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東京影譚 ~エミリア、影を紡ぐ者~  作者: ミルティア


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完璧なる勘違い協奏曲(コンチェルト)其一

この物語はフィクションです。

この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。


ようこそ、東京の影の中へ。

ここは、光が滅び、影が支配する世界。

摩天楼が立ち並ぶ、華やかな都市の顔の裏側には、深い闇が広がっている。

欲望、裏切り、暴力、そして死。

この街では、毎夜、人知れず罪が生まれ、そして消えていく。

あなたは、そんな影の世界に生きる、一人の女に出会う。

彼女の名は、エミリア・シュナイダー。

金髪碧眼の美しい姿とは裏腹に、冷酷なまでの戦闘能力を持つ、凄腕の「始末屋」。

幼い頃に戦場で、彼女は愛する家族を、理不尽な暴力によって奪われた。

それは、彼女が決して消すことのできない傷となり、心を閉ざした。

今もなお、彼女は過去の悪夢に苛まれ、孤独な戦いを続けている。

「私は、この世界に必要とされているのだろうか?」

「私は、幸せになる資格があるのだろうか?」

深い孤独と絶望の中、彼女は自問自答を繰り返す。

だが、運命は彼女を見捨てなかった。

心優しい元銀行員の相棒、エミリアの過去を知る刑事、そして、エミリアの過去を知る謎めいた女ライバル。

彼らとの出会いが、エミリアの運命を大きく変えていく。

これは、影の中で生きる女の物語。

血と硝煙の匂いが漂う、危険な世界への誘い。

さあ、ページをめくり、あなたも影の世界へと足を踏み入れてください。

そして、エミリアと共に、非日常の興奮とスリル、そして、彼女の心の再生の物語を体験してください。

あなたは、エミリアに、どんな未来を見せてあげたいですか?

…この物語は、Gemini Advancedの力を借りて、紡がれています。

時に、AIは人間の想像を超える unexpected な展開を…

時に、AIは人間の感情を揺さぶる繊細な表現を…

Gemini Advancedは、新たな物語の世界を創造する、私のパートナーです。


この作品はカクヨムにて先行公開しており、こちら(小説家になろう)では遅れて公開となります。あらかじめご了承ください。


ただし、どうか忘れないでください。

これは、あくまでフィクションだということを。

This is a work of fiction. Any resemblance to actual events or persons, living or dead, is purely coincidental.


Ceci est une œuvre de fiction. Toute ressemblance avec des événements réels ou des personnes, vivantes ou mortes, serait purement fortuite.


Dies ist ein Werk der Fiktion. Jegliche Ähnlichkeit mit tatsächlichen Ereignissen oder lebenden oder verstorbenen Personen ist rein zufällig.


นี่คือนิยายที่แต่งขึ้น บุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์ใดๆ ที่ปรากฏในเรื่อง หากบังเอิญคล้ายคลึงกับบุคคล สถานที่ หรือเหตุการณ์จริง ทั้งที่ยังมีชีวิตอยู่หรือเสียชีวิตไปแล้ว ถือเป็นเรื่องบังเอิญทั้งสิ้น


(この作品はフィクションです。実在の出来事や人物、存命・故人との類似はすべて偶然です)


少し陽が傾き始めた頃。

佐藤健は、重い足取りで、事務所のある雑居ビルの階段を下りていた。

背中には、つい先ほど浴びせられた二人の女性からの、有無を言わせぬプレッシャーが、まだ冷たい汗となって残っている。


(はぁ……なんで僕がこんな……)


目的は、一階に「いつの間にか」オープンしていた、会員制ジャズ喫茶への訪問。

エミリア様直々のご命令であり、サスキアさんからの(恐ろしいほどの)ご推薦でもある、『コミュニケーション能力向上のための実践訓練』…らしい。

要は、あそこで働くことになった、元『夜組』の少女たちの『練習相手』になれ、ということだ。


正直、全く気乗りがしない。

そもそも、あの北海道出張から帰ってきて、この店の存在と、そこで働く少女たちの姿(しかも、あの古風なメイド服!)を知った時の衝撃は、筆舌に尽くしがたいものがあった。

サスキアさんによる二週間の『英語集中合宿』を経て、彼女たちの雰囲気は見違えるように落ち着き、どこか知的な空気すら漂わせていたが、それが逆に、佐藤にとっては近寄りがたさを増幅させていた。


(僕が行ったって、何を話せばいいんだ…? 年頃の女の子、しかも訳ありっぽい子たちと…絶対、気まずくなるだけだって…)


しかし、行かないと言えば、エミリアの小言が始まり、サスキアさんの『再教育』宣告が待っている。

どちらも地獄だ。

佐藤は、観念したように深呼吸を一つすると、重厚な木製のドアに手をかけた。


カラン、とドアベルの代わりに、上品なチャイムの音が静かに響く。

店内は、外の喧騒が嘘のような、落ち着いた別世界だった。

磨き上げられたカウンター、壁一面のレコードジャケット、アンティーク調の家具、そして、低い音量で心地よく流れる音楽。

空気は、加湿器によって適度な湿度が保たれ、コーヒーと、古い紙、そして微かな木の香りが混じり合っている。

窓から差し込む西日が、床に長い光の筋を描いていた。

クリスマスが近いからか、カウンターの隅には、小さなポインセチアの鉢植えと、控えめなデザインのキャンドルが飾られている。


客は、やはり、いない。

カウンターの中には、誰もいない。

サスキアさんの姿も見えなかった。

ホールには、あのクラシカルなメイド服に身を包んだ少女たちが、二人ほど、テーブルを拭いたり、グラスを磨いたりしていた。

その所作は、まだぎこちなさが残るものの、サスキアさんの指導の賜物か、以前の彼女たちからは想像もできないほど、丁寧で、落ち着いている。


「あ…」


佐藤に気づいた一人の少女――たしか、小林陽子さんだったか――が、少し驚いた顔で動きを止め、慌てて背筋を伸ばした。


「い、いらっしゃいませ…佐藤、様」


まだ慣れないのだろう、その声は少し上ずり、表情も硬い。

それでも、練習したであろう、完璧な角度のお辞儀を見せる。


「あ、ああ…こんにちは」


佐藤も、緊張で声が裏返りそうになるのを必死でこらえ、ぎこちなく会釈を返した。


「えっと…コーヒーを、一杯、お願いできるかな?」

「は、はい! かしこまりました! お好きな席へどうぞ!」


陽子さんは、緊張しながらも、明るい笑顔を作ろうと努めている。

佐藤は、勧められるまま、カウンターの一番端の席に、そっと腰を下ろした。

重厚なスツールは、座り心地が良いはずなのに、今は針の筵のように感じられる。


(…どうしよう。何を話せば…? やっぱり、来るんじゃなかった…)


目の前で、別の少女――たしか、リーダー格だった高橋美咲さん――が、黙々と、しかし丁寧な手つきでコーヒーを淹れ始めている。

その横顔は真剣で、以前の、どこか影のある雰囲気とは違う、凛とした空気があった。

詩織さんや他の子たちの姿は見えない。

奥の部屋か、あるいは休憩中なのだろうか。


佐藤は、カウンターの上に置かれた、小さなメニュー立てを意味もなく眺めたり、壁のレコードジャケットに視線を這わせたりしながら、必死で会話の糸口を探そうとした。

だが、空回りするばかりで、気まずい沈黙だけが流れる。

コーヒーの抽出される、かぐわしい香りだけが、その沈黙を埋めているかのようだった。


(だめだ…やっぱり、僕には無理だ…早くコーヒー飲んで帰ろう…)


佐藤が、内心で敗北宣言をしかけた、その時だった。


「…あの」


不意に、隣から、小さな、しかし芯のある声がかかった。

見ると、いつの間にか、コーヒーを淹れ終えた美咲さんが、カウンターの内側から、少しだけ身を乗り出すようにして、こちらをじっと見つめていた。

その瞳には、好奇心と、わずかな戸惑い、そして、何かを確かめたいような、真剣な光が宿っている。


「佐藤さん…でしたよね? エミリアさんの…その、お知り合いの」

「え? あ、ああ、そうだけど…」

「…一つ、お聞きしてもいいですか?」


美咲さんは、意を決したように、まっすぐに佐藤の目を見て尋ねた。


「エミリアさんって……本当に、そんなに強いんですか?」


その、あまりにも直球な質問に、佐藤は虚を突かれた。

そして、彼の脳裏には、鮮やかに、あの北海道での出来事が蘇ってきた。

吹雪の山荘、忍び寄る悪意、そして、天使のような顔で、悪魔ケダモノを、文字通り『塵芥』のように叩き潰した、エミリアの姿が――。


「…強い、か」


佐藤は、無意識に呟いていた。

カップに注がれたばかりの、湯気を立てるコーヒーを見つめながら。


「強い、なんてもんじゃないよ。あれは、もう…」


彼は、ふと顔を上げ、目の前の、真剣な眼差しを向ける少女たち(いつの間にか、陽子さんも隣で聞き耳を立てていた)を見つめ返した。

彼女たちは、『力』を求めて、ここに来たのだ。

ならば、自分が体験した、あの圧倒的な『力』の一端を、話して聞かせるべきなのかもしれない。

たとえそれが、常識を超えた、悪夢のような話だとしても。


「あれは、そうだな…忘れもしない、北海道でのことだったんだけどね…」


佐藤は、カップを手に取り、温かさと苦味を感じながら、ゆっくりと語り始めた。

彼の語りは、そのまま、あの雪に閉ざされた山荘での、恐怖と、そしてエミリアの戦慄すべき強さを描く、回想シーンへと繋がっていく――。


                    ***


「あれは、そうだな…忘れもしない、北海道でのことだったんだけどね…」


佐藤は、カウンターの向こうで真剣な眼差しを向ける高橋美咲と、隣で息を詰めて聞き入る小林陽子を見つめ返しながら、ゆっくりと語り始めた。

手の中のコーヒーカップの温かさが、まるで遠い記憶を呼び覚ますかのように、彼の指先に伝わってくる。


「…僕たちは、クライアントからの依頼で、北海道の、人里離れた場所にある別荘地の調査に行っていたんだ。季節は、ちょうど今頃…いや、もう少し前かな、十一月の終わり頃だった。北海道はもう、すっかり冬でね。連日、厳しい寒さと、時には吹雪に見舞われたよ」


彼の脳裏には、白い雪に覆われた、広大で、しかしどこか寂寥感の漂う景色が蘇る。


「その日も、調査を終えて、予約していた山奥の小さな宿屋に向かっていたんだ。道中は、かなりの雪でね。エミリア…彼女の運転じゃなければ、正直、たどり着けたかどうかも怪しかった。何しろ、僕たちの車は、あの、普通の白いコンパクトカーだったからね」


佐藤は、自嘲気味に少しだけ笑った。


「ようやく宿屋の駐車場に着いたのは、もう日が暮れかかった頃だった。あたりは深い雪に覆われていて、シンと静まり返っていた。風が、ヒュー、と木々を鳴らす音だけが聞こえてね。僕は、とにかく早く暖かい部屋に入りたくて、エミリアが車を停めるのを待って、助手席から先に降りたんだ。チェックインをしようと思ってね」


冷たい空気が、コートの隙間から入り込み、思わず身を縮めた瞬間だった。


「…その時だよ」


佐藤の声が、わずかに震えた。あの時の恐怖が、鮮明に蘇ってくる。


「駐車場の、除雪された雪が高く積まれた山の向こうから…ヌッ、と、黒い、巨大な影が現れたんだ。最初は、見間違いかと思った。でも、違った。…ヒグマだよ。それも、尋常じゃないくらい、大きな…」


彼の言葉に、陽子と美咲が息をのむのが分かった。


「冬眠してるはずの時期なのに、どうして…って思う間もなかった。そのヒグマは、目が血走ってて、口からは涎のような泡を吹き出してて…明らかに、普通の状態じゃなかった。そして、僕を見るなり、低い唸り声を上げて、ものすごい速さで、こっちに向かって突進してきたんだ!」


目の前に迫る、巨大な獣の影。

牙を剥き、鋭い爪を振り上げようとする姿。死の匂い。佐藤は、全身が、まるで氷漬けにでもなったかのように、完全に硬直してしまった。

声も出ない。

足も動かない。

ただ、目の前の圧倒的な『死』を、呆然と見つめることしかできなかった。


(あ…死ぬんだ、僕…)


そう思った、刹那。


「――健ちゃん!!」


エミリアの、普段の彼女からは想像もできないような、鋭く、張り詰めた声が響いた!

次の瞬間、佐藤のすぐ横を、何かが風を切って飛んだ。

それは、革紐のようなもので繋がれた、三つの金属製の球体――ボーラだった。


いつの間に車から降りたのか、あるいは運転席の窓から投げたのか。

エミリアは、鬼のような形相で、しかしその動きは水のように滑らかに、回転させたボーラを、突進してくるヒグマの足元めがけて、寸分の狂いもなく投げ放っていたのだ!


グォンッ!と唸りを上げ、ボーラは正確にヒグマの太い前足と後ろ足に絡みついた。

体勢を崩し、巨体が雪の上に激しく倒れ込む! ドシン!という地響きに近い音と、猛り狂ったような咆哮!


だが、エミリアの動きは止まらない。

彼女は、ボーラに繋がれたロープ(それは、おそらく特殊な強化ワイヤーだったのだろう)の端を、信じられないほどのスピードと力で、駐車場脇に立っていた頑丈な電柱に、数回、瞬く間に巻き付け、特殊な金具で固定してしまったのだ!


「グオオオオオオォォォ!!!」


ヒグマは、電柱に体を打ち付けられながら、猛烈な力で暴れ狂う。

雪を蹴り上げ、地面を掻きむしり、電柱を根元から引き抜かんばかりに抵抗する。

だが、特殊素材のボーラは、その怪力にもびくともせず、ヒグマの動きを完全に封じ込めていた。

まるで、巨大な獣が、細い糸で雁字搦めにされ、地面に縫い付けられてしまったかのようだ。


その、あまりにも圧倒的で、一瞬の、そして容赦のない制圧劇。

佐藤には、それが、まるでエミリアが、巨大な悪魔ケダモノを、その細腕一本で、地面に叩きつけて、文字通り『塵芥』のようにねじ伏せたようにしか見えなかった。

常識を超えた光景。計り知れない、エミリアの力。


「………」


佐藤は、まだ腰が抜けたように、その場にへたり込んだまま、震えが止まらなかった。


「…健ちゃん、大丈夫?」


いつの間にか隣に来ていたエミリアが、静かに声をかけた。

その声は冷静だったが、彼女の碧眼の奥には、まだ怒りの炎が静かに燃えているのが分かった。

彼女は、忌々しげに、電柱でもがき続けるヒグマを一瞥すると、小さく舌打ちした。


その異常な興奮状態は、明らかに自然なものではない。


「…まったく。この別荘地は獣害が多いって、事前に資料で読んでいたから、ある程度の準備はしていたけれど…。まさか、到着した初日から、こんな手荒い『歓迎』を受けるなんて、想定外だわ」


彼女は、再び隣の佐藤に視線を戻した。

彼は、まだ恐怖で顔面蒼白になり、震えが止まらない様子だ。

その痛々しい姿を見て、エミリアの声のトーンが、ほんの少しだけ和らいだ。


「しかも、ただのヒグマじゃない…あの様子は明らかにおかしいわね。原因があるはずよ。…これは、後で、少し詳しく『調査』が必要みたいだわ」


そう呟いた後、彼女は、まだ不安そうな表情の佐藤を安心させるように、付け加えた。

その声は、先ほどまでの冷徹さとは違う、どこか落ち着いた、頼りがいのある響きを持っていた。


「…大丈夫よ、健ちゃん。心配いらないわ。今のヒグマの件も、それから、これから行うかもしれない『調査』についてもね」


彼女は、佐藤の目を見て、静かに、しかしはっきりと告げた。


「もし今回の私やあなたの行動で、後々、何か法的に面倒なことにならないように、すぐに私の顧問弁護士にも連絡を入れておくから。彼女なら、非常に優秀で口も堅いし、必要であれば、北海道の土地勘のある、信頼できる弁護士もすぐに紹介してくれるはずよ。だから、そういう手続きのことは、何も心配しないで」


その言葉には、彼女の持つ広範なネットワークと、リスク管理への周到さが窺えた。

佐藤は、そのエミリアの言葉に、少しだけ強張っていた体の力が抜けるのを感じた。

(そうか…弁護士…)目の前で起こった異常な出来事の後始末や、法的な問題まで、彼女は既に考えているのだ。

その事実に、彼は改めてエミリアという存在のスケールの大きさと、自分がいかに彼女に守られているかを実感し、わずかながら安堵感を覚えた。


「さ、健ちゃん。立てる?」


エミリアは、そう言って、再び佐藤に手を差し伸べた。


「まずは、宿に入って、温かいものでも飲みましょう。話はそれからよ」


佐藤は、まだ少し震える手で、エミリアの差し出した手を取り、ゆっくりと立ち上がった。

猛り狂うヒグマの声が、背後でまだ響いている。

しかし、彼の心には、恐怖と共に、エミリアへの絶対的な信頼感が、再び強く込み上げてきていた。


彼女は、そう呟くと、震える佐藤に、そっと手を差し伸べた。

その手は、驚くほど温かかった。


                    ***


「…強い、なんてもんじゃないよ」


佐藤は、目の前の少女たちに、改めて語りかけた。


「あの人は…僕らが想像する『強さ』なんてものを、遥かに超えたところにいるんだ。…本当にね」


彼の声には、あの時の恐怖と、そしてエミリアへの、畏敬の念が、深く、深く、刻み込まれていた。


佐藤は、まるで自分に言い聞かせるかのように、そう締めくくった。

彼の声には、あの北海道の凍てつく駐車場で体験した恐怖と、エミリアへの絶対的な畏敬の念が、未だ生々しく刻み込まれている。

語り終えた後も、その視線は、手の中のコーヒーカップの、黒い水面に落ちたままだった。

カップから立ち上っていたはずの湯気は、いつの間にか消えている。


カウンターの向こう側では、話を聞いていた高橋美咲と小林陽子が、完全に言葉を失っていた。

先ほどまでコーヒーの芳醇な香りが満ちていたはずの、シックで落ち着いたジャズ喫茶の空気が、佐藤の語った、あまりにも荒唐無稽で、しかし妙なリアリティを伴う話によって、一変してしまったかのようだ。

店内に低く流れる、クールなジャズの音色だけが、この場の異様な沈黙の中で、どこか場違いに響いている。


「…………」

「…………」


美咲は、普段のしっかりとした表情を崩し、ただ呆然と、佐藤の横顔を見つめている。

彼女の頭の中では、喫茶店で会った、あの『金髪碧眼のお姫様』のようなエミリアの姿と、今、佐藤が語った『ヒグマを一瞬で無力化する超人』の姿が、全く結びつかずに混乱していた。(嘘…でしょ…? あの人が…ヒグマを? 何かの冗談…? でも、佐藤さんの目は、本気だった…)


隣の陽子は、さらに動揺が激しかった。顔は青ざめ、わずかに開いた口元が小刻みに震えている。


「…ヒ、ヒグマ…? ほん、とに…? あの、エミリアさんが…? だって、あたしたちが会った時は、なんか、こう…ふわふわしてて、『逃げ足鍛えなさい』とか、変なことばっかり言って、けらけら笑ってて…!」


彼女が抱いていた『面白いけど、ちょっと変わった、綺麗なお姉さん』というイメージは、佐藤の語った壮絶なエピソードによって、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。

楽しそうに佐藤さんの愚痴を言っていたあの人が、巨大なヒグマを…? 信じられない。

信じたくない。

しかし、佐藤さんの語り口には、作り話とは思えない、体験者だけが持つ重みと、恐怖の残滓があった。


「…まるで、映画か漫画みたい…」


美咲が、ようやく絞り出すように呟いた。その声も、かすかに震えている。


「そんなことが、本当に…?」

「…僕も、最初はそう思ったよ」


佐藤は、ようやく顔を上げ、少女たちを見つめ返した。その目には、まだあの時の光景が焼き付いているかのような、深い陰りがあった。


「でも、あれは現実だったんだ。目の前で、本当に起こったことなんだよ」


彼の静かな、しかし確信に満ちた言葉が、少女たちの混乱に、さらに追い打ちをかける。

エミリア・シュナイダー。

自分たちを雇い、サスキアさんを通じて『教育』を施し、時にはお姫様のように美しく、時には掴みどころなく笑い、そして時には、巨大なヒグマすら『塵芥』のようにあしらう。


彼女は、一体、何者なんだろう?


自分たちが求めていた『力』とは、こういうことだったのだろうか?

あの美しい『仮面スマイル』の下には、想像を絶するほどの、冷徹で、危険な『何か』が隠されているのではないか?


少女たちの胸の中に、エミリアという存在に対する、畏敬の念と同時に、底知れない恐怖と、近づいてはいけないのではないかという本能的な警戒心が、急速に膨らんでいくのを感じていた。

サスキアさんへの憧れとはまた違う、もっと根源的で、抗いがたい、巨大な存在に対する感情。


カウンターの中は、再び重い沈黙に支配された。

コーヒーの冷めていく匂いと、静かに流れるジャズのメロディだけが、戸惑い、揺れ動く少女たちの心を、ただただ、取り残していくかのようだった。

佐藤もまた、彼女たちの反応を見て、自分が語ったことの重さと、エミリアという存在に関わることの複雑さを、改めて感じずにはいられなかった。


                    ***


冬の陽射しが、大きな窓を通してエミリアのオフィスに柔らかく差し込んでいる。

高性能な加湿器が静かにミストを放ち、室内は乾燥とは無縁の快適な湿度が保たれていた。

壁際には観葉植物の緑が映え、整然としたデスクの上には、エミリアが好みそうな、洗練されたデザインの文具が置かれている。

一見すると、どこかのデザイン事務所か、あるいは小規模な外資系コンサルティング会社のような、知的で落ち着いた空間だ。


エミリア・シュナイダーは、窓際のソファに深く腰掛け、繊細なティーカップを手に、午後の紅茶を楽しんでいた。

その視線は、窓の外の、遠くに見えるビル群に向けられているようでもあり、あるいは、もっと別の、複雑な計画に思いを巡らせているようでもあった。

彼女の隣には、読みかけのハードカバーの本が数冊、無造作に置かれている。


受付カウンターでは、サスキア・デ・フリースが、背筋を伸ばし、完璧な姿勢でキーボードを操作していた。

その指の動きは速く、正確で、一切の無駄がない。

時折、モニターに映る情報を確認するブルーグレーの瞳は、常に冷静で、感情の色を窺わせなかった。


オフィスには、サスキアのタイピング音と、加湿器の立てる静かな作動音、そして、微かに、階下のジャズ喫茶から漏れ聞こえてくるような、低い音楽の響きだけがあった。

階下では今頃、佐藤健が、エミリアの命令(とサスキアの圧力)に従い、しぶしぶながらも『夜組』の少女たちの『練習相手』を務めているはずだ。

おそらくは、何を話せばいいか分からず、固まっているか、あるいは、的外れな自慢話でもして、少女たちをさらに困惑させているかもしれない。


「……ねえ、サスキア」


ふと、エミリアが、カップをソーサーに戻しながら、静かに口を開いた。


「はい、エミリア様」


サスキアは、タイピングの手を止め、即座にエミリアに向き直る。


「下のジャズ喫茶のことなのだけど」


エミリアは、指先でカップの縁をなぞりながら、続けた。


「そろそろ本格的に稼働させるために、ちゃんとした専任のスタッフを入れたいと思って」

「承知しております。どのような人材をご希望でしょうか?」


サスキアの声は、常に変わらず平坦で、しかし完璧な業務遂行能力を感じさせる響きを持っていた。


「そうねぇ…」


エミリアは、少し考える素振りを見せた。


「まず、バーテンダーとして、夜のカウンターを安心して任せられる女性を一人。 それから、昼の時間帯に、美味しいコーヒーと、ちょっとした気の利いた軽食…そうね、ケーキやサンドイッチくらいかしら? それを作れる女性をもう一人。合わせて二人は必要ね」


彼女は、窓の外に視線を移し、言葉を続ける。


「年齢は、そうね…落ち着きも必要だから、二十代後半から三十代くらいがいいかしら。もちろん、独身で、身元が確かで、そして何より口が堅いこと。これは絶対条件よ。それから…」


エミリアは、少しだけ悪戯っぽく、しかしその瞳の奥は真剣な色を宿して言った。


「妙な男が寄り付かない、あるいは、そういうのを上手くあしらえるタイプがいいわね。…ええ、もちろん、健ちゃんの、あの朴念仁な『話し相手』として、根気強~~く、優し~~く付き合ってあげられるような、ね?」


その言葉の裏にある、佐藤のコミュニケーション能力改善(という名の囲い込み計画)の意図を、サスキアは正確に読み取っているだろうが、表情には一切出さない。


「…それと、もう一つ、重要な条件があるの」


エミリアの声のトーンが、少しだけ真剣味を増す。


「最近、少し物騒でしょう? あの子たち…定食屋から預かった子たちの安全も考えないといけない。だから、住み込みで働ける人が理想だわ。万が一…そう、万が一、何かあった時に、あの子たちを冷静にまとめて、機転を利かせて、私たちが契約している警備会社の人間が駆けつけるまで、うまく時間を稼げるような…そういう、知恵と度胸のある人」


いくつもの、そしてそれぞれが決して簡単ではない条件。

しかし、エミリアは、まるで当然のように、サスキアに問いかけた。


「…と、かなり注文が多いのだけど。あなたなら、いくつか心当たりがあるんじゃないかしら?」


それは、絶対的な信頼の裏返しであり、同時に、サスキアの持つであろう広範で特殊なネットワークへの期待を示す言葉だった。


サスキアは、数秒間、黙ってエミリアの言葉を反芻するように目を伏せていた。

そして、再び顔を上げると、その表情は変わらないまま、しかし確信を込めて答えた。


「……承知いたしました、エミリア様。ご提示の条件に合致する可能性のある人物が、確かに、数名おります。 リストアップし、簡単な経歴書と共に、後ほどご確認いただけますでしょうか。最終的なご判断は、エミリア様にお任せいたします」


その返答は、あまりにもスムーズで、淀みがなかった。

まるで、エミリアが要求するであろうことを予測し、既に候補者のリストアップを始めていたかのようだ。


「ふふ、さすがね、サスキア。助かるわ」


エミリアは、満足そうに微笑むと、再び紅茶のカップを手に取った。

二人の間だけで、ジャズ喫茶の新たなスタッフ採用計画が、そして、その裏にある、佐藤健の『外堀』を埋める計画が、静かに、しかし着実に動き出した。


階下のジャズ喫茶では、佐藤が、おそらくは北海道での武勇伝(?)を、少しだけどもったいつけながら、しかし熱心に夜組の少女たちに語り聞かせている頃だろう。

まさか、その頭上で、自分の知らないところで、自分のための(そして、おそらくは自分のためにならない)計画が、着々と進められていることなど、夢にも思わずに――。


事務所には、午後の穏やかな光と、加湿器の静かな音、そして、二人の有能な女性たちの、静かで、しかし底知れない企みの気配だけが満ちていた。

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