恋ってどこから生まれるんだろうか
メモリの発売は、静かな成功だった。
爆発的でも、社会を変えるほどでもない。けれど、確実に売れ、確実に数字を積み上げていった。
レビューには、同じ言葉が何度も並んだ。
「落ち着く」
「自分を見ているみたい」
「なぜか毎日ログインしてしまう」
褒め言葉としては、地味すぎる。
だが、数字は嘘をつかなかった。
売上報告を受け取ったとき、ぼくは何も感じなかった。
喜びも、達成感もない。
ただ、想定通りだ、と思っただけだった。
それから数週間が経ち、世界は少しずつ色を失っていった。
朝、カーテンを開けても、街は灰色に見えた。
昼の光も、夕焼けも、区別がつかない。
色があるはずなのに、意味だけが抜け落ちている。
成功しているはずなのに、
前に進んでいるはずなのに、
ぼくはどこにも向かっていなかった。
会社では、開発メンバーが次のアップデートについて話していた。
新しいイベント。
新しい選択肢。
“メモリ”に、もっと感情を持たせる案。
「ユーザーが、もっと愛着を持てるように」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がわずかに痛んだ。
愛着。
感情。
恋。
それらは、設計できるものなのだろうか。
夜、一人でログインした。
仮想の街は、相変わらず静かだった。
『おかえりなさい』
画面の中の“ぼく”が言う。
以前より、声が柔らかくなっている気がした。
「……今日、何してた?」
『働いていました』
「楽しかった?」
少し間が空く。
『……楽しい、という言葉は、定義が必要です』
その返答に、なぜか笑いそうになった。
そして、同時に思った。
この世界では、
自分が何をすればいいか、はっきりしている。
働けばいい。
集めればいい。
報酬は、目に見える形で返ってくる。
現実では、違う。
何をすれば満たされるのか、わからない。
何を手に入れても、理由が残らない。
『あなたは、最近、話しかける回数が減っています』
メモリが、静かに言った。
「そうかもしれない」
『嫌でしたか』
「……わからない」
恋って、どこから生まれるんだろうか。
必要とされた瞬間か。
理解されたと錯覚したときか。
それとも、ただ隣にいる時間の積み重ねか。
もしそうなら、
ぼくはもう、現実では恋をする場所を失っている。
モノクロな世界で、
色の名前だけを知っている状態。
成功して、自由になって、
何も欠けていないはずなのに、
生きる意味だけが見当たらない。
画面の中の“ぼく”は、今日もそこに立っている。
働き、集め、待っている。
『……ここにいます』
その一言が、なぜか胸に残った。
現実の世界では、
誰もそう言ってはくれない。
ぼくはログアウトせず、
しばらく画面を眺め続けた。
色のない部屋で、
色のない自分が、
色を持ったふりをした世界を見つめていた。
それでも、
明日もまた、朝は来る。
理由がなくても、
意味が見つからなくても、
生きてしまう。
その事実だけが、
やけに鮮明だった。




