第36話 パーティー場での決闘
円形のバリアが、会場の一角に展開された。
半透明の膜が空気を切り取り、直径十メートルほどの円形のアリーナができた。光の粒子が内側に舞っている。外側に企業関係者たちが距離を取って囲んだ。
進行役の男が言った。
「ルールを確認します。
有効なダメージを三発当てた方が勝利。
故意に死に至らしめる行為は禁止です。
使用魔法に制限はありません。
準備ができ次第、開始します」
葵はその言葉を、頭の中で繰り返した。
——三発。殺してはいけない。
それだけ覚えた。
対戦相手の青年が正面に立った。スーツの上から防護服を着込んでいる。企業パーティーの決闘に備えていたのか、最初から準備していたらしい。
葵はタキシードのままだった。
防具がない。
観客のざわめきが、わずかに変わった。
「……あの子、防具は」
「着てないぞ」
「正気か」
イレムが「あ」と小さく声を漏らした。バリアの外から手を振った。
「葵くーん、ごめーん! 防具着せるの忘れてたー!」
葵は振り返った。
「……今からでも、間に合いますか」
「進行始まっちゃったから、もう中断できないかもー」
「そうですか」
「でもまあ、葵くんなら余裕だよねー?」
イレムが軽く笑った。
葵は少し間を置いた。
なぜそう思っているのか、葵にはわからなかった。
葵は前に向き直った。
胸元のライラが、わずかに重みを変えた。
「後悔するなよ、小僧」
青年が言った。
葵は何も言わなかった。
開始の合図が鳴った。
――――――――――――――――――――――――
葵は動いた。
杖を構えた瞬間、光の弾が連続して放たれた。詠唱なし。間隔は0.5秒もない。
光弾が青年に飛んだ。一発、二発、三発。
「なっ」
青年が反応した。速かった。しかし。
バリアの外から声が上がった。
「当然のように無詠唱だと。あの演算補助機能、すごいな」
「初級光魔法とはいえあの連射だ。杖の性能か」
観客は葵の腕ではなく、杖を見ていた。
光弾は青年に命中した。命中したのに、ポイントの表示が変わらない。
防護服だった。初級魔法は防護服で防がれ、有効打と見なされない。
青年の表情が変わった。驚きが、余裕に変わった。
「なるほど。それだけか」
青年が詠唱を始めた。
「炎よ、集え——」
中級炎魔法だった。それも、二つ同時に。
炎の塊が二つ、順番に射出された。
葵は杖を正面に向けた。
「光よ、砦となれ——フォルティス・ルクス」
上級防壁が展開された。一発目の炎が防壁に当たって散った。二発目も同じく、防壁の手前で霧散した。
その瞬間。
葵は別の魔法陣を展開していた。青年の足の下に、もう一つのフォルティス・ルクスを。
二箇所同時だった。
防壁が青年の足元から一気に展開し、青年の体が宙に持ち上がった。
青年はバリアの天井に背中から激突した。光の膜が衝撃を受け止めた。そして跳ね返り、落ちてきた。
顔から、床に落ちた。
会場がざわめいた。
「一ポイント」という声が響いた。
――――――――――――――――――――――――
「早く終わらせちゃってー!」
バリアの外から、イレムの声が聞こえた。
青年がゆっくりと立ち上がった。顔に怒りが出ていた。
「許さん」
葵は杖を構えた。
内側に意識を向ける。魔力を杖に通して——
光の魔法陣が展開された。一つ、二つ、三つ。止まらない。
十個の光の塊が、静止した。
バリアの外が静かになった。
「……中級光魔法を、十個同時に?」
誰かがそう言った。
——殺してはいけない。
葵は十個のうちの、二つだけを撃った。
青年が反応した。防御魔法陣を展開しようとした。間に合わなかった。
一発目が命中した。二発目が命中した。
青年が膝をついた。
「三ポイント」という声が響いた。
残っていた八つの光の塊が、霧散した。
バリアが静かに収縮した。
――――――――――――――――――――――――
誰かが駆けてきた。
「葵くん!」
イレムだった。バリアが消えるなり走ってきて、葵を抱き締めた。
「さすが葵くん、信じてたよ!」
「……ありがとうございます」
葵はイレムに抱き締められたまま、少し困った顔をした。
周囲に企業関係者たちが集まってきた。何人かが杖を見ながら何かを話している。
「いつ発売ですか」という声が聞こえた。
イレムがにこりと笑った。
「あ、そうそう! これ、うちの会社の新製品なんですよねー。来週発売予定です。皆さん、ぜひ買ってくださいねー!」
にこにこしながら言った。周囲に小さな笑いが起きた。
「さすが葵くん、いい宣伝になったよー」
イレムは葵に向かって言った。
それからふと、葵のタキシードに目をやった。
「防具なしでやらせちゃってごめんねー」
「大丈夫です」
「大丈夫って……ほんとに何ともなくてよかったー」
イレムが小さく笑った。
――――――――――――――――――――――――
人が散り始めた頃、イレムが葵の隣に並んだ。
声が少しだけ、いつもより静かだった。
「ちなみにねー。さっきのあいつの父親の会社が、人造神魔を作っていてもおかしくないって思ってる会社だよ」
葵は少し間を置いた。
「……どうだった? 作ってそう?」
「……わかりませんでした」
「だよね」
イレムが小さく頷いた。
「ちなみにね、葵くん。証拠もなしに無理に企業を調べようとすると、カヴィヤちゃんに捕まっちゃうよ」
「カヴィヤ先輩に、ですか」
「あの子、アービターじゃん。企業間の調停機関。手続きなしに勝手に動くのは、あそこのルール違反になるから。知ってる? あの子、怒ると怖いんだよー」
イレムは少し間を置いた。
「それからね」
イレムは続けた。
「さっき葵くんが倒したあいつ、強かったと思うよ。企業関係者の中でもかなりのほうだと思う。でも」
「でも?」
「葵くんが倒したのは、あいつ一人でしょ。次の日には、別の誰かが同じポジションにいるんだよ」
葵は何も言わなかった。
「葵くんが戦おうとしていた『企業』って、そういう存在なの。一人倒したからって、企業に勝ったことにはならない。別の誰かが来る。そいつを倒しても、また別の誰かが来る。それが企業ってものだから」
葵は黙ったまま、イレムを見た。
「……じゃあ、どうすれば」
イレムは軽い口調のまま、でも少し笑いながら言った。
「蒼玲ちゃんのものになれば、天龍集団の権力で戦えるかもねー」
冗談っぽかった。
でも。
葵はさっきの蒼玲の目を思い出した。「本当に私のものになる覚悟があるなら」と言ったときの目を。
あれは、冗談ではなかった。
会場の光の粒子が、まだ舞っていた。
ライラが胸元で、静かに揺れた。




