第四十六話
「北条時行だ」
青年はそう名乗った。
当然ながら北条時行は敵軍の将だ。
もしこの場で時行を仕留めることができたら鎌倉を平定することができる。
幸い東勝寺の境内には俺と彼しかいない。
ということは勝負を挑むには好都合だった。
「言い忘れていたな、私は北条高時の息子なんだ」
「私は外に連れ出され難を逃れたが、父は最後に自害したそうだ。死に際には間に合わなかったがせめてもの親孝行のつもりでな」
甲冑姿の北条時行は小さな花束の花弁をなぞる。
「今は新政府軍からの敵を倒すことが目標なんだ」
信濃の諏訪氏や海野氏、根津氏、望月氏らに擁立された時行だが道中反政府勢力を見方につけて鎌倉まで戦を繰り広げてきたらしい。
「信濃守護の小笠原を倒し、武蔵野国の女影原では渋川氏と若松氏を撃破した」
しかもそれだけでなく小手指原では今川氏を、府中では小山秀明を破った。そしてとうとう鶴見で佐竹義直を倒したそうだ。
「あとは執権の足利直義を倒すだけだ」
彼の瞳に暗い炎が灯る。
「なにしろこちらには五万人の兵がいるからな」
北条時行は低く笑った。
「新政府軍など恐れるに足らぬ」
彼は刀を引き抜き軽く横に振った。
「この刀で一振りだ」
冗談のつもりかニッと口の端をつり上げる。
「どうした恐ろしいか」
思わず身が震えた。
「お主も戦いに懲りたのならばなるべく早くにここを去ることだ。戦いはすぐそこまで迫っている」
「……そうですね」
俺の反応に反省したのか時行は頬を掻いてこう付け足す。
「と初対面の相手に少し不用心だったな。お主を見ているとどうも他人のような気がしなくてな」
「いえ」
俺も北条高時の息子を他人だとは思えなかった。
「父にも仕えてくれていたのだと聞いて話しすぎた。重ね重ね感謝を申し上げる」
時行は深く頭を下げた。
「少し長く引き留めてしまったか」
「……」
「もうよい。早く帰れ。新政府軍に見つからないうちに」
俺のことが気がかりだったのか時行は不審そうな顔をする。
「どうしたそなた、確か九郎丸といったな」
「……申し訳ありません」
腰に携えた脇差しに手をかける。
すると。
鋭い太刀筋が俺の肩を掠めた。
「やはり新政府軍の兵だったか」
北条時行は小さく息をつく。
「ならば情け容赦をかける必要もないようだ」
再び相手はこちらに刃を向ける。
それに負けじと俺も刀を構えた。
「恨みはありませんがその命頂戴つかまつる」
互いに一歩も引かぬ戦いとなった。俺は相手の急所に狙いを定めるが時行がうまい具合にかわす。
「お主もなかなかやるな」
時行はフッと笑い、その切っ先を俺に向ける。
とその瞬間見るも止まらぬ速度でこちらに迫る。
一つ二つと数えては刀で敵の攻撃を受け止める。
とその瞬間相手に隙が生じる。
「いけっ」
俺はそれに乗じて相手の鎧の上から脇差しで切る。
「くっ」
すると男は苦悶の表情を浮かべる。だが急所をはずした上傷は浅かったようだった。
「私の敗けのようだな」
時行は敗北を悟ったようで逃げ出すように馬に飛び乗った。
「父の墓前で争いとは罰当たりなことをしたのが祟ったようだ」
「次会うときは戦場だな」
かくして戦いは次のステージへと移るのであった。




