパネルが淡く光り、スカートの裾に走る銀色のルーン刺繍が冷たい輝きを放っていた。


プラチナブロンドのストレートロングヘアに小さな銀のティアラが輝いている。


戦闘服に身を包みながらも、エリサベットはどこか緊張しているようだった。


ここは神に反逆した大悪魔、ルシファーの迷宮だ。

何が起きても不思議ではない。


「行きましょうか」と葵は言った。


エリサベットが小さく頷いた。


――――――――――――――――――――――――


しばらく進むと十字路があった。


「エリサ先輩、どちらに進みますか」


「……まっすぐでいいんじゃないかしら」


まっすぐ進んだ。


半透明の深緑色をした、粘性のある不定形の塊が現れた。


表面はぬめぬめと光を反射し、内側にうごめく無数の気泡が絶え間なく動いている。


大人の胴体ほどの体積を持ちながら輪郭は一定せず、地面にへばりつくように広がったり、わずかに盛り上がったりを繰り返していた。


中心部には濁った黄色の核がぼんやりと浮かんでいる。


触れたものを溶かし、取り込む——そういう存在だということは、本能的にわかった。


神聖光よ 敵の魂を焼け——ディウィナ•ルクス


光の上級魔法が放たれた。

塊が一瞬で消えた。

葵は着地と同時に周囲を一巡りした。


後続がいないか、別の気配がないか——確認してから、ゆっくりと杖を下ろした。


「エリサ先輩、あの敵は何だったのでしょうか?」


沈黙があった。


「……あはは!」


エリサベットが笑い出した。


「なに、スライムごときに無詠唱の上級魔法?

どれだけ慎重なのよ。50層くらいまで大した敵は出ないわよ」


葵は少し照れくさそうにした。


「……念のため」


「念のため!」とエリサベットがまた笑った。

「真面目すぎるわ」


笑い声が廊下に響いた。エリサベットの肩から、緊張がすっと抜けていくのがわかった。


葵は端末を開いた。神魔解析録——ピクシーの上に、スライムが新しく登録されていた。ピクシーより低ランクの魔物だった。


「……そうか」と葵は言った。


「何?」


「ピクシーより弱いんだなと思って」


「当たり前でしょ」とエリサベットは言って、また少し笑った。


――――――――――――――――――――――――


二人は話しながら階層を上がっていった。


グレムリン、ダイモーン、ピアレイ、アガシオン、チャグリン——廊下に現れる神魔たちは、葵の光魔法で次々と倒れた。エリサベットが動く前に終わることが多かった。


「……葵は、こういう探索の後、何か食べたくなる?好きな食べ物は?」


エリサベットが聞いた。少し唐突だったが、葵はそのまま答えた。


「僕はお寿司が好きです。特にサーモンとか新鮮な魚の握り。シンプルだけど、ちゃんと魚の味が活きてるのがいいと思って」


葵はエリサベットを見た。


「エリサ先輩はどうですか。スウェーデンって魚料理が多いと聞いたことがあるんですけど、お寿司は食べたことありますか」


「……うーん」エリサベットが少し考えた顔をした。


「……お寿司ね。もちろん、食べたことあるわ。白羽先輩の家に遊びに行ったときから——結構、よく食べるようになったの。サーモンの握りとか、ロール寿司……意外と気に入ってる」


エリサベットが続けた。


「……私の国でも、サーモンはすごくポピュラーよ。グラブラックスとか、スモークサーモンみたいに、ディルやマスタードソースと一緒に食べるんだけど……お寿司のサーモンは、また違う味わいね。新鮮で、ちょっと甘みがあるところが……好き」


「へえ、エリサ先輩もサーモン好きなんですね」


葵は少し嬉しそうに言った。


「僕、サーモン以外にも中トロとか甘エビも好きで。エリサ先輩はどんな寿司が一番好きですか? ロール寿司? それともシンプルな握り?」


「……握りがいいわね」


エリサベットが少し間を置いた。


「気取ってるって思われるかもしれないけど、新鮮な魚をそのまま味わうのが一番だと思うの。

日本の寿司屋さんで食べたサーモンは……本当においしかった。

スウェーデンのサーモンも新鮮だけど、日本のはまた……違う、洗練された感じがする」


「僕もお寿司屋さんに行くの好きです」


葵は前を向いたまま言った。


「今度、よかったら一緒にどうですか?

エリサ先輩の好きなサーモン寿司とか、僕のおすすめのネタを教えてあげますよ」


エリサベットが一瞬、言葉を詰まらせた。


視線が少し逸れた。耳がほんのり赤くなった。


「……別に、行きたくないわけじゃないけど……

ただ、忙しい中でそんな時間があるかどうか……

まあ、もし時間ができたら、考えておくわ。それだけ」


「はい」と葵は言った。


廊下を曲がった。エリサベットの耳がまだ赤かったが、葵は気づいていないようだった。


――――――――――――――――――――――――


「10層ね」とエリサベットが言った。

「この調子で20層まで行くわよ」


足を踏み入れた瞬間、乾いた骨が擦れ合う音が響いた。


カタカタ……カタカタ……。


鈴でも足枷でもない。足首に絡められた小さな頭蓋骨の音だった。


地面からゆっくりと浮かび上がるように、一つの異形が姿を現した。


二つの上半身が背中合わせに融合した骸骨の舞踏者。左の髑髏は荒々しく牙を剥き、右の髑髏は冷たい微笑を浮かべていた。


二つの胸郭はねじれるように絡み合いながら、それぞれが独立した腕で一本の長い骨剣を握りしめている。


腰から下は一本の細長い骨格の脚で繋がれ、不安定に揺れながら、まるで重力を嘲笑うように軽やかに地面に降り立った。


赤黒くぼろぼろになった布切れが腰に巻かれ、虎の皮のような装飾と人間の骨でできた首飾りがカランコロンと鳴る。


耳には大きな骨の輪が揺れ、眼窩の奥では青白い炎がチラチラと灯っていた。


その神魔は静かに、しかし確実に踊り始めた。


「……トゥルダク」とエリサベットが言った。


「二つの意思を持つ骸骨の剣士よ。剣と魔法を同時に使ってくる。私が剣を引き受けるから——」


「大丈夫です」


葵は杖を構えた。


「——エリサ先輩は後ろにいてください」


トゥルダクが動いた。


右の髑髏が骨剣を振り上げ、左の髑髏が口を開いた——同時に魔法陣が展開しようとした。


葵は先に動いた。


光の魔法陣を三つ、同時に展開した。正面に一つ、左に一つ、右に一つ。トゥルダクの魔法陣が完成する前に——


「ルクス•サギタ」


三方向から光の矢が同時に走った。


右の骨剣が弾かれた。左の魔法陣が散った。中央の一発が胸郭を貫いた。


トゥルダクがよろめいた。でも崩れなかった。


眼窩の炎が強くなった。骨剣を持ち直した。今度は二つの髑髏が同時に葵を向いた——両方の意思が一点に集中した。


速かった。


骨剣が来た。葵は横に跳んだ。刃がすぐそばをかすめた。同時に魔法が来た——


葵は杖を翻した。


――フォルティス・ルクス


防壁が展開した。魔法が防壁に当たって散った。


その瞬間、葵は足元に視線を落とした。


——脚が一本だ。


二つの上半身を支える、一本の細い脚。そこを狙えば——


葵は低く踏み込んだ。杖に魔力を一気に込めた。


—―ルクス・ランケア


光の槍が、トゥルダクの膝関節を直撃した。


骨が砕けた。


二つの上半身が崩れた。骨剣が床に落ちた。眼窩の炎が、ゆっくりと消えた。


音がした。骨がばらばらになって散らばる音。


静かになった。


「……やるじゃない」


エリサベットが言った。声が少し低かった。


葵は立ち上がった。


「弱点を狙いました」


「わかってる。でも——あれを一人で、あの速さで」


エリサベットが少し葵を見た。


「……お寿司、一緒に行くわ」


「え?」


「だから——時間ができたら、行くって言ったの。聞いてた?」


「……はい、聞いてました」


葵は少し笑った。


「楽しみにしてます」


エリサベットが顔を背けた。でも今度は耳だけでなく、頬まで少し赤かった。


廊下の先に、次の階層へ続く下り口が見えた。

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