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第19話 夜

 葵は端末を開いてカヴィヤにメッセージを送った。


「先日のスカウトの件で、逆恨みのようなことはありますか。今日、路地で傭兵に囲まれました。本人たちは上級傭兵って名乗っていました。」


返信はすぐに来た。


「怪我は? 念のため確認します。」


しばらくして、また来た。


「確認しました。痕跡はありません。


念入りにやれば痕跡を消すことも技術的には可能ですが——


スカウトの逆恨みで上級傭兵を三人雇う、というのは割に合いません。


そんなことをすれば動かしたクレドの出所が残ります。


利益にならないことをわざわざ、しかも慎重にやる理由が企業にはない。企業は感情で動きません。


依頼者が企業でないとすれば、別の線です。心当たりはありますか。」


葵は少し考えた。


ない、と思った。


「ありがとうございます。怪我はありません」


それだけ返して、葵は端末を閉じた。

―――――――――――――――――――――

夜、葵は自室の灯りを落としてベッドに仰向けになった。


窓の外に島の光が滲んでいる。モノレールの走る音が遠くにある。


眠れない夜ではなかった。ただ、眠る前に少し——考えたいことがあった。


胸元で、ライラが静かに揺れている。


「ライラ」


「なに」


「今日、怖かった?」


ライラは少し間を置いた。


「……うん」


「そっか」


葵は天井を見た。


「僕は、怖くなかったんだよね」


ライラが、小さく揺れた。光が一瞬、ぎゅっと縮んだように見えた。


「なんでだろうと思って」


「……」


「刃物を向けられて、殺されるかもって状況で——何も感じなかったわけじゃないよ。ライラが反応したとき、何かがあるってわかった。でも——怖い、って感じが、なかった。あるべきところに、何もない感じ」


ライラは何も言わなかった。


葵はそれをおかしいとは思わなかった。聞いても答えないことがある、というのはわかっていた。でも聞きたかった。


「ライラは怖かったんでしょ」


「……うん」


「なんで? ライラが危ない場面じゃなかったのに」


また、間があった。


今度は少し長かった。


「……葵が、怖かったから」


葵は少し考えた。


「僕自身が怖かった、じゃなくて——葵が怖かった?」


「そう」


「それって——」


「寝て」


遮るような、でも柔らかい声だった。


葵はそれ以上聞かなかった。


ただ、胸の中で何かが静かに形をつくり始めていた。


——僕の中にないものが、ライラの中にある。


言葉にすると変な感じがした。でも——そんな気がした。ずっと昔から。


なんとなくそれが嫌ではなかった。


「ライラ」


「なに」


「ありがとう」


「……何が」


「わからないけど」


ライラは何も言わなかった。


ただ、光が——さっきより少し、柔らかくなった気がした。


葵の中にないものが、ライラの中にある。さっき思ったことが、もう一度、静かに戻ってきた。


葵はそのまま目を閉じた。

―――――――――――――――――――――

夢を見た気がする。


目が覚めると、内容は覚えていなかった。


ただ、体が重かった。


まるで、一晩中走り回っていたかのように。

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