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悪役令嬢の無自覚従者  作者: 白砂
出逢い編
10/10

10.



お父様の隣に佇んでいたのは、あまりにも美しい少年だった。


肩で切り揃えられた銀髪は窓から差し込む日光に輝き、深く神秘的な紫紺の瞳は長い睫毛に縁取られている。陶器のような肌に、華奢な肢体。整った鼻梁と愛らしい唇。一見女の子に見えるけど、その子が着ている男性用の礼服がその子の性別をはっきりと示していた。


まるで人形のように無表情な彼に戸惑いながらも、その子に声をかける勇気も起きずお父様に目線を移す。


「お父様、この子が私の従者…、ですか?」


お父様は重々しく頷くと、縋るような声音で告げる。


「ああ、そうだ。仲良くするんだよ、エルシェ。」


お父様の態度に、私の人間不審が思わず発動する。


「お父様、でも…、…貴方?どうしたの?顔色が悪いわ。」


言いながらその男の子をふと見ると、彼は苦しげに眉根を寄せていた。生来の肌の白さに分かりにくいが顔色も悪く、息も少し荒らげている。

私の言葉に彼の異変に気付いたお父様が慌てて肩を支えようとしたとたん、彼はふらっと倒れて気を失った。


突然のことに絶句して動けなくなった私と違い、お父様は冷静に側近の方に医者を呼ぶように言うと、そっと男の子を抱き抱えて私の部屋の隣にある部屋に運び込んだ。静かにベッドに寝かせ、心配そうに彼のサラサラの髪を撫でる。


「エルシェ、どうかこの子を拒まないでほしい。この子はきっと、君の味方になる。ミーレより、あるいは私よりも、ずっと強固な絆を君と築く。だから、少しずつでいい、この子を受け入れてやってくれ。」


請い願うその言葉に私が口を開きかけた瞬間、ノックの音が聞こえてガチャッとドアが開き、ミーレと侍医が姿を現した。


「旦那様、お医者様を連れてまいりました。それと旦那様、机の上に山積みの書類が。執務室の床に零れ落ちそうです。」


相変わらずの無表情で告げられたミーレの言葉にお父様は顔を真っ青にさせると、慌てて私を振り返った。


「エルシェ、私は仕事がたまってしまっている。申し訳ないが、彼の看病は君に頼んで良いだろうか?」


お父様の早口の言葉に私が思わず頷くと、お父様は満足そうにニヤリとほくそ笑んで部屋を出て行った。


そのしてやったりというような空気に、私はある可能性を導き出した。



……もしかして、乗せられた……?



「お嬢様、見事に乗せられましたね。」


……やっぱり。


ミーレの淡々とした声に、私はがっくりと頭を垂れた。






==================



男の子の額に冷たいタオルを乗せながら、私はじっと彼を見つめる。


あぁ本当に、どうしたものだろう。


本音を言えば、彼と仲良くなんか微塵もしたくはない。何が悲しくて名も知らない会ったばかりの人と、これから四六時中生活を共にしなくてはならないのか。


今のうちにここから追い出してしまえればと思う。でもそれは流石にできない。この子が私の従者になったこと、もといこの屋敷に来たことはお父様のご意向であって、たとえ娘であろうとも覆すことはできない。そんな勝手なことをしたらこの子ではなく私が屋敷の外にコロコロされることになる。

でもそれでも、どうしてもこの子と過ごすことはできない。私の記憶がしつこく囁きかけてくる、いつかこの子も裏切ると。信用するなと。真っ黒な手で私を覆い隠すように、私の思考を負の感情で埋め尽くそうとする。


信用するな、信じてみたい。相対する二つの感情が脳内でせめぎ合い、ギュッと手を握りしめる。彼の額に乗せているタオルが早くもぬるくなったことに気づき、慌ててタオルを取り水桶に沈める。この頃気温も上がり暖かくなってきた。この水の温度が気持ちいい。

ギュッと強くタオルを絞り、水が垂れてこないことを確認して丁寧に彼の額に乗せる。



ーーーふっ、と。



男の子が瞼を開けた。


え、ええええええええ!?


きゅ、急に!?ちょっと待って無理、人間不審のせいでろくにお茶会にも出られず男の子と交流経験ないのに私!


ど、ど、どうすればいいの?


側から見ればおかしいくらいパニクりながらも、なんとか気を保って眠そうに起き上がる男の子を見つめる。


白銀の髪を揺らしながら、気怠そうに起き上がるその光景は息を呑むほど美しく、絵になっていた。


そのまま彼はすぐそばで固まる私に気づくと、驚いたように目を見開く。


見惚れるほど澄んだ瞳とじぃっと見つめ合い…、しばらくしてはっと気がついたように彼は薄い唇を動かした。


「あの、ここは…?」


その声に我に返った私は瞬く間に自分の許容量を超え、頭が真っ白になって意識を失った。





==================



目が覚めたのは、その日の夜だった。

あの時気を失ったのだと思い出し、顔から火が出そうなほどの恥ずかしさを感じながらもそっとベッドから降りる。


私には行くところがあった。


もうすでに屋敷に満ちている静寂を壊さないようにドアを開け、静かに閉める。音を立てないように気をつけながら、私は隣の部屋の前に立った。


ギィッとドアを開けてまた閉める。こんなに緊張するのは久しぶりでドキドキする。


寝息を立てているだろう彼に抜き足差し足で近づいていく。



「何の御用ですか?エルシェリーヌ様。」



びくり、と。思わず足が止まった。

起きていたのか。


「……貴方を、叩き出そうと思って来たのです。」


あえて言葉を整えて、警戒心を剥き出しにする。貴方と私は相容れないと、分からせるために。


「何故?」


「何故?当たり前でしょう。どこの馬の骨とも知れぬ子供を、やすやすと屋敷に留め置いておけますか。いつ裏切られるか、分かったものではないわ。……お母様の時のように。」


ふっと昔のことがフラッシュバックする。強がっていたはずなのに、あの時の恐ろしさと憎しみが蘇って声が無意識に弱々しくなる。


ふと彼を見て、ギョッとした。


何故、彼が泣いているのだろう。


「何で、貴方が泣いて…。」


「貴女も、泣いてください。」


「…はあ?」


「苦しい時は泣き叫ばなければ。痛い時は誰かに縋らねば。…その痛みは、永遠に胸に燻って離れない。」


澄んだ瞳で言う彼に、私はぐちゃぐちゃになった感情をそのままに唇を噛み締め……、



「貴方に、そんなことを言われる筋合いはありません!」



思いきり叫び、逃げるように自分の部屋にかけ戻った。

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