第26話
お待たせ致しました、萌花視点になります。
この世は全部、ぜーんぶアタシの物。
柏木萌花の根底には、幼い頃に刷り込みの如くこの言葉が存在している。
実家は分家と言えど権力者であった祖父が幅を利かせていた名家であるし、子会社ではあったけどその祖父が大きくした会社の社長をしている父。
金があるから何でも買ってくれる祖母と母。
2人の兄は年の離れた妹を溺愛して、叱られたことはほとんどない。
まあ、祖父母も両親も念願の1人娘である萌花を叱った事などない。やれ、これが似合うだの、これを着たら世界一可愛いなどと言われ続ければ、誰だって自分のことを悪いとは思わない。
事実、学校や一族内で何かあったとしても、べそべそ言いながら祖母なり母なりに泣き付けばすぐさま問題は解決。ちょっと嫌な事を言ってきた同級生なり教師なり、次の日とは言わないまでも、週明けにはいなくなっていた。
そんなことが何度も続けば、萌花は我慢をしなくなった。
欲しい物は服やアクセサリーでも何でも買ってもらえるし、ムカつく人間はすぐ消える。
自分の事をワガママだと、もちろん家族から面と向かって言われたことがあるわけはないけれど、それでも例外は存在した。
萌花の上にもう1人、兄がいる。
この兄のことは家族中が毛嫌いと言うか、アレだけ一家の中で浮いている。
物事の考え方が古くさいと言うか、小言じみていると言うか。まあ、あの兄の考えていることなどほとんど萌花には理解できない。
と言うのも、アレは萌花達が生活している本邸では暮らしていないからだ。
アレは中庭を挟んだ古い和室が2部屋しかないような離れ(元々住み込みの使用人が住んでいたらしい)に住んでいる。萌花自身はそんなかび臭そうな離れに一度も足を踏み入れたことはないけれど、入ったことのある長兄や使用人が話すには、ほとんど物が置いて無いと聞いた。あるのはベッドと机だけのようで、自炊出来るように台所(これもまたキッチンではなく、台所)に小さい冷蔵庫と、洗面所と風呂場の間に洗濯機があるらしい。
「それも二層式。今時二層式の洗濯機なんて製造してるんだなって、ある意味感動したよ」
「にそうしき?なにそれ。もえ、お洗濯なんてしたことないからわかんなーい?」
「萌花は洗濯なんてしなくてもいいから、そんなこと知らなくてもいいんだぞ」
そう言われれば萌花には何も言う事は無い。
そもそも炊事、洗濯などの雑事を萌花にやらせるような両親ではないし、そんなことをやるくらいだったら祖父のご機嫌を取って美味しいものを食べに連れて行ってもらうか、祖母に強請って外商を呼んでもらう。
誰も何も言わないし、萌花自身も何もする気がない。
「てめえ、食い方汚ねえんだよ」
そう言われたのはいつだったか。
「箸の持ち方。なんだよ、それ。よくそんなんで飯食えるな」
珍しくアレが一緒に食卓を囲んだときだった。
丁度祖父母の銀婚式か何かで有名料亭の和食を食べに行ったのだが、折角の料理を食べている最中にアレがそんなことを言った。すぐさま祖母が怒って兄は料亭を追い出されたまでは良かったのだが、そのあとが問題だった。
萌花は魚が嫌いで、特に焼き魚は大嫌いだったのだが、伝達ミスかなにかは知らないが、その大嫌いな焼き魚が出てきたのだ。勿論食べられないので文句を言ったのだが、珍しく祖父が食べろと諌めてきた。盛大に駄々をこねたものの、結局食べさせられるはめになった萌花は、その焼き魚をぐっちゃぐちゃにして箸を放り投げた。
祖父はしかめっ面をしていたものの、祖母は苦笑し、両親は「あとで美味しいデザートを食べましょうね」ご機嫌を取り、萌花は料亭で出された料理をそこまでしても最終的に誰にも叱られはしなかったのだが、アレに言われた言葉が脳裏から離れないままだった。
それ以来、アレを毛嫌いしている。
あんなのはアタシの兄じゃない。
血が繋がっているなんて冗談じゃないわ。
聞いたところによると、アレは敷島家で世話になっているらしい。
敷島家。
下の下の家柄のくせに
恐れ多くも御三家と婚姻関係を結ぼうとしている痴れ者の。
敷島椿がいる、あの家族の。