第三十八話 火花
かくして鎌倉は戦乱の中心地となった。
街には猛火が吹き荒れ優勢な新田軍に対し指揮系統が乱れた幕府軍は逃げ惑うばかりだった。
「火事だ」
「逃げろ」
男たちの叫び声から女子供の悲鳴まで辺りではこだましていた。
鎌倉は瀕死の状態だった。
それは俺たちの作戦通りだったけど。
だけど今俺は北条高時のことを思い出していた。
彼を救うと誓ったあの日。
俺は自分が正しいと信じて前を進んできたが新田義貞との出会いによってそれは北条家の破滅の手助けすることになった。
「高時様」
思わず彼の名前が口から出る。
俺は確かに北条高時を救うと心に決めていた。だから指揮を任せてもらい止めは自分で打つといった。
「九郎丸、いや義興」
案の定新田義貞が声をかけてくる。
「決して情に流されてはダメだ」
彼は俺の心を見透かしているようだった。
「今我々は優勢だ。あとは敵の首を取るだけだ」
「その役目はお前が担うことになる」
市中は荒れ果て混乱が襲ってくる戦況。
相手方はじわりじわりと追い詰められていた。
降伏するものも。島津四郎。
彼は破廉恥武将と呼ばれ捕虜になっていた。
だが勇猛に戦ったものもいる。
長崎思円とその息子は幕府軍にいながらも戦場を駆け巡り俺たちの軍勢に一矢報いた。
そうしてこうして新田義貞の命令により北条高時の居場所を突き止めることになる。
場所は当然ながら以前俺がお世話になっていた館だ。
自分が過ごした日々に思いを馳せしばし感傷に更ける。
果たして俺は高時を救うことができるのか。それとも鵜飼の鵜のように罪を重ねて戦に身を投じるのか。
目を閉じてありし日の思い出がよみがえってくる。
「急げ義興」
「はい」
新田義貞がしびれを切らしたように命令してくる。
これは俺が裏切らないかどうかを試しているのだろうか。
かつて言葉を交わし日々を過ごした相手に刃を向けられるのか。
それとも途中で逃げ出してしまうのか。
どうにも食えない男だ。
館はもうすぐのところだった。
「義興、火を放て」
「……」
「義興、聞こえなかったか。これは亡くなった仲間たちに対する弔い合戦だと思え」
俺が沈黙するのが長かったのか、館の中から聲がする。
「まさか新田軍にここまでやられるとは」
「もはやここまでか」
案の定北条高時の言葉だった。
「九郎丸じゃないか。なにをしている」
「……」
「答えてはくれないか」
北条高時はどこか悲しげだった。
「一度手放すとは私も愚かなことをしたものだ」
「本当に大切なのは近くにいる人間だということにどうして気づかなかったのだろうな」
「高時様、今から火を放ちます」
「そうか」
どこかたんたんとした様子で返事をする。
「お前に殺されるなら本望だ」
「さあ私を討ってみろ」
太刀を握る手が急に汗ばんでくる。手がガタガタと震えまともに戦うことすらできない。
「高時様早く逃げてください」
すると近くにいた侍が北条高時をかばうように俺たちの間を阻む。
「私はここで死ぬのだろう」
「生きることを諦めないでください」
侍は俺の隙を狙って襲いかかってくる。そして彼の攻撃を受け止めたその瞬間。
新田義貞が館に火を放った。
みるみる内に火は広がり、北条高時の館は燃えていく。
それを引きずるようにして侍が高時を連れ出した。
「早く逃げましょう」
「でもどこへ」
「それは東勝寺にです」
館は業火に飲み込まれるのであった。




