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夜空に飛来する卵  作者: 扇谷 純
春の終わり
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第66話 「どこで目撃したんだ?」Cパート

 石田が現れたのは、開始時間の間際だった。


 ノーカラーの白いシャツにシンプルなジャケットを羽織っている。あちこち見回し、空きテーブルを探しているようだ。


「石田さん、こっちですよ」


 坂口が手を振って呼ぶと、それに気づいた石田は無表情のまま会釈し、彼らの座るテーブルに近づいてきた。


「こんばんわ!」と坂口が言うと、石田は気詰まりな様子で「……こんばんは」と挨拶を返した。


 石田以外の三人は、すでにテーブルを囲むような形で席に着いている。前野と足立の間に空いた席に石田が腰掛けると、足立はあからさまに嫌な顔を作り、椅子を少しだけ坂口の方に寄せた。


 石田は無言でその様子を眺めていたが、「あの――」と彼が口を開きかけたところで室内の照明が落ちた。


 遠く離れた壇上にスポットライトが当てられ、そこには贅肉をたっぷりとあしらった中年男が立っていた。


 悪目立ちする白いスーツに黒のシルクハット、にやけ面が張り付いたような肉の垂れた顔。その表情を眺めた前野の頭には、スターウォーズに登場するあの太ったナメクジが浮かんでいた。


 ――と、そこへ突然のドラムロール。


 男はシルクハットを頭から外し、中が空っぽであることを見せると、胸ポケットから取り出した赤いハンカチを上に被せた。続いて豪快なシンバルの音が鳴った瞬間に合わせハンカチをどかす。なんと、そこからは真っ白な鳩が飛び出した。


 周囲からは、当然のごとく拍手喝采が起こっている。


「なんなんだ、あの茶番は……」


「あれがオーナーですか?」


「大きな鳩ですねぇ」


 呆気にとられた表情で前野、足立、坂口は話している。


 その後、十分な仮眠が取れるほどに長い挨拶が続き、それが終わるとようやく各テーブルにグラスが配られた。乾杯嫌いの前野は、グラスをもらった瞬間からすでに口をつけている。


 オーナーの乾杯音頭と共に優雅なクラシック音楽の生演奏が始まると、ビュッフェカウンターに料理が並び始めた。以後は決まったプログラムもなく、各々が席を立って自由に会食を始めている。前野と足立は毎度のごとくハイペースでアルコールを飲み進み、石田は上品に料理を味わっていた。前方ではオーナーがマジックを披露しており、時おり大きな歓声が上がっている。


「異様な客層ですけど、あのオーナーが一番常人離れしてますね」と足立が言った。「私たちが見た《《アレ》》も、実はオーナーの所有物だったりして」


「まぁ、結局誰の仕業だったのか知らんが、おかげで執筆の役には立った」と前野が答えた。


「え?」足立が驚いたように目を見開き、「前野さんって、もしかして作家さんとかですか?」


「とか、ではない。作家だ。まぁ一応、秘密にしておいてくれると助かるがな」


「えぇ! すごっ! どんな本書いてるんですか?」


「いわゆる、SF小説だな」前野は少々気恥ずかしそうに答えた。「ちなみにペンネームを使っているから、前野という名では出版していない。『榎本えす』という名で――」


「榎本えす!?」と、前野の言葉を遮るように坂口が大声を出した。


 周囲の人間が束の間彼らを注視したが、すぐにオーナーが次のマジックを始め、視線は通り過ぎるように去っていく。


「どうして教えてくれなかったんですか!」


「作家の顔なんてものは、知らない方が先入観なく作品に入り込めるもんだろ」


「そんなっ! 僕は今までの作品について、色々と聞きたいことがあったんです」


「あぁ。分かった分かった。とりあえず、声のトーンをもう少し抑えろ」前野はオーナーの方を指差し、「これ以上喧しくすると、<ジャバ・ザ・ハット>のお怒りを買うぞ」


「ジャバ・ザ・ハット?」


「なんだ、スターウォーズ観てないのか?」


「観たことあります」


「だったら分かるだろ。あのでかい図体をした奴で、ハン・ソロを――」


 すっかり会話から取り残された足立は、気まずい雰囲気の中で酒を煽っていた。


「まさか同じ階に作家さんが住んでいたとは、驚きですね」


 石田はなるべく愛想よく話しかけたつもりだったが、彼に虚ろな目を向けた足立は、「気安く話しかけないでください」


「え?」


 動揺した表情を浮かべたまま、石田が彼女の顔を見つめていると、「聞こえなかったんですか?」と足立は顔を寄せて睨みつけ、「気安く話しかけないでください。――あなたのことは嫌いです」


「…………」


 酒臭い吐息に一瞬顔をしかめつつ、「どういうことでしょうか?」と石田は落ち着いた調子で尋ねた。


 足立は何も答えずにグラスを空けると、ボーイを呼んで新しいものと交換している。


「あの、聞いていますか?」


「聞いてますよ!」足立はグラスを持ったまま怒鳴ると、「だって、あなたって粘着質そうなんですもん」と言い放ち、また酒をガブガブと煽り始めている。


「女性へのアプローチもしつこそうだし、どうせ元カノの思い出とかいつまでも引きずったりしてるタイプでしょ? そういうところが生理的に無理っていうか」


「あなた、何を言って――」


「リナちゃんの元彼なんですってね?」

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