95.悪の覇王の威光
「お前ら……何やってんだ?」
延々と泣きじゃくるキュキュとなだめるシャルル、タリ。【狂化】されていた時のことを嬉々として語るクルトに、それを適当に聞き流すユン。そしてその後ろに一切の興味を無くして安らかに眠るノア。
ガジュを取り巻く変人達が思い思いの行動を取り、そこに丁度人一人分の影が落ちる。
檻に体重を欠け、こちらを睨みつける長身の女。胸が大きいから女と判断したが、その体にはガジュと同レベルの筋肉が隆起している。
騒ぎを聞きつけて様子を見に来た奴隷商人の仲間だろうか。そう判断してガジュが拳を握ると、悪の覇王が背後から駆け抜けていった。
「アスパー!!!久々だな!遅すぎて待ちくたびれたぞ!」
「おう、覇王様。今日も元気で喜ばしいこった。そこの奴らが例のお仲間かい?」
「うむ!ガジュ、紹介しよう!この女が吾輩の一番弟子!アスパ・エシアだ!」
「どうぞ、よろしく。」
潜入を手伝ってくれる協力者であり奴隷商人との付き合いがある女、クルトからそう聞いていたからある程度見た目は想像していたが、やってきた女はガジュの想像からだいぶズレていた。
ガジュは永遠にパンを食べているような金持ちの夫人を思い描いていたが、アスパは真逆と言っても良いだろう。筋肉を露出した荒々しい格好と、耳に腹、後は舌に付けられたピアス達。見えている肌のほとんどにはタトゥーが刻まれ、彼女の見た目はどうみても悪人のそれである。
「えーと覇王様。あたしが買わなきゃいけない奴隷ってのは何人だい?」
「そこの筋肉馬鹿と変人とネガティブと超絶可愛いシャルルと恋愛脳と……せっかくだしそこの優しそうなお姉さんも来るか?」
「え、いや私はいいよ。おばちゃん達を放置するわけにもいかないしね。」
「流石覇王様、知り合いが多いね。六人も六十人も変わんねぇ、全員あたしのとこに来な。どうせうちは大量に人手を欲してるんだ。」
「流石アスパ!気前がいいな!」
ほぼ幼女というべき見た目のクルトとアウトサイダーなアスパ。歪な見た目の二人が互いを讃えあい、勝手に話が進んでいく。その横で、シャルルが一人腹を立てていた。
「そもそもの話なんですが、この人は一体何者なんですか。奴隷を買う人なんてろくでもないですよね。シャル達だけならともかく、その口ぶりだと普段から奴隷を購入しているようです。果たしてその人は……正義なんですか。」
「残念ながら、悪人だよ。馬車馬のように奴隷を働かせ、この街に薬物を蔓延らせた。なんならこの街を無法地帯にしたのも、奴隷制度を設けたのも、全部あたしの仕業さ。」
「なるほど、話は分かりました。正義と誇りにかけて、貴方を裁きます。」
正義の化身が久々に牙を剥き、檻の中にめん棒を叩く音が響き始める。
ここでシャルルが【投獄】でアスパを何処かへやってしまえば、自分達はこのまま奴隷にされてしまう。一同がそう考えて動き出そうとした時、シャルルより早くクルトがアスパの腹を殴っていた。
「こらアスパ!シャルルをからかうんじゃない!アスパが悪人だったのはもう何年も前の事だろ!」
「はは、悪い悪い。覇王様が前から語ってたシャルルちゃんに出会ったからさぁ。ちょっと嫉妬しちゃったんだよ。許してくれ。」
「ごめんなぁシャルル。アスパは確かに悪人だが、もうとっくに改心してるんだ。今はもう悪いことは一切せず、自警団をやってる。」
「あぁ、そうだよ。この覇王様に感化されたんだ。ある日突然ガキがパンを売りに来たと思ったら、しばらく街に居座って孤児の面倒を見始めてね。あたしに貧しいものの正しい生き方ってのを教えてくれた。」
「ふふん。止めないかアスパ。吾輩は当然のことをしたまでよ。それを見習って善行を積み始めたアスパの方がずっと良い奴だぞ!」
「あー本当覇王様はいい子だねぇ!」
アスパが大きな腕でクルトを抱きしめ、肩の力が一気に緩む。
ガジュ含めいつもの面々ははクルトのことを完全に舐めきっているが、たまにその認識を改めるべきかと一向するべきかと思う時がある。元々イリシテアでも慈善活動をしていたからある程度影響力があることは知っていたが、まさかこの街にまでその威光が及んでいようとは。
「とにかく、今のあたしはまともに生きてるよ。人を集めてるのも、自分が悪化させたこの街の治安を取り戻すため。買った奴隷にもしっかり給料を与えて、希望する奴は自宅に帰らせてる。」
「奴隷の解放と自警団の雇用を兼ねてるわけか。中々いい活動だね。」
「まぁこのやり方だと奴隷商人に金が入るから、根本的な解決にはならないんだけどな。ご理解いただけたかい?シャルルちゃん?」
「理解しました。過去の行いを悔い改めることは良い事です。最後まで話を聞かずに激昂してすみません。」
「はは、流石覇王様のお友達だ。いい子だね。」
檻の鍵を開けて中に入ってきたアスパがシャルルの頭を撫で、力一杯抱きしめる。その横でクルトが閉じ込められていた奴隷達を引き連れて外に出て行き、檻の中にはガジュ達数人だけが残されていた。
「あんたさっきからほとんど話してないが、大丈夫かい?」
「あぁ気にしなくて大丈夫だよ。うちのガジュは知らない女の人が現れるといつも黙るから。筋肉馬鹿すぎて女性に耐性がないんだよ。」
「嬉しいねぇ。あたしみたいなのをちゃんと女と認識してくれてるのかい。こんな可愛い女の子達が周りにいるっていうのに、ありがたいことだ。」
この女は抱きつき癖でもあるのだろうか。ゆっくりとガジュに近づき、そのまま腕の中へ体を引き寄せてくる。触れる胸板は筋肉で守らながらも柔らかさを残しており、首に触れる息と合わせて、ガジュの思考を簡単に停止させていた。




