第四十話
「高時様っ」
背後から声がする。それは北条家に使えてきた者の悲痛な叫びだった。
「もはやこれまでか」
みな思い思いの時間を送り高時への涙を浮かべた。
そして。
それぞれが思い残したこともあるだろうに北条高時にならって自害する。
しかし予想外のことも起こる。
背後からよく聞いた声がするのだ。
「某、長崎高重戻って参りました」
先程決闘を申し込んできた敵方が東勝寺に再び現れたのだ。
「皆のものっ」
次々に命を絶っていく仲間達を目の前に長崎高重は顔面蒼白になっていた。
「私だ。私が戻ってきたのだ」
だがその言葉もむなしく。北条一族はみな彼の声に耳を傾けることもなかった。
「高時様。申し訳ない」
苦しそうに嗚咽を漏らす姿はとてもじゃないが目を向けられるものではなかった。
「もう少し早くに迎えにくることができれば」
それは無理な話だろう。相手はあの新田義貞なのだから。
しかし彼が戻ってきたということは。
新田義貞はやられてしまったのだろうか。
そんなことはないと思いたいものの嫌な予感に冷や汗が出る。
とその瞬間。
「ここももう終わりか」
背後から新田義貞の声がする。
「義貞様……」
「なんだ。わしがやられたとでも思ったか」
「いえ……」
「安心せいまだわしも現役だ。そう簡単にやられるわけがあるまい」
くっくっと笑う姿はどこか頼もしい。
「あやつが勝手に逃げてきたのだ」
それを追いかけたら東勝寺に着いたのだと説明された。
そして長崎高重は辺りを見渡しながらぼそぼそと一人呟く。
「命を賭けた決闘にも破れ、戻ってきたら守るべき主をも亡くし、私はどうしたらよいのだ」
北条高時のもとへ駆けていき、嗚咽を漏らす。
「高時様。長崎高重は一族の顔に泥を塗ってしまい本当に申し訳ないことをしてしまった」
徐々に冷えていく身体を抱きながら言葉を残していく。
「許してほしいとは言わない。だが私が北条家のために全力を尽くしたのは知っていてほしいのだ」
「でないと私はただの恥さらしだ」
「義興、最後はどうだった」
新田義貞がおもむろに尋ねてくる。
「非業の死という他ありません」
「だが武士としては立派な覚悟だった」
「そうでしょうか」
たぶん新田義貞は俺を慰めてくれているのだろう。
なんとなくそれを察して俺は口を閉ざした。
こうして鎌倉幕府滅亡の最後を俺たちは見届けたのであった。