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第三十九話

俺たちが東勝寺に向かう途中のことだった。

辺り一面地獄絵図のような状況のもと画策するものは大勢いた。


例えば高時の弟の家来である諏訪盛高すわもりたかは北条時行を逃すために二位局にいのつぼねを訪ね、無事長野に逃がすことに成功した。


そしてここに一人。俺たちの前に立ちはだかる男がいる。

その名は長崎高重(ながさきたかしげ

北条高時と今生の別れを告げた後、俺たちに決闘を挑んできた。


「おのれ、新田義貞っ」


相手の力はなかなかのものだった。

新田義貞も傷を負いながらも応戦する。


「お主もやるな」


ふっと笑って腰に携えていた刀を引き抜く。


「新田義貞さまっ」


俺も負けじと脇差しを構える。


「よいお主は先に東勝寺に向かえ」

「でも」

「だってもへちまも関係ない」


「この勝負は男の意地をかけたものだ。関係ないものは立ち去れ」

「長崎高重もそう申しておる」


新田義貞は低く笑うと顎を引き俺に合図を送る。


「じゃあお言葉に甘えますよ」

「それでこそ俺の義息子だな」


「じゃあやられないで東勝寺までちゃんと来てくださいね」

「ああ」


俺たちはうなずき合うと一気に馬で目的地へと向かう。


一方は命を賭けた戦いへ。

もう一方はかつての主のもとへと。



そこは火の海だった。

寺に集まったのは二百八十余りの人々。


皆心を決めかねているのかどこか不安げな表情で周囲を見渡している。


彼らは北条の一族だ。

一部はすでに腹を切って死体となって阿鼻叫喚としている。


これが地獄と言うものか。

一人ごちても状況は変わることはない。


「皆のもの」


遠くから聞きなれた声がする。

北条高時だ。


「よくぞここまで来てくれた」


声はどこか震えていてその表情も弱々しくかつての主の面影はない。


「聞いてくれ。ここはもう終わりだ。だから早くここから立ち去るのだ」


その言葉に群衆は嗚咽を漏らす。

「そんな殺生なことを聞きたいわけではないのに……」

「我々はもう最期なのか……」


北条高時は小さくこぼす。

「私もそうは思いたくなかったが」


しかし息をつくと思い直したように声をあげる。

「武士の誇りを保ってこれたのもそなたたちのお陰だ」

「だからこそここは皆に委ねたい。逃げて北条の命を繋ぐかここで潔く散っていくか」


その言葉に北条一族はそれぞれに答えを出そうとしていた。


「高時様っ」


俺は思わず声をあげた。

そして敵方である俺の声に反応し。


「なんだっ。新田一族の義興じゃないか」

「敵方がここまでやってきたのか。もう我々の命はないのか」


群衆は混乱し、悲鳴をあげる。


「皆のもの静粛に」

「でも新田一族が……」

「静粛にと申しておる」


「これはかつて私に仕えていた九郎丸である」

「ということは敵ではないのか」

「でも新田義興という名だと聞いたぞ」


どういうことだと皆が困惑する。


「九郎丸はよくやってくれた。その因果が私に回ってきただけだ」

「高時様」


俺は彼を引き留めようと必死に懇願する。


「どうか血迷ったことだけはおっしゃらないでください」

「血迷うもなにもここまで来たらできることは少ない」


「これは私の定めだったのかもしれない。敵を作るまいとうつけを演じて、遊興に手をだし最終的には朝敵にまで身を落としてしまった」

「しかしそれは生きるため」

「ああ生きるためだったがどこかで道を過ってしまった」


「だからこそ私はここで一族の最後を見とることにしたのだ」


その言葉に群衆の一部は狂ったような声をあげ、もう終わりだと腹を切る。

二百八十余りの群衆は次々に自害をしていき、残ったのはわずかな人数になっていた。


「悪いな九郎丸。せっかく戻ってきてくれたのに」

北条高時は優しく笑いかける。

「やめてください。最後の言葉だけは聞きたくありません」

もう終わりだと自分でもどこか理解していた。

だけどそれを信じたくはなかった。

「私も長く生きすぎたようだ」

北条高時が刀を構えて己の懐に刃を向ける。

「お願いです、逃げてください」

その言葉を聞いてはくれないようだった。

だから俺は声を張り上げる。


「生きてください高時様。お願いです。死ぬなんて卑怯ですよ」


気がつけば声が上ずり涙がぼとぼと席を切ったように溢れてくる。


「俺が大好きだった高時様はいつも楽しくて優しくて聡明な人でした。武士の誇りがなんですか。誇りなんてそんなものになんか価値でもあるんですか」


顔は涙と洟でぐちゃぐちゃだ。


「誇りなんてものを引き合いに全てを諦めないでください」

「悪いな九郎丸」


北条高時はそのまま刀を自らの懐に向けて。

「さようならだ」

その生涯の最後を自分の手で終わらせるのであった。

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