第34話 人造神魔
リオは今日、休むことになった。
颯からメッセージが来ていた。
「目を覚ました。でもまだ体が重いみたいで、今日は休むって」
それだけだった。でも——目を覚ました。それだけで十分だった。
葵は授業が終わった後、一人で廊下のベンチに座った。
端末を開いた。神魔解析録を起動した。
あの怪物のデータを探した。
ない。
やはり、登録されていなかった。倒した。確かに倒した。でもデータがない。
葵はそのまま画面をスクロールした。
他の神魔のデータを確認した。
ファントム——71%。前より少し上がっていた。ピシャーチャ——28%。こちらも2ポイント上がっている。
葵は画面を一番上に戻した。
ピクシー——100%。
その下に並ぶデータを、順番に確認した。ファントム。餓鬼。ウィルオウィスプ。ピシャーチャ。バク——100%。
そして——一番下。バラキエル——解析度1%。「希望・夢・祝福を司る天使。人間の夢の中に干渉する力を持つとされる」。
該当するものは、なかった。
機械の脚を持つ怪物は、どこにも登録されていない。
——そういう神魔は、存在しないのかもしれない。
あるいは——存在しているが、記録されていない。
葵は端末を閉じた。
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リースの研究室の扉をノックした。
「入れ」
リースは机に向かっていた。端末と書類が並んでいる。葵が入ってきても、すぐには顔を上げなかった。
「小春」
「少し、聞いていいですか」
リースが顔を上げた。葵を見た。いつもの、つかみどころのない目だった。
「座れ」
葵は椅子に腰を下ろした。
「神魔解析録のことで来ました。
昨日、リオの夢の中に入って怪物を倒したんですが、データが登録されませんでした」
「どんな怪物だった」
「上半身は人に似た形でした。でも下半身が機械でできていた。
ネジとボルトが見えた。睡眠魔法を使ってきました。機械の脚力で上級光防壁を砕かれました」
リースは少し間を置いた。端末を脇に置いた。
「解析録に登録されなかった理由、わかるか」
「わかりません。だから来ました」
「神魔解析録は、自然に生まれた神魔しか認識しない。人間が作ったものは対象外だ」
葵は少し間を置いた。
「……人間が、作った?」
「可能性の話だ」
リースは続けた。
「ただ、お前が見た特徴——機械のパーツ、睡眠魔法、異常な脚力——
自然に生まれた神魔ではありえない。神魔の力と機械の構造を人工的に組み合わせた存在、人造神魔だ」
「……人造神魔」
「都市伝説レベルの話だ」
リースはそれだけ言って、少し間を置いた。
「今の世界には、国家より強い力を持つ企業がある。
天龍集団、ヴァルハラ・アームズ、サンクタス・メディカ——いわゆるメガコーポと呼ばれる連中だ。
これらメガコーポには、コルプスと組んで人造神魔の研究をしているという噂がある」
「コルプス、というのは」
「アニマの次に作られた都市支援AIだ。世界各地の都市でインフラ管理、医療支援、治安維持に使われている。このアルカディア島でもな。」
リースはそこで少し止まった。葵はその「アルカディア島でも」という言葉を、黙って受け取った。
「……メガコーポとコルプスが組んで、人造神魔を...なぜそんなものを」
「神魔は強い。契約した人間の力を何倍にも引き上げる。
自分たちで作れれば——契約者に縛られず、自由に使える戦力になる」
葵は少し考えた。
「宗教的に、まずくないですか」
リースが葵を見た。少し意外そうな顔だった。
「そうだ。例えばサラーム教の立場から言えば、神魔は神が創ったものだ——人間がそれを模倣して作ろうとすることは神への冒涜にあたる。
私はサラーム教の信者ではないが、こういった信者の団体から激しい批判を受けるだろうということは想像に難くない」
「それでも、やっているということですか」
「噂だ。ただ——実際に運用されているとすれば、想定より進んでいる」
「想定より、というのは」
「今は言えない」
「今は、というのは」
「いずれ話す」
葵はその「今は」という言葉を、黙って受け取った。
立ち上がった。
「ありがとうございます」
「小春」
扉に向かいかけた葵を、リースの声が止めた。
葵は振り返った。
「リオが目を覚ましたなら——よかった」
それだけだった。
葵は少し間を置いてから「はい」と言った。
扉を出た。
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廊下に出ると、夕方の光が差し込んでいた。
コルプス。
名前は知らなかった。都市支援AI。メガコーポと組んで——リオの夢に、あの怪物を送り込んだのか。
葵は歩きながら、端末を開いた。
神魔解析録の検索機能を起動した。
「コルプス」
結果は出なかった。
端末を閉じた。
「ライラ」
「うん」
「コルプス、知ってる?」
ライラは少し間を置いた。
いつもより、長かった。
「……知らない」
葵はその「知らない」を、黙って受け取った。
知っているのに言えない「知らない」なのか、本当に知らない「知らない」なのか——今の葵には判断できなかった。
でも聞き返さなかった。
廊下の先に、夕方の光が伸びていた。
葵は歩き出した。




