第四十七話
俺は北条時行と遭遇したことを報告するために足利直義の元へ訪れた。
「少しお話があります」
「ただいま取り込み中だ」
見張りの男が足利直義の自室の前で待ち構えていた。
「急ぎの用事でございますが」
「ならば少し待っておれ」
待つこと数分。中から人が動く音がしたが俺を呼ぶ声はしない。
「……まだかな」
更に待つこと十分。さすがに遅いが取り込み中だと悪いので声をかけるのはやめておいた。
「……なにやってるんだろう」
待つことプラス二十分。
「いい加減待てなくなったぞ」
だって北条時行に遭遇したことは結構大事なことなのだ。このまま待ちぼうけをくらったらお互い損をする。
というかちょっとお手洗いにもいきたくなってきたしそろそろ我慢ならなくなってきた。
「足利直義には悪いけどちょっとくらい良いよね」
先客の用事がそれほど大事なことかどうか。俺はしびれを切らして聞き耳を立てることにした。
「……のことについてだが」
もちろんふすま越しなのでなかなか聞き取りづらい。
「準備ができ次第、側近である……が大塔宮を……するんだぞ」
何やらもめているらしい。緊迫した空気が漂い俺まで緊張してきた。
「しかし……を狙うとなると……がただですまされるとは到底思えません」
最初は聞き取りづらかったがだんだん白熱してきて中の声が大きくなる。
声の様子から察するに足利直義の側近が猛反対をしているらしい。
「直義様それはなりませんっ」
側近は必死になって説き伏せていたが心変わりをする様子はなく。
「私の命令が聞けないのか」
足利直義の凍りつくような冷たい声が響く。
「しかしそれは後醍醐天皇の意に背くこと」
「もし北条時行と手を組まれたら大変なことになるんだ。背に腹は代えられない」
どうやら北条時行に関係する人物が出てきたようだ。なんだ俺と関係ある話じゃないか。だったら早く通してくれればいいのに。そう思ったが二人の会話を割ってでる根性はなく。
「東光寺に幽閉しているのでそう簡単に出られますまい」
「そうだな。だがなるべく急げ」
幽閉?どこかで聞き覚えのある言葉だった。
そうだ。さっき大塔宮がなんちゃらということを話していたから。
つまり大塔の宮は東光寺に幽閉されていることになる。
危険な情報を得てしまったものだな。
だが大塔の宮救出は俺と新田義貞の作戦の一つでもある。
足利直義に殺害される前に東光寺まで行けるといいが。
「新田義興、待たせた」
見張りの男が俺を呼ぶと中に通された。入れ違いに足利直義の側近の男が出ていった。やはり俺の見立て通りだった。
「ご報告があります」
「先程北条時行とおぼしき男と遭遇、東勝寺での手合いの末逃げられました」
「そうか生憎だったな」
足利直義は先程とは打って変わって冷静な様子だった。
「相手は何人だった」
「時行一人です」
俺の言葉にもつとめて冷静で静かに話を聞いていた。
なにも知らない人ならば、よもや大塔宮暗殺を目論んでいるとは思うまい。
なかなか食えない男だ。
「手合いといったがどこまでやった」
「相手に軽い傷を負わせた程度です」
惜しいことをしたなと直義は小さく息をついた。
「東勝寺といったか。親の供養に来たといったところか」
「報告はそれだけか」
「はい」
まさか人の話に聞き耳をたてたなんて口が裂けても言えないから俺はうなずいた。
「もうよい。今日は去れ」
その言葉に従う他なかった。