102.三位一体
「ユンさん!?だ、大丈夫ですかユンさん!」
「おー、キュキュちゃん。何も聞こえないけど多分心配してくれてるんでしょ?いやー助かるよ。僕、珍しく失敗しちゃった。」
耳から血を流しながら、力なく倒れ込むユン。その体をキュキュが必死でさすり、出血を止めようとする。治癒能力があるわけでも、包帯があるわけでもない。ただユンを心配しての行動だ。
それを薄れていく視界の中に見据え、ユンは全てを託していく。
「審判、今こそが裁きの時。世界に裁きを齎そう。」
「キュキュちゃん、捕まってた女の人達はちゃんと逃した?あー耳、聞こえないから首で返事してね。」
「は、はい!ちゃ、ちゃんとアスパさんの部下の方にお渡ししました。な、なんかあっちもマッチョさん達との連絡が途絶えたそうで、い、色々大変そうでしたが。」
「もー聞こえないってのに色々喋らないでよ……。まぁいいや、多分何とかなったんでしょ。それより目の前のあれ、画家じゃなくて魔族。いや魔族と契約してる画家なのかな。どっちかは知らないけど、狡猾で面倒くさい相手だよ。」
「大丈夫、大丈夫ですから。もう、もう喋らないでください……。後は、後は全部、私に任せてください。」
話しているうちにキュキュの目の色が豹変し、左腕の実態が失われていく。
ユンの喪失。
いつだって、これが贖罪の鍵である。
「あぁ……また、守れなかった。私には、私には贖罪しかないのでしょう。」
「今回ばかりはその通りです。何としても、目の前の魔族を完膚なきまでに叩き潰しましょう。」
キョキョとキュキュ。前回は激しく喧嘩していた二人で一人が、共通の敵を見据えて牙を剥く。相手が魔族であるなら一切の手加減は必要ない。ただ暴れ、ただ狂わせる。それがやるべき事だ。
「数多の愚かな男達。全てを殺して贖罪を。それこそが、唯一の道である。」
「ふむ。二人で一つ、いや三人で一つ。歪な存在だな。審判を下すには……ふさわしい相手だ。」
「いざ、贖罪を。」
煙で作った剣を振り回し、ジャッジメントが作り出す分身を片っ端から斬りつけていく。キョキョからしてみれば、分身の強度も何も関係ない。ただ見える全てを殺すのみ。そしてその動きに合わせ、右手だけ意識を保ったキュキュが支援を行なっていく。
「私のスキルは自分以外にしか使えないけど、ゆ、ユンさんがいうにはこの子は私じゃないんですもんね。きょ、【強化】!!!」
「珍しく気が合うな我が半身、いや一片よ。共に、贖罪を果たそうぞ。」
キュキュが自分の体に【強化】を使用し、一気に体が軽くなる。それを確認し、キョキョは勢いよく走り出す。立ちはだかる強度の高い分身達を巨大な鎌に変化させた右腕で打ち滅ぼし、本体と思しき笛持ちに突撃する。今回はユンが敗北した時のように姿を偽っていない。どれが本物かなど、一目瞭然だ。
「贖罪を。ただ純粋な贖罪を。」
「ふっ、一度や二度の死などさしたる問題ではない。我は復活の徒。我が本質は……ここからだ。」
首を刎ねられ、地面に倒れるジャッジメント。そしてその直後にジャッジメントは起き上がり、二体のジャッジメントが現れる。そして気づけば、辺りの画家の分身達も皆、ジャッジメントの姿をしていた。
「我と契約せし画家は【分身】のスキル持ち。そして我は復活の象徴。この二つが組み合わさった時、我は数を増やしながら蘇る。我が分身は全て我。荒人よ、我を殺すことは……愚かなことだ。」
「お、鼓膜が治ってきた頃にいい事教えてくれるじゃーん。まぁ体は動かないけど……。キュキュちゃ〜ん!僕から助言だよ!殺せないなら、狂わせちまえ〜!三位一体!それこそが勝利へのルートだよ!」
「は、はい!私最高!私って、超可愛い!!!」
死にかけのユンを目の前にしたキュキュに恥も慎みも存在しない。ただ自分を救ってくれた人を救うため、キュキュは三つの人格を引き出していく。二つの時で右手、三つ出したら人差し指ぐらいしかキュキュには動かせないだろうが、それでも構わない。要は、相手の体に触れさえすればいい。
「慟哭、混迷、不能……。我は、我は存在意義を失いし仮そめ……。」
「キョキョさん、えっとこう呼んでもわからないか……。と、とにかく、あの敵の体に触れてください。たくさんいるうちのどれでもいいです。あの人は私と違って……一人でたくさんみたいですから。」
「触れる……?そのような甘い話に従うつもりはない。我はただ、殺すのみ。」
そうはいったものの、キョキョはある程度キュキュの話を聞く気があるのだろう。ジャッジメントと距離を詰めて戦うべく、左腕を短剣へと切り替えて突撃していく。
「贖罪を、贖罪を果たすのだ!!!」
「【強化】!キャキャさん、じゃなくて二人目の私さん!全部、全部狂わせてください!」
「無我、自棄、従順。全てを失いし我は……全てに従おう。【狂化】。」
目まぐるしく口を動かしつつ、キュキュは懸命に右腕の人差し指を振り回す。その細い指が一体のジャッジメントに触れた途端、【狂化】が発動し笛を持つ手が震えていく。
「な、何が……?何が起きている……!?我は、復活の徒。復活こそが、我が力であり……。」
「わ、私は、三人の私を……コントロールしたんです。あ、貴方みたいな増えるだけの魔族と違って、私は!皆と仲良くなったんです!」
「仲良くはなっていない。私はただ贖罪を果たすのみ。だが私自身を、贖罪に利用している。」
「欺瞞、自暴、統一。我はただ……全てを諦めた。」
「キュキュちゃぁん。あんまりキマってないよー!せっかくのいい場面なのに格好ついてないって!」
いつの間にか立ち上がったユンが野次を飛ばし、ジャッジメント達が一斉に秩序を失い始める。
キャキャの【狂化】はキュキュの【強化】で対象となった人物を狂わせることができる。
そしてキュキュの【強化】は、自分以外の誰かを対象にできる。
その誰かが分身していたとしたら……全てまとめてその対象だ。
ジャッジメント達はそれぞれで殴り合いを始め、次々と傷を増やしていった。
「離せ……我は、我は誇り高き魔族!復活さえ、復活さえできれば!」
「ユンさん、帰りましょう。後は、勝手に倒れます。」
「頼もしくなったものだねぇ。けどまぁ、最後にやっておく事があるよ。こいつは放っておくと無限に増えていくからね。画家のスキルとこいつは極めて相性が悪い。いやこいつからすれば良いのか。」
「け、けどどうするんですか?殺したら……また増えるんですよね。」
「うん、だから画家とこいつを切り離そう。キュキュちゃん、君がこいつと契約するんだよ。」
鼓膜も、体も、全部治ったのだろう。イキイキし始めたキュキュがジャッジメントの顔を殴りつける。
「キュキュちゃん、ちょっと目を瞑っておいてね。これは、僕の根幹に関わる秘密だから。モヤモヤ。」
「え?」
「ーーおいジャッジメント。これは完全無欠な僕からの命令だ。キュキュちゃんと契約しろ。お前は、忠実な僕として復活するんだ。」
視界を奪われたキュキュの耳に聞こえる気迫に満ちた声。その意味を考える間も無く、キュキュの体には黒いモヤが侵入していた。




