第七十二話 籠城3
さてさてまんまと敵に捕まってしまった俺だったが喜助の助けがくるまでは生き延びないといけない。
ということで俺は男たちに手足を拘束されて見張りのいるところで監視されていた。
「おい食事だっ」
相手は先程俺が石ころをぶつけた男。相変わらず不機嫌そうにこちらを一瞥してから唾をはく。
「けっ。のんきにお食事とはいいもんだな」
「悪かったな」
俺が挑発したのが不味かったのか男は苛立たしげに頭をかく。しかし喜助を逃がすためとはいえ厄介な相手の恨みを買ったな。まあ食事が出るだけありがたいのだが。
「これが終わったら斯波高経様のところに連れていくからな」
「どうして」
「斯波高経様がお呼びなんだよ」
乱暴な口調でそう告げると男はそのまま仁王立ちで俺を睨み付ける。これは早く食べろということか。
竹の皮に包まれた屯食が渡され不自由な体勢で食事をとる。
「じゃあ早くいくぞ」
俺は足の拘束をとられ歩けるようになったが見張りもついてくる。
かくして斯波高経のいる場所へとつれていかれる。
「これが噂に聞く新田義興か」
斯波高経は俺の顔をしげしげと眺めると護衛の男たちは不安げにこちらの様子をうかがう。
「殿あまり不用意に近づいてはなりませぬ」
男の一人がそう忠告をすると斯波高経は一歩さがって距離をおく。
といっても俺の見張りが両隣にいるので危険はないはずだが。
「新田義興といったか。そなたの作戦で我々の軍勢もかなりの数がやられてしまった。ここは交渉できないか」
「それはどのような」
「こちらは兵を引く。だから代わりに城を明け渡してほしい」
「難しそうな話ですね」
俺が警戒したのがわかったのか斯波高経は笑みを浮かべて説明する。
「なにそちらに損をさせる話ではない。このまま戦っていても埒が明かないだろう。だから早めに交渉できればお互い損をしないですむ」
つまり無血開城しようという話だ。しかしこの話には無理がある。例えば今現在戦っている兵士たちが撤退するとしてもそれは当面の話。また次に攻めてくるのはいつになるかわからない。こちらには杣山城があるから一見問題がなさそうだが攻撃の拠点は金崎城にある。
この話双方にメリットがあるように見せかけてその実斯波高経に有利になるようにできている。
しかしこのまま断っても俺はあわよくば人質のまま最悪首をはねられるだろう。
「その話俺一人では決められないものかと思いますが」
「そうはいっても仮にも新田義貞の息子ではないか」
厄介な話になってきたぞ。
「つまり俺の身柄と引き換えに城を明け渡せというつもりですか」
「まあ簡単に言えばそういうことだな」
斯波高経の表情は読めない。だが利用価値のある間は俺の身に危険はないだろう。
俺は大事な駒ということだ。
「このまま自害すると申したらどうなりますか」
「そう簡単に死なせはしない」
斯波高経は面白そうに笑った。
「拘束されているならば舌を掻ききってという手にでもでない限りは死ぬ心配もないだろうしな」
どうやら俺の相手をした男とは正反対の老獪な人物のようだ。
だがこの男はひとつ間違いを犯していた。
「ひとついいですか」
「なんだ急に」
俺は斯波高経に一言いい放つ。
「俺は新田義興ではありません。偽物です」
「は?」
彼は理解できないといった顔をしていた。それもそのはずだろう。
俺は新田義興の代わりとして生きてきた。
「本当の新田義興はここにはいません。俺も本当は九郎丸というただの庄屋の下男です」
「何?ではお前をとらえても意味がないということか」
「たしかに新田義興を捕まえたと聞いたが」
「それは人違いです」
男たちがざわつき始める。当然だろう。新田義興だったはずの人物が偽物だと急に言い出したのだから。
「皆のものこれはどういうことだっ」
「殿、我々もそのことは初めて聞きました」
男たちが戸惑うなか一人俺を捕まえた男だけは冷静だった。
「道理で怪しいと思ったぜ」
「じゃあこいつは俺の好きなように扱っていいんだな」
男は刀を抜き俺の首筋に引き当てる。
「待て殿の命令を無視するな」
「だがこいつは偽物なのだろう」
「だったら煮るなり焼くなり好きにさせてもらおう」
「簡単に逝かせたらつまらないしな」
男は残忍な笑みを浮かべ俺のみぞおちを蹴る。
痛い。死ぬほど苦しい。
「げほっ」
「次はどこがいいかな」
男は目を眇めて刀を振り落とす。
「ぐっ」
ギリギリかわせたが脇腹にかすり傷が入りそこから出血している。
最悪だ。何もかも。
「おいここでへばってもつまんないだけだぞ」
男は低く笑う。嫌なやつだ。
「次はっと」
今度は鼻筋に刀を押し当てられる。
「ふ……ぐはっ」
再びみぞおちに蹴りが入れられる。
「なかなか強情なやつだな」
「クソ外道なお前には負けるよ」
そう吐き捨てると男は愉快そうに笑った。
「外道だからなんだっていうんだ」
「そういうところが嫌いなんだよ」
「おあいにく様だ」
前回と構図がまるで逆だ。
「なんだもう言い返してこないのか」
「今考えているところだよ」
次第に憎まれ口を叩く余裕すらなくなってくる。
「お前はクソ外道のアホ野郎のあぽんたんだ。このばか。あほ。はげ」
思い付く限りの悪態をつく。やばい。だんだん意識が遠退いていく。
ここで倒れたら最後だ。死ぬわけにはいかない。
「やっぱり生意気だな」
「死んでも生意気だよ」
三途の川が見えてきそうだ。全身が痛くて苦しくてたまらない。
(死んだら親父の元に帰れるのか)
一瞬そんな考えが脳裏をよぎる。
これは悪夢だ。ただの悪い夢。
目が覚めたらいつもみたいに親父が命令口調で怒鳴ってくるんだろうか。
そう考えたらそれも悪くない気がしていた。
久しぶりに親父のいうことを聞いてやってもいいか。そんな気がしていた。
「……っおき……」
声がする。聞き覚えのある男の声が。
うるさいな。俺は早く眠りたいんだ。
「……よし……おき」
もうこんな悪夢は終わりにしたいんだ。
「義興っ」
頬を叩かれる。バックには男たちの騒ぐ声がする。
「大塔宮だっ」
「大塔宮が大軍を連れてきたぞっ」
(おおとうのみや?)
どういうことだろう。俺は男にいびられていたところだと思っていたが。
「新田義興、いい加減目を覚ませ」
目を開ければそこには刀を持った大塔宮が喜助とともに大軍を引き連れていた。
「大塔宮っ。何をしているんですか。金崎城で待機していたはずじゃ」
「帰りがあまりにも遅いから心配になって探しに来たのだ」
彼はフッと笑うと喜助に目をやる。
「途中喜助が必死な様子で義興を助けてくれと頼み込んできたからな」
「ここは私に任せてくれ」
得能の軍も引き連れて大塔宮が戦い始める。
「なんだこれはっ」
刀を振り回していたと思ったらそれは俺の救出のためだったらしい。
俺もなんとか立ち上がりヨロヨロと歩き出すと武器は火槍と石火矢に変わった。
「くそっこれでは勝ち目がない」
斯波高経が声をあげる。
遠距離攻撃ができる石火矢相手では敵もても足もでないようだった。
ドンドンと低い音が鳴り響き次々に敵を打ち倒していく。
「我々の敗けだ」
斯波高経が降伏すると戦いは終わりを告げた。




