第68話 「偶然なんです」Aパート
パーティーの最中ではあったが、四人はこっそりと会場を抜け出した。
「本当に川の向こうの公園で見たんだな?」
先頭に立って庭を歩き進みながら、前野は石田に向かって尋ねた。
「はい。その時はすぐに消えてしまいましたが」
「あそこは夜になると、結構暗いです」と二人の後ろから坂口が言った。
「あんた、そんなとこで何やってたのよ?」
訝しむように足立が強い口調で問い詰めると、石田は口ごもりながら立ち止まり、「……花見酒を」と小声で言った。
「花見酒?」足立は俯いた彼を覗き込むようにして、「誰と?」と尋ねた。
「一人ではいけませんか?」
顔を上げた石田は、足立の好戦的な態度へ挑むように睨みつけた。
「べ、別に?」と答えながら目を逸らした足立は、「どうせ一緒にお花見してくれる友達もいないんでしょうね」と余計な一言を添える。
「……あなたは、一体何なんですか!」
石田は足立に詰め寄ると、「何かにつけて僕に対しくどくどと不平を述べる。……何も知らないくせに。自分の行いは一切顧みず、人の表層だけを眺めて安直に結論を下す。あなたは実に浅はかな人間だ!」と早口に述べた。
「人の心の中に土足で踏み入るのは、もうやめて頂けませんか」
「…………」
驚き、怒り、恐怖、――そして悲しみ。足立の中には様々な感情が一度に溢れたものの、結局何も言い返すことができず、黙って俯いた。
「花見酒とはなんでしょうか?」
不穏な空気を意に介さず、坂口は疑問に思ったことを口にした。
「お前、そんなことも知らないのか」
前野は驚いたように答えると、「花見をする時に飲む酒のことだ」と説明した。「特にこの場合は、桜の花を眺めながら飲む酒のことを指すな」
「それは何のためにするんですか?」
「何のためって……」前野は呆れた表情を浮かべ、「そりゃ、花を眺めて飲む酒は粋なもんだろ」
「イキ、ですか?」
「あぁっ、もう!」
前野は苛ついたように頭を掻きむしり、「百聞は一見に如かずだ。このまま宇宙船探しを兼ねて花見酒を敢行するぞ!」と言い放つと、石田を指差し、「あんたは目撃者だ。ついて来い!」
「僕、お花見って初めてです!」
と、はしゃいだ様子の坂口だったが、隣では足立が俯いたまま、「私は行かないです……」と拗ねたように呟いている。
「嬢ちゃんだって見たいだろ?」
「嫌です!」と言い、足立は駄々をこねる。
「あの――」
そこへ石田が口を挟み、足立に声をかけた。
「先ほどは、僕も言葉が過ぎました。……申し訳ありません」
続いて彼は、ゆっくりと頭を下げている。
「俺は先に行くぞ」
前野は胸につけたコサージュを煩わしそうにむしり取ると、庭先に向かって乱暴に放り投げ、一人歩き出した。
「あ、待ってくださいよ」
コサージュをきちんとくずかごに捨てた坂口も、前野のあとを追って歩きだした。
しばらくして頭を上げた石田は、「迷惑なようですし、僕は帰りますのでどうぞ楽しんできてください」と言うと、強ばった笑みを浮かべた。
足立は、黙って立ちすくむ。
石田はそんな彼女の姿を見つめていたが、やがて一人で歩き出した。
「……私は、謝りませんから」
彼の背中に向け、足立がぽつりと呟いた。「だって、悪いのは私じゃないもん……」
「はい。それで良いです」
再び立ち止まった石田は振り向かずに答えたが、それを聞いた足立は彼に駆け寄り、「良くないですよ!」と返した。
「え?」
振り向くと、足立は少々言いにくそうに身体をもじもじさせながら、「最後まで、ちゃんと言い訳してくださいよ」と小声で言った。
「私に対して何も分かってないって言うのなら、分かるように説明してください」
「…………」
石田は、すっかり酔いの冷めた湿り気のある瞳を見つめ返した。
「見ず知らずの私を二度も助けてくれたあなたがストーカーみたいな真似をしていたのは、何か訳があるんじゃないかって。その……。頭ごなしに責めた私にも、少しは問題があると思います。少しだけ。だからその……行きましょう!」
「え、ちょっと――」戸惑う石田を無視しながら、彼女は腕を取って歩き始めた。




