退院してから
次の日、俺は退院した。
安室先生や立花看護師のほか、たくさんの人が見送りに出てくれた。
総合病院だが、そう大きくない病院なのに見送りの人多すぎじゃないか。
「純ちゃん、病院内で出会う人みんなに愛想振りまいていたそうじゃない?大評判だったそうよ」
おかしいな愛想なんて振りまいていないぞ、俺はただ会釈しながら挨拶していたぐらいなんだが。
「それは純ちゃんが可愛いから、挨拶されただけで、皆さんうれしくなっちゃったのよ」
可愛い?俺が?そんなバカな、こんなフツメンなのに?これは親の欲目ってやつだな。
「純ちゃんは小柄で愛想がいいから可愛いく見えるのよ。
でもね、知らない人にまで愛想よくしているのは危ないから、知らない人には尊大な態度で接する方がいいのよ」
なぜだ、声を出していないはずなのに、会話が成り立っている。
まさかエスパー?いや、おれがつぶやいていたのかも
「そうよ~純ちゃんのつぶやきも聞き逃さない、母の愛の力よ」
重いよ、母の愛が。しかし考え事をする場合は口を手で押さえて声が出ないようにした方がいい様だ。
程なくして駅を超え、川に差し掛かった。
きれいな水の川だ。
「母さん、ひょっとしてこの川で、俺はおぼれたのか?」
「そうね、だまっていてもいずれ判るから言うけど、学校帰りに川へ落ちたらしいわ」
学校帰りにってか、事故か自殺か。それもいずれ判るだろう。
道中の人通りは女の人が多かったが、男の人もそれなりにいる。
今日は平日だから男の人が少ないのは普通か、むしろ多いのかも知れない。
途中、ファミリーレストランで昼食にしてから家についた。
4LDK3階建て、豪邸ではないな、うん普通だ。
家の前に駐車スぺースが有って、1階に玄関、ふろ場、和室があった。
階段上がってすぐがリビングで奥にダイニングキッチンがあり、階段をはさんで反対側は母さんの寝室だそうだ。
俺の部屋は3階か、リビングの上で、ベランダがある。なかなか見晴らしがいい。
あと、母さんの部屋の上に1部屋あってこれで全部だ。
とりあえず、部屋へ入って中を漁ってみよう、何か手掛かりが見つかるかもしれない。
部屋には、ベット、机と椅子、本棚、クローゼットか、シンプルだな。
まずは定番、ベットの下を見てみる・・・何もないな。
次は机の引き出しを開けてみる・・・整理整頓されているが怪しいものはない。
ベットのマットレスの下から2冊の本を見つけた。
イケメン兄ちゃんの本だ、病院で見たのとは違う人だ。
もう一冊は・・・裸の男同士で抱き合っている。相撲じゃあないぞ。
同人紙みたいだな、BLってやつか。
この部屋は本当に俺、いやアイツの部屋か?姉か妹の部屋じゃないのか?
ドキドキしながらクロ-ゼットを開けてみる。
首筋、手首、胸元にフリルのついた服と半ズボンがあった。
この半ズボン、すそがずいぶん広い、まるでキュロットの様だ。
服を持って急いで母さんに聞きに行く。
「母さん、これ誰の服?俺に姉妹いたっけ?」
「純ちゃんは一人っ子よ。その服はお気に入りで良く着ていたじゃない」
まじか、部屋へ戻って他にもないか探してみると似たような服が何着もあった。
探していると学生服があり、内ポケットから生徒手帳と身分証が出てきた。
聖蘭学園という学校の生徒手帳で、俺の顔写真が貼ってある。
つまり俺はあのフリルのついた服を着ていたのか。
ためしにその服を着て姿見をみる。
うん、かわいい、俺って意外といけるかもって、いやいや、いけないいけない、開いてはいけない扉が開きかけている。
退院の際に母さんがこの服をチョイスしなかったのは幸運だった。
あんな服を着て帰ったら社会的に死んでしまう。
いやまてよ、母さんは、俺が、あの服を、好んで着ていた、と言っていた。もう手遅れなんじゃないか?
ひとしきり悶絶した後、考えた。
あの服は似合っていた、そして可愛かった。
マッチョなオッサンが女装しているのとはわけが違う。
俺がこの先、着なければいいだけなんだと。
あのような服は封印することにして、今着ているような普通の服を買ってもらうことにした。
捨てずに封印することにしたのは、記憶が戻って又着たくなった時のために取っておくと説明した。
母さんを安心させる為の処置だ、決して後で着ようなんて思って無いんだからね。
さて、気を取り直して調べ物をしよう。
机にはノートパソコンらしきものがあるから、それで調べられるだろう。
まさかワープロじゃあないよなと考えながらフタを開く。
なんだこれ?アルファベットがない。
ひらがなキー入力一択か。
それでも使えないことはない。
そして、年号を調べてみると今年は皇紀2696年であった。なんだよ皇紀って。
皇紀を調べると、2696年前に神武天皇が降臨された年を元年としたものだった。
降臨ってなに?即位じゃあないの?ん?見るとルビが振ってある。
カンムテンノウ?え?ジンムじゃあないの?
結局、世界史から調べることになってしまった。
この世界は1~2万年前に星の海を渡ってきた人たちが、この星を住めるように改造したのは始まりらしい。
その時に乗ってきた宇宙船が現在の月で、移民船であったようだ。
しかしいつしか文明が衰退したのか、滅亡したのか、そのことが判らなくなってしまった。
今の人たちが、月までロケットを飛ばして古代の遺跡を見つけたことで判ったようだ。
このことがそれまで判らなかったのは、月がこの星にいつも同じ面を向けていて表面にはなかったからで、
調査隊が裏側に回ってみたところ、巨大なクレータがあった。
クレータ内面にはいくつかの金属の棒や板が突き出ており、クレータの底は土砂で埋まっていた。
そして、調査隊は内面にあった穴に入ったところ、そこは何かの機械室であったようだ。
その後の調査で、この機械室は移民船の恒星間航行エンジンで、何かのトラブルで爆発したのではないかと結論づけられている。
そうか、俺は異世界転生したわけだ。
だとすれば、前世60年の常識が通用しない恐れがある。
勉強もやり直しだ、どれだけ違いが有るか考えてみよう。
まず数学は・・・10進数が使われており、手の指も10本なのでたぶん大丈夫。
次に国語・・・言葉は通じるが、文字はどうだ?パソコンのキーボードで50音ひらがなは同じだ、カタカナも。
でも漢字はどうだろう、知らない漢字がいっぱいありそうな予感がする。
科学は・・・地学は全滅じゃあないかな、生物学も駄目だな。物理学はだいたいいけるだろう。
化学は、物は同じでも名称が異なるから覚えなおしだな。
あ、物理学の○○の法則なんかも人の名前なんだから同じのはずがない。
そして社会・・・歴史も地理も全く違う。
おふぅ、60歳の知識チート、ダメじゃん。どうしよう。
結局は地道に学生をするしかないのか。
英語は無いだけましか、よかった、成績悪かったからな。
もう晩メシ食って、ふろ入って寝ちまおう。