96.悪虐のマッチョ
「おいユン。言っておくが俺は別に女が苦手ではないからな。知り合いの知り合いと話しにくい、あの現象が発動してただけだ。」
「はいはい。ヘサとは随分仲良くしてましたけどね。」
アスパのアジトへ向かう最中。奴隷達が歩く列の最後尾で、いつも通りの言い合いが繰り広げられる。
結局言葉通りアスパはあの檻にいた全奴隷を買い取り、タリ達を筆頭とした大半の奴隷達は自宅へ帰還。帰る宛がない、というか帰るよりアスパの元で働いた方が待遇がいいと判断した奴隷達と、ガジュ一行だけが残り、暗いスラム街を進んでいく。
「そういえばキュキュちゃんは大丈夫?キャキャちゃんが泣き出した後割と放置気味だったけど。」
「キャキャ?誰だそいつ。」
「第二人格も第三人格も独立した人格があって感情があるわけじゃん?それを〇〇人格なんて無機質な呼び方するのもあれかなと思って。主人格がキュキュちゃんで、第二がキャキャちゃん。第三がキョキョちゃんって呼ぶことにしたんだよね。中々可愛らしくない?」
「限りなく言いにくいがな。まぁ、分かりやすいのは確かだ。」
アスパと会話している間にいつの間にかキュキュは泣き止んでいたらしく、明らかに主人格に戻った様子でガジュ達の背後をついて歩いている。
ユンのネーミングセンスが終わっていることはいつものことだが、三つの人格を分けて考えるという話には賛成だ。第二人格、キャキャはタリとの会話により精神崩壊。精神が崩壊するということはつまり感情がしっかりあるということだ。ただ暴れるために現れる人格ではない、彼女達も立派なキュキュの一部であり、かつてケルベロスの遺伝子のみだった頃は一つの頭だった存在なのだろう。
「た、多分大丈夫だと思います。い、一応落ち着いてはくれましたし、凄くショックを受けていたようなのでしばらくは出てこないと思います。」
「そうなの?凄いねキュキュちゃん。超絶可愛い上に理性的、地味で馬鹿なガジュとは大違いの優秀さだよ。偉い偉い。」
「あぁ?何だユン、ここらで一回喧嘩しとくか?この街の薄暗さならお前もボコせるぞ。」
「そういうところが馬鹿なんだよ。今のはキュキュちゃんをおだてただけ。ほら、どうやら成功みたいだよ。」
「は、はい。い、今のところなんともありません。」
普段ならやれ美少女だと褒められ頭を撫でられれば、キュキュの目の色が変わって暴れ始めるはずだ。だが今日は違う。いつも通りの陰鬱な表情を保ち、下を剥き続けている。
どうやらガジュ達の目論見は大成功、キュキュは第二人格の制御に成功したようだ。
「さっ、着いたぞお前ら。ようこそ、エシア自警団本拠地へ。野郎共!客人だ!!!」
スラム街を抜けた先にあったボロボロの建物。昔は薬物を売り捌いていた、そう言っていただけあって建物の横には巨大な倉庫と畑。今畑に生えているのは明らかに小麦だから、どうやらアスパは本当に更生しているようだ。
ガジュが感心しながら腕を組んでいると、突如背後から腕を掴まれる。何者か、というより何らかの集団。半裸のマッチョ達が体を拘束している状況に気づき、必死で抗ってみるが何の意味もない。【闇の王】の効果が発動しているにも関わらず腕の一つも動かせない程の圧倒的腕力を誇った集団に囲まれ、ガジュは叫び始める。
「離せ……!ボ!ケ!ド!モ!」
「奴隷にしては筋肉がついている上、首輪も手錠もない。貴様一体何者だ。」
「ガジュ・アザッド様だクソ野郎!おいユン!さっさと助けろ!」
「え〜何か面白いしやだ!」
恐らく取り囲んでいるマッチョの一人一人が身体能力系のスキルを持っているのだろう。筋力では勝てない、となると唾をかけてでも拘束を脱しようか。ガジュがそう思って首を回すと、丁度アスパがマッチョ達に鉄槌を下しているところだった。
「お前らぁ!客人だって言ってんだろうが!こいつは覇王様のお仲間だ!さっさと離しやがれ!」
「なっ!?覇王様といえば聖人君主で有名なあの着ぐるみの方ですよね!?そんな方とこの男が仲間なのですか!?」
「お前らなぁ……覇王様は見かけや性格で人を差別しないお方なんだよ!」
「す、すみません姐御!お客人も、誠に申し訳ありません。」
拘束を素早く解除し、深々と頭を下げてくるマッチョ達。そこに言葉を返すでもなく、ガジュが怒りの視線だけをぶつけると、更にその場へクルトがやってくる。
「おぉ、久しぶりだなアスパの部下達。着ぐるみ無しで会うのは初めてだな。吾輩こそ悪の覇王、クルトである!」
「く、クルト様……!?先ほどはお仲間の方に大変失礼致しました。我々一同、誠心誠意謝罪致します。必要とあれば、腹切りも辞さぬ覚悟です!」
「気にするな。ガジュの人相が悪いのはガジュのせいだ。それよりアスパ、手筈通りでいけばこのマッチョ達を貸してくれるんだよな。」
「あぁそうさ。好きに使いな。」
本命であるクルトが現れたことで、更に腰が低くなるマッチョ達。その背中をアスパが叩き、満面の笑みを浮かべる。
ガジュは知っている。クルトは常に説明不足な人間だ。一人で勝手に話を進め、ガジュ達をいつも振り回す。この現状も、多分そういう流れだ。
「明日から、ガジュとノアには二人でこのマッチョ達を率いて貰う。人海戦術を用いて、この街で奴隷にされている裏商人を捜索しろ!」
「何か呼びましたぁ〜?ガジュ様と私の名前が聞こえた気がしたんですけど〜。」
やたら自慢げなクルトと、腑抜けた声のノア。その二つが鼓膜を通り抜けたのを確認し、ガジュは覇王の頭頂部をぶっ叩いていた。




