完璧なる勘違い協奏曲(コンチェルト)其二
この物語はフィクションです。
この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ようこそ、東京の影の中へ。
ここは、光が滅び、影が支配する世界。
摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。
欲望、裏切り、暴力、そして死。
この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。
あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。
彼女の名は、エミリア・シュナイダー。
金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。
幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。
それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。
今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。
「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」
「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」
深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。
だが、運命は彼女を見捨てなかった。
心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。
彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。
これは、影の中で生きる女の物語。
血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。
さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。
そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。
あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?
…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。
時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…
時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…
Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。
この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。
ただし、どうか忘れないでください。
これは、あくまでフィクションだということを。
This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.
Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.
Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.
นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น
(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)
「……あの人は…僕らが想像する『強さ』なんてものを、遥かに超えたところにいるんだ。…本当にね」
佐藤は、まるで遠い昔の出来事を語るかのように、静かにそう締めくくった。
彼の声には、あの時の恐怖と、エミリアへの畏敬の念が、まだ生々しく響いている。
彼は、ふぅ、と息をつき、冷めかかったコーヒーを一口含んだ。
苦味が、乾いた喉に心地よかった。
カウンターの向こうでは、高橋美咲と小林陽子が、佐藤の語った、あまりにも壮絶で、非現実的な話に、完全に言葉を失っていた。
美しいジャズの音色が静かに流れる店内に、彼女たちの驚愕と混乱だけが、重たい空気となって漂っている。
「……そ、それで…」
しばらくして、ようやく声を発したのは美咲だった。
その声は、まだ少し震えている。
「…その…ヒグマは、結局、どうなったんですか…? 電柱に、縛られたまま…?」
その問いに、佐藤は「ああ、その後のことだね…」と、少しだけ苦笑いを浮かべて語り始めた。
「もちろん、あのままじゃ危ないからね。すぐに宿の人や、どこから聞きつけたのか、地元の猟友会みたいな人たち、それから警察官も駆けつけてきて、現場は一時、大変な騒ぎになったんだ。結局、獣医さんかな? 麻酔銃を使ってヒグマを眠らせて、専門家の人たちが、その後、適切に処置してくれたみたいだよ。山に帰したのか、どこかで保護されたのか…詳しいことは分からないけど」
そこまで話すと、佐藤は少しだけ声を潜めた。
「ただね、その時、エミリアが、ちょっとした騒ぎを起こしたんだ」
「え?」
「彼女、あのヒグマの様子がどう見てもおかしい、って言ってね。『絶対に原因があるはずだから、血液検査をすべきだ』って、地元の関係者の人たちに強く主張したんだよ。最初は『ただの興奮した熊だろ』って相手にされなかったんだけど、彼女、一歩も引かなくてね。…正直、少しトラブルになりかけてたみたいだったけど、結局、彼女の気迫に押されたのか、検査することになったんだ」
エミリアが、あの状況で、さらに原因究明まで主張したという事実に、美咲と陽子は再び目を見開く。
「それで…どうなったんですか?」
陽子が、前のめりになって尋ねる。
「うん。僕たちはその後も、予定通り北海道に滞在して調査を続けていたんだけど…数日後だよ。たまたま、車で移動中に聞いていたカーラジオのローカルニュースで、その続報が流れたんだ」
佐藤は、まるで昨日のことのように、その時のニュースの内容を思い出しながら話した。
「やっぱり、というか…あのヒグマの血液から、強力な興奮剤の成分が検出された、って。それで、ただの獣害事件じゃないってことで、地元の警察が本格的に捜査を始めて、それに関連して、どうも、不審な動きをしていたらしい男たちが、何人か逮捕された…そんな内容だったよ。僕も、ニュースを聞いて本当に驚いた。まさか、誰かが意図的に、あんなことをしていたなんてね…」
興奮剤、犯人逮捕――。衝撃的な言葉の連続に、少女たちは息をのんだ。
(やっぱり、普通じゃなかったんだ…)
(薬で無理やり…ヒグマが、なんだか可哀想…)
(でも、犯人が捕まったなら、良かった…のか?)
そして、彼女たちの思考は、自然と、その原因究明のきっかけを作った人物へと向かう。
エミリア・シュナイダー。
彼女は、ただ強いだけではない。あの異常な状況の中で、冷静に原因を見抜き、それを証明するために、周りを巻き込んででも行動したのだ。
(あの人…ただ綺麗なだけじゃなくて、頭も、ものすごくキレるんだ…)
美咲は、エミリアへの認識を新たにした。
それは、もはや単なる『お姫様』へのイメージではない。
もっと複雑で、計り知れない存在への畏敬。
(こっわ…! でも、スゴすぎ…! 結果的に、悪い奴ら捕まったってことじゃん!)
陽子は、単純な驚嘆と、少しの興奮を感じていた。
(……)
詩織は、黙って俯いていたが、その小さな肩の震えは、少しだけ収まっているようにも見えた。
彼女たちが求めていた『力』とは、単なる腕力や喧嘩の強さだけではないのかもしれない。
知識、観察眼、冷静な判断力、そして、時には周囲を巻き込んででも目的を達成する意志の強さ…。
エミリアという存在は、彼女たちの抱いていた『強さ』の概念を、根底から揺さぶり始めていた。
佐藤は、そんな少女たちの反応を静かに見守りながら、残りのコーヒーをゆっくりと飲み干した。
語るべきことは、語った。
あとは、彼女たちが、この話をどう受け止め、どう考えるかだ。
カウンターの中では、美咲が、何か新しい決意でもしたかのように、きゅっと唇を結び、再びコーヒーカップを磨く手に力を込めた。
ジャズ喫茶の、静かな時間が、それぞれの複雑な思いを乗せて、ゆっくりと流れていく。
***
冬の太陽は既に低く、その頼りない光は、都心から少し離れた郊外の、古びた二階建て低層アパートが立ち並ぶ住宅街を、どこか物憂げに照らしている。
桜井が運転する地味な覆面セダンは、アパートの入り口が視界に入る、少し離れた道路の脇に、まるで風景の一部のように溶け込んで停まっていた。
車内には、張り込み特有の、緩慢で、しかしどこか張り詰めた空気が流れていた。
助手席の松田は、シートを少し倒し、目を閉じて浅い仮眠をとろうとしているが、時折、眉間に寄る皺が、彼の内心の苛立ちと疲労を隠しきれていない。
運転席の桜井は、熱い缶コーヒーを両手で包み込み、静かにアパートの窓を見つめている。
変化は、ない。時折、痩せた野良猫が、枯葉の舞う歩道を悠々と横切っていくくらいだ。
この張り込みは、係長から直々に命じられたものだった。
名目は『内偵中の窃盗団リーダーが、別れた恋人に接触する可能性への警戒』。
しかし、その元恋人は既に新しい生活を始めており、リーダーからの連絡などあるはずもない、というのが捜査員たちの一致した見解だった。
要は、これ以上問題を起こさせたくない(そして、おそらくは単純に邪魔な)松田を、捜査一課の体面は保ちつつ、実質的に現場から隔離するための、巧妙な『厄介払い』なのだ。そのとばっちりで、桜井もこの退屈な任務に付き合わされている。
「……ふぅ」
松田が、浅い眠りから覚めたのか、重いため息をついて身を起こした。
寝不足の目に、午後の西日が眩しい。
「…何か動きはあったか? 桜井」
「いえ、特に。静かなものですよ。ターゲットの部屋も、カーテンが閉まったままです。おそらく、夜のお仕事に備えて、まだお休みになっているかと」
桜井は、冷静に報告した。
「…そうか。まあ、そうだろうな」
松田は、悪態をつく気力もないのか、ただぼんやりとアパートを見つめた。
「暇で死にそうだ…」
「本当に。平和なのは良いことですけどね」
桜井は、微笑んで缶コーヒーを差し出した。
「温かいものでもどうです?」
「ああ、すまんな」
松田は、それを受け取り、一口啜る。
温かさが体に染みた。
「しかし、まあ…」
松田は、車窓の外に目を向けた。
「歳末は、やっぱり物騒な話が増えるな。庁内の無線聞いてるだけでも、頭が痛くなる」
「ええ、本当に」
桜井も頷く。
「昨夜も、酔っ払いが路上で大声出してるとか、自転車が盗まれて乗り捨てられてたとか…お決まりの通報がひっきりなしでしたね。それに、最近は迷惑系の配信者? の通報も多いみたいで…」
「ああ、あれか。承認欲求も大概にしてもらいたいもんだな。こっちの手間が増えるだけだ」
松田は、苦々しげに呟く。
二人の間には、刑事としての日常業務への、一種の諦念が漂う。
そんな、とりとめのない雑談が続く。
「まあ、酔っ払いと自転車は、この時期の風物詩みたいなものですけど…」
桜井は、少しだけ声のトーンを変えて続けた。
「最近、特に多くないですか? 男女間のトラブルというか…痴話喧嘩が悪化して通報、とか、別れ話がこじれてストーカーまがいの相談とか…」
彼女は、ふと、クリスマスが近いことを思い出したのかもしれない。
「ああ…クリスマス前は、毎年、そういうのは増えるな」
松田も、どこか遠い目をして応じた。
「浮かれたり、逆に寂しくなったりで、皆、箍が外れやすいんだろう。…まあ、俺には、とんと縁のない話だがな」
『恋愛関係のトラブル』――その、少しだけ生々しい響きを持つ言葉が、狭い車内の空気を、ほんの一瞬、微妙に変化させた。
それまで、あくまで『仕事の相棒』として、プロフェッショナルな距離感を保っていた二人の間に、ふと、『大人の』『独身の』『異性』という、普段は意識の外に追いやっているはずの要素が、顔を覗かせたような、奇妙な瞬間。
松田は、無意識に、隣に座る桜井の横顔を盗み見た。
整った鼻筋、真剣な眼差し、そして、歳末の事件について語る時とは違う、どこか柔らかさを帯びた唇。
彼は、慌てて視線を前に戻し、ごほん、と一つ咳払いをした。
(…いや、俺は一体、何を考えてるんだ…)
桜井もまた、松田の視線を感じたのか、あるいは彼女自身も何かを感じたのか、ハンドルを握る手に力が入り、わずかに頬が赤らんだように見えたが、すぐに平静を取り繕い、窓の外の、夕焼けに染まり始めた空へと視線を向けた。
(…クリスマス…デート…まさか、昨日の冗談、少しは本気に…? いやいや、何を考えてるの、私…!)
車内には、数秒間の、気まずいような、それでいて、どこか意識し合うような、甘酸っぱいような沈黙が流れた。
コーヒーの香りだけが、その沈黙を埋めている。
「……まあ、何にせよ」
先にその空気を破ったのは、松田だった。
彼は、努めて普段通りの、少しだけぶっきらぼうさを装った声で言った。
「俺たちは、目の前の仕事を着実にこなすだけだ。たとえ、それが、こんな地味な張り込みだとしてもな。…さて、そろそろ交代するか? 君も少し休め」
「あ…はい。そうですね」
桜井も、まだ少しだけ頬の熱を感じながら、頷いた。
張り込みは、相変わらず、何の動きも見せない。
時折、アパートのベランダで、野良猫が欠伸をする姿が見えるだけだ。
二人は、再び、退屈で、しかしどこか奇妙な緊張感を伴う、刑事の日常へと意識を戻していく。
だが、先ほどの、ほんの一瞬だけ互いを異性として意識した空気の余韻は、まだ、冬の午後の車内に、密やかに漂っているような気がした。
***
ジャズ喫茶の店内は、まだ本格的な営業開始前なのか、あるいは単に会員がいないだけなのか、客の姿はなく、静かな時間が流れていた。
磨き上げられたマホガニーのカウンター、壁一面のレコードジャケット、アンティーク調のソファセット。
部屋の隅ではヴィンテージ物のジュークボックスが鈍い光を放ち、高級レコードプレーヤーからは、抑制された美しいピアノの旋律が、低い音量で心地よく空間を満たしている。
加湿器から吐き出される柔らかな蒸気が、窓から差し込む午後の陽光にキラキラと舞い、コーヒーと古い紙、そして微かな木の香りが混じり合った、独特の落ち着いた空気を醸し出していた。
カウンターの中では高橋美咲が、サスキアさんに教わったばかりであろう所作で、丁寧にコーヒーフィルターをセットしている。
ホールでは小林陽子が、テーブルの上の小さなキャンドルグラスを一つ一つ磨いていた。
他の少女たちも、バックヤードで軽食の準備をしているのか、あるいは休憩しているのか、姿は見えない。
皆、あのクラシカルな、ヴィクトリア朝風のロング丈メイド服に身を包んでいる。
その姿は、この空間に奇妙なほどマッチしているようでもあり、同時に、どこか現実離れした、作られた舞台のようにも見えた。
(…はぁ。なんか、落ち着かないなぁ…)
陽子は、グラスを磨く手を止め、小さく息をついた。
先ほどまで、カウンター席で佐藤さんが語っていた、北海道での壮絶なヒグマ襲撃事件の話。
そして、エミリアさんという、自分たちの雇い主の、信じられないような強さと、計り知れない側面。
その衝撃が、まだ胸の中で渦巻いている。
(エミリアさん、あたしたちが会った時は、あんなに綺麗で、ふわふわ笑ってたのに…。佐藤さんのこと愚痴ってる時なんて、ただの恋する乙女(?)みたいだったのに…ヒグマを、叩き潰す…?)
考えれば考えるほど、訳が分からない。
そして、そんなすごい人の側にいつもいる、あの佐藤さんという人も…。
(…佐藤さんって、一体何者なんだろ…? ただの冴えないお兄さんじゃ、ないってこと…?)
そんなことを考えていた、まさにその時だった。
カラン、と入り口のドアに取り付けられた上品なチャイムが、澄んだ音を立てた。
「「!?」」
美咲と陽子は、びくりとして顔を見合わせる。お客さん!? 佐藤さん以外では、初めてだ!
緊張で体が強張る。
サスキアさんに叩き込まれた接客マニュアルが、頭の中で高速回転する。
「い、いらっしゃいませ!」
陽子が、練習した通りの、しかし明らかに上ずった声で、ドアの方へ向き直る。
美咲も、慌ててカウンターから出て、深々とお辞儀をした。
そこに入ってきたのは、深くキャスケット帽をかぶり、大きな伊達マスクと、レンズの色の濃いサングラスで顔の大部分を隠した、しかし、それでも隠しきれないオーラを放つ、一人の若い女性だった。
上質なネイビーのロングコートに、足元はフラットなレザーブーツ。
シンプルだが、洗練された服装。
そして何より、マスクとサングラス越しにも分かる、その圧倒的な美貌と、華やかな存在感。
(……え? うそ……この人って……!?)
陽子の目が、信じられないものを見るように、大きく見開かれた。
美咲も、息を飲んだ。間違いない。毎日テレビや雑誌で見ている、あの国民的アイドルグループ『Berurikku』のリーダー、星宮凛さんだ! なんで、こんなところに!?
「あ、あの…すみません。こちら、会員制だと伺ったのですが…」
凛さんは、少し戸惑ったように、しかし落ち着いた、聞き覚えのある澄んだ声で尋ねてきた。
その声だけで、陽子は確信する。本物だ!
「は、はいっ! さようでございます! あ、あの、会員様で…?」
美咲が、必死で平静を装い、練習通りに対応しようとするが、声が震えるのを止められない。
心臓が早鐘のように打っている。
「えっと…会員、というか…、こちらのオーナーの方から、事務所の方にご招待をいただきまして…」
凛さんは、マスク越しに柔らかく微笑んでいる気配がした。
「今日、急に撮影が中止になって少し時間ができたものですから、ご迷惑かと思ったのですが、一度、ご挨拶に伺えたら、と…」
(オーナー!? エミリアさんが招待!?)
(事務所って、エリジウム・コードに!?)
美咲と陽子の頭の中は、疑問符と驚嘆符でいっぱいになる。
「そ、そうでございましたか! わ、わざわざありがとうございます! どうぞ、お好きな席へ!」
陽子が、ほとんどパニックになりながら、それでも満面の(引きつった)笑顔で席を勧める。
凛さんは、「ありがとうございます」と優しく微笑むと、勧められた窓際のソファ席にゆったりと腰を下ろし、改めて店内の雰囲気を興味深そうに見回した。
「わぁ…すごく、素敵な雰囲気のお店なんですね。落ち着くなぁ…」
そして、自分の席まで案内してくれた陽子のメイド服を見て、少し驚いたように目を丸くした。
「制服も、すごく可愛い! 本格的ですね!」
その、テレビで見るのと同じ、キラキラした笑顔と言葉に、二人は(特にアイドル好きの陽子は)完全に舞い上がってしまいそうになるのを、必死でこらえた。
(やばい! 本物の凛様! 超絶可愛い! でも、落ち着けあたし! これは仕事! サスキアさんの教えを思い出すんだ!)
「あ、ありがとうございます!」
美咲が、なんとか平静を装って答える。
「えっと、お飲み物は何になさいますか!?」
メニューを差し出す手も、わずかに震えている。
「そうですね…じゃあ、ブレンドコーヒーをお願いします」
凛さんが注文し、美咲が「かしこまりました」と震える声で応じてカウンターに戻るまでの間も、美咲と陽子の心臓は、破裂しそうなほど高鳴っていた。
バックヤードにいた他のメンバーも、おそらく異変に気づき、こっそり様子を窺っているだろう。
(どうしよう…! 超有名アイドルが来ちゃったよ!?)
(サスキアさんに報告しないと! マニュアル通り!)
(てか、なんでこういう時に限って佐藤さん、いないのよ!? こういう時こそ、いてくれないと!)
美咲が、小声で「陽子ちゃん、サスキアさんにインカムで連絡お願い!」と指示を出す。
陽子が、震える手で耳元の小さなインカムのスイッチを入れようとした、まさにその時だった。
カツン、カツン、と軽やかで、しかし凛としたヒールの音が、店内に響いた。
見ると、奥の事務所へと続く階段から、エミリア・シュナイダーが、まるでタイミングを見計らったかのように、優雅に降りてくるところだった。
今日の彼女は、シンプルなオフホワイトのカシミアニットに、上質な黒のタイトスカートという、洗練された装いだ。
その姿は、階下の少女たちのクラシカルなメイド服とはまた違う、現代的で、抗いがたいほどの魅力を放っている。
「あらあら、これはこれは…凛ちゃんじゃないの。いらっしゃい!」
エミリアは、凛さんの姿を認めると、少し驚いたような(しかし、その瞳の奥は明らかに計算している)表情を作り、親しげに声をかけながら近づいてきた。
「エミリアさん! ご無沙汰しております!」
凛さんも、驚きと喜びが混じったような笑顔で立ち上がり、丁寧に挨拶をする。
「事務所の方に、こちらのお店のことをご紹介いただきまして…」
「まあ、嬉しい! わざわざありがとう」
エミリアは、まるで旧知の友人のように、凛さんの隣に自然に腰を下ろすと、店内に改めて視線を巡らせた。
「でも、ごめんなさいね。見ての通り、まだ試運転みたいなもので、スタッフも全然慣れていないし、至らない点も多いと思うのだけど。…そうだわ、そのかわり、今日のところは、お店から、ということで、無料でゆっくり楽しんでいってちょうだい」
「えっ!? いえ、そんな、滅相もありません! お代はちゃんとお支払いします!」
恐縮しきりの凛さん。
「いいのよ、気にしないで。せっかく来てくれたのだから。ね?」
エミリアは、有無を言わせぬ、しかしチャーミングな笑顔で言った。
カウンターの中で、そのやり取りを聞いていた美咲と陽子は、再び顔を見合わせた。
(む、無料!? しかも凛様に!?)
(エ、エミリアさん、やっぱりただ者じゃない…すごすぎる…)
「そういえば…」
凛さんが、少しだけ遠慮がちに、しかしその瞳には確かな、隠しきれない好意の色を浮かべて尋ねた。
「あの…佐藤さんも、お元気でいらっしゃいますか?」
キタッ! 陽子の心臓が、ドキリと大きく跳ねた。美咲も、ゴクリと息を飲む。
エミリアは、その質問を待っていたかのように、悪戯っぽく、そしてどこか探るような目で、目を細めた。
「ええ、元気よ。ピンピンしてるわ。さっきまで下にいたのだけど、今はちょうど上の事務所で仕事してるみたいね。…呼んできましょうか? 健ちゃんも、凛ちゃんがわざわざ会いに来てくれたって聞いたら、きっと天にも昇る気持ちで喜ぶと思うわよ?」
その、少し意地悪な響きを含んだ提案に、凛さんは、一瞬、ぱっと顔を輝かせかけたが、すぐにハッとしたように慌てて首を横に振った。
「い、いえいえ! とんでもないです! そんな、佐藤さん、お忙しいでしょうから! 今日はいきなりお邪魔してしまいましたし、私の方こそ、ご迷惑でなければ、また改めて、ご挨拶に伺わせていただきますので…!」
その丁寧な、しかし明らかに動揺し、頬を赤らめている遠慮の仕方に、彼女の佐藤さんへの純粋な好意が透けて見えるようで、陽子と美咲の(完全に間違った)確信は、もはや揺るぎないものへと変わった。
(やっぱり! 絶対、佐藤さんのこと、好きなんじゃん、凛様!)
(トップアイドルが、あの佐藤さんを…!? 信じられないけど、これが現実…!)
(ってことは、やっぱりエミリアさんのあの愚痴は、全部ヤキモチだったんだ! 佐藤さん、実はとんでもないモテ男…!?)
彼女たちの頭の中は、驚きと、興奮と、そして『佐藤健』という男への、全く新しい、そしておそらくは180度間違った、とんでもないイメージで、完全に沸騰していた。
今すぐ、この衝撃の事実(?)を他のメンバーとも分かち合いたい! しかし、目の前にはトップアイドル・星宮凛と、底の知れない雇い主・エミリア・シュナイダー。
ぐっと、その衝動を抑え、必死でポーカーフェイス(サスキアさん仕込み)を保つ。自分たちの『教育』の成果が、まさかこんな形で試されるなんて!
「そう? 残念だわ。健ちゃんも、きっとがっかりするでしょうねぇ」
エミリアは、心底残念そうな顔で(しかし、その瞳の奥は明らかに笑っていた)言うと、名残惜しそうに、しかしあっさりと立ち上がった。
「まあ、今日は本当にゆっくりしていってね、凛ちゃん。何かあったら、遠慮なく、そこにいる『メイドさん』たちに声をかけてちょうだい。彼女たち、新人だけど、とっても優秀だから」
そう言い残すと、彼女は再び優雅な足取りで階段を上がり、事務所へと戻っていった。
まるで、心地よい香りを残して通り過ぎた、一陣の気まぐれな風のように。
残されたジャズ喫茶には、再び静かなピアノの音色と、淹れたてのコーヒーの香り、そして、窓際のソファで一人、少しだけ頬を赤らめながらカップに口をつけるトップアイドル・星宮凛と、彼女にどう接すればいいのか分からず、内心大パニックを起こしながらも、必死で平静を装い、ぎこちなくグラスを磨き続ける夜組の少女たちだけが取り残された。
一方、階上のオフィスでは。
「ふぅ…」
佐藤健は、パソコンでの作業を一段落させ、大きく伸びをした。
「これで、北海道のレポートも、だいぶ形になってきたな。やれやれ…」
彼は、階下のジャズ喫茶のことを思い出し、小さく身震いした。
(…今日は、もうエミリアもサスキアさんも、これ以上ジャズ喫茶店の話はしてこないな。助かった…。ふふ、この調子なら、しばらくは行かなくても大丈夫そうだぞ…!)
彼は、自分のささやかな抵抗が成功していると信じ込み、完全に油断しきった、平和な表情で、次の仕事に取り掛かろうとしていた。
階下で、まさに今、自分が最も恐れていた(かもしれない)事態――アイドルとの遭遇(未遂)と、それによって引き起こされた、自分に関する壮大な「勘違い」――が進行していることなど、全く知る由もなかったのである。
***
エミリアが嵐のように去っていった後、ジャズ喫茶には、再び静かなピアノの旋律と、コーヒーの芳しい香り、そして、圧倒的なオーラを放つトップアイドル・星宮凛と、彼女を前にして完全に固まってしまった夜組の少女たちだけが取り残された。
(やばいやばいやばい! 本物の凛様が目の前にいる! しかも、エミリアさん、無料でいいとか言ってたし! どうしよう、どうしよう!)
(落ち着け、あたし! サスキアさんの教えを思い出すんだ! 笑顔! 丁寧な言葉遣い! でも、心臓バクバクして無理!)
カウンターの中でコーヒーを淹れる美咲も、おずおずと凛さんの空になったカップに近づく陽子も、内心はパニック状態だった。
それでも、必死でサスキア仕込みのポーカーフェイス(のつもり)を保ち、練習した通りの動きを繰り返そうと努力する。
「あ、あの…凛様…いえ、星宮様。コーヒーのお代わりは、いかがなさいますか?」
陽子が、震える声で、しかし練習した通りの丁寧語で尋ねる。
「あら、ありがとう。じゃあ、いただこうかしら」
凛さんは、にっこりと、太陽のような眩しい笑顔で応じた。
その笑顔だけで、陽子の心臓はまた大きく跳ね上がる。
「それにしても…」
凛さんは、カップを受け取りながら、興味深そうに陽子の制服を見つめた。
「このメイド服、本当に素敵ですね。クラシックで、すごく凝ってる。でも…着ていて大変じゃないですか? なんというか、肩とか凝りそう…」
悪気のない、純粋な感想と気遣いの言葉。だが、夜組の少女たちには、別の意味に聞こえてしまう。
(キタ! 服の話から、探りを入れてくる気だ!)
(あたしたちが、この仕事(=佐藤さんの近くにいること)に不満を持ってないか、確かめようとしてる!?)
「い、いえ! 全然、大丈夫です!」
陽子が、慌てて首を横に振る。
「すごく! 動きやすいですし! この、伝統あるデザイン! 気品があって、身が引き締まる思いで、毎日、感動してます!」
「へ、へえ…そうなんですね?」
凛さんは、そのあまりの熱弁ぶりに、少しだけ目をぱちくりさせた。
「は、はい! それに、お仕事も、毎日が新しい発見の連続で!」
今度は、カウンターから美咲が助け舟(のつもりの墓穴)を出す。
「サスキア様から、マナーや英語、それに世界の情勢まで! たくさんのことを学ばせていただいて! 大変ですけど、すっごく充実してます!」
「え、英語や世界の情勢まで…? 喫茶店のお仕事で…?」
凛さんの表情に、純粋な困惑の色が浮かぶ。
(まずい! 墓穴掘ってる!?)
美咲と陽子は、互いに目配せし、冷や汗を流す。
しかし、彼女たちの混乱は、ここで終わらなかった。
凛さんが、ふと、ごく自然な流れで、あの名前を口にしたのだ。
「そういえば…お仕事、大変そうですけど、頼りになる先輩とかはいらっしゃるんですか? 例えば、佐藤さんとか…。あの方、以前、私たちがすごくお世話になったので。ここにも、よくいらっしゃるのかな、と思って」
(やっぱりキタァァァァ!! 佐藤さんの話!!)
夜組の二人の頭の中は、警報が鳴り響いていた。
これは間違いなく、本命の質問だ! 自分たちが佐藤さんに色目を使っていないか、探りを入れているに違いない!
「さ、佐藤さんですか!?」
陽子が、裏返った声で叫ぶ。
「い、いえ! その、お仕事で時々いらっしゃいますけど! 私たちなんて、もう、全然! まったく! お相手にもならないというか!」
「そ、そうです!」
美咲も、必死で言葉を継ぐ。
「私たちは、ただの新人スタッフで! 佐藤さんには、その、遠くからご指導ご鞭撻をいただく、みたいな!? とにかく! エミリア様にも、佐藤さんにも、私たちは大変お世話になっておりまして! 足を向けて寝られないというか!」
聞かれてもいないのに、必死で佐藤さんとの距離感をアピールし、エミリアさんへの忠誠心(?)まで表明する二人。
その、あまりにも不自然で、しどろもどろな様子を見て、凛は、ようやく合点がいった(と、彼女は思った)。
(あらあら…なるほどね…)凛の心の中に、温かい感情が広がっていく。
(この子たち、私が疲れてるように見えたのかな? だから、一生懸命、私を元気づけようとして、色んな話をしてくれてるんだわ。でも、ちょっと緊張しすぎて、空回りしちゃってるのね…なんて健気で、可愛らしい子たちなのかしら…!)
トップアイドルとして、多くのファンや後輩たちの、不器用な好意や緊張に触れてきた彼女には、夜組の少女たちの必死さが、自分を励まそうとする、純粋で一生懸命な行動に見えたのだ。
「ふふっ」
凛さんは、思わず、慈愛に満ちた(ように見える)微笑みを浮かべた。
「そんなに緊張なさらないでください。大丈夫ですよ。一生懸命なのは、すごく伝わってきますから」
その、女神のような優しい言葉と微笑み。
しかし、夜組の二人には、それがさらなるプレッシャーに感じられた。
(だ、大丈夫ってことは、許された…? でも、まだ油断できない!)
(もっと! もっと安心させないと! 私たちは絶対に敵じゃないってことを!)
「は、はい! 大丈夫です!」
陽子が、さらに墓穴を掘る。
「私たち! 凛様が! 佐藤さんと! どんなご関係でも! 心の底から! 全力で! 応援しておりますので!」
「そ、そうです! 決して! 私たちが邪魔したり、ちょっかい出したりなんて、天地神明に誓ってしませんので! どうか! ご安心ください!」
美咲も、なぜか力強く宣言する。
「…………え? お、応援…?」
さすがの凛も、今度こそ、本当に意味が分からず、困惑した表情で二人を見つめ返した。
(応援? なんの? 私と佐藤さんの…関係? え? 私たち、別にそういうんじゃ…え? でも、この子たち、すごく真剣な顔してるし…???)
彼女は、心の中で首を傾げながらも、とりあえず、目の前の、一生懸命に(的外れなことを)訴えかけてくる健気な(ように見える)少女たちに、優しく、そして最高に生暖かい相槌を打つしかなかった。
「あ、は、はい…? ど、どうも、ありがとうございます…? その…皆さんも、お仕事、頑張ってくださいね…?」
(一体、何の話をしてるんだろう、この子たち…? でも、まあ、悪い子たちじゃなさそうだし、一生懸命なのは伝わるし…うん、まあ、いっか!)
凛さんは、内心の疑問符を笑顔の奥にしまい込み、再びコーヒーカップに口をつけた。
カウンターの中では、美咲と陽子が、なんとか危機(?)を乗り越えたと(勘違いして)安堵の息をつき、しかし、さらなる混乱と、佐藤さんへの(間違った)興味を深めていた。
ジャズ喫茶の、午後の静かな時間。
そこには、トップアイドルと、訳ありの新人メイドたちの間で繰り広げられる、奇妙で、コミカルで、そして誰も真相に気づいていない、完璧なまでの『すれ違い』だけが、上質なジャズの音色と共に、ゆったりと流れていくのだった。




