巣立ち。
「まだ目覚めぬのか…。いつまで惚けてるつもりだ…?」
何者かの声がする。
しかし俺は意識が朦朧としているためか、声の主が特定できない。
「すでに大いなる時が流れたというのに、すでに欠けているパズルのピースは半分以上与えられたというのに、まだ気付かんのか。気付かぬ方が良いとも思うが。」
お前は、誰だ…!?
というかここは、どこなんだ…!?
「私は私だよ。お前が、私が何者であるか気付かぬ限り私の正体はおろか姿さえ見えまい。それに私は自らお前に名乗るつもりはないのだ。いつの世も答えは自分で導くもの、そうだろう?」
ようやく意識がはっきりしてくる。
視界も通常通りに戻る。
そこで見えたものは、ただの真っ白い果てのない空間だった。
ここは…?
「わかっているだろう。ここはお前の深層心理の更に奥の領域、虚無の心だ。一度来たことがあるはずだ。」
夢魔貴文の時か…?
「その通り。通常、まず使われることのない領域なのだ。だから何者からの影響も受けずこうやって虚無を保っている。いざとなれば使う時もくるだろうがな。」
ではなぜこんなところに俺がいてお前がいるんだ?
「ここが都合良かったから、か。恐らくそれ以外の理由が思いつかない。」
恐らく、だと?
何故そのような言い方をするんだ。
お前が俺をここに連れてきたんじゃないのかよっ!
許容範囲を超えて話が進んでいるためか、語尾が少し荒くなる。
「私も他の何かに連れて来られた身だ。仕方なかろう?だが安心しろ、お前の本体が目を覚ましさえすれば私たちは二人ともここから出られる。」
どうしてそんなことがわかるんだよ。
「今は教えられない。」
じゃあもういいよ、さっさとここから出ようぜ。
「言ったろう、本体が目を覚ませば、と。」
待ってくれ。
俺の本体、ってどういうことだよ。
しかも目を覚ませば、って。
「言葉通りの意味だ。」
理解が追いつかない。
言葉通りと言われたところで理解できるはずもない。
「あと1日と少し、か。それまでに目覚めるといいがな。起きられねば其れ相応に対価が支払われる。」
誰かと話しているはずなのに、その相手が見えないのは違和感が尋常じゃない。
「そろそろお暇しなければならなくなった。せいぜい行く先々で死なぬことだな。まぁ、死んだところで何ら変わりはしないがな…。」
あ、おい、ちょっとっ!
まだ話は終わってねぇぞっ!
しかし俺の呼び止めも虚しく、それきり謎の声が返ってくることも、その気配すらなくなった。
と、不意に抗い様のない浮遊感が俺の全身を覆った。
まるでロキと変移した時のような感覚だ。
そこで俺の意識はこの世界から剥離させられた。
目を開けると、そこには見覚えのある天井があった。
何だか俺の部屋みたいな扱いになってる気がする。
身体を動かそうとしても何かに固定されていて動かせない。
例のごとく拘束済みのようだ。
そんな状況よりも気になるのがさっき見た、夢っぽいものだ。
「ぃ、げほげほ、ごほっ!」
不意に声を出そうとしたからか、咳が出た。
同時に口の中に鉄のような風味が広がる。
どうやら血が混じっているようだ。
「な、がはっげふっ!」
どう声を出そうとしても咳が出る。
そして咳と共に口の中の鉄のような風味が広がっていく。
今この状況ではどうあっても声は出せないらしい、と俺はそう判断した。
「…ぁ!」
そんな俺に更に襲いかかるものがあった。
腹部の強烈な痛みだ。
黙って、じっと、痛みの波がひくのを耐えて待った。
今の俺の顔は相当ひどい顔だろう。
やがて痛みはひいていき、それと入れ違いに部屋に誰かが入ってきた。
「やっと起きたのか、このグズが。」
この口の悪さは佐々木さんだろう。
「一月半も眠っているとかどれだけ優雅なんだよお前は。」
そんなに眠ってましたか私。
自分では寝ていた時間なんて自覚できないものなんだな…。
「起きたことをみんなに伝えて来なければ。」
そう言って部屋を出ていく佐々木さん。
そういえばロキはどこへ行ったのだろうか。
目を覚ましてからの時間は短いとはいうものの、出てこないのはおかしい気がする。
どこぞへ隠れているのだろうか。
気まぐれなあいつの事だ、きっとそうに違いない。
飽きたら出てくるだろう。
油断していたらまた痛みが襲ってきた。
今度の痛みは先ほどよりもひどく、じっと耐えるのも難しいくらいだった。
耐えているうちにいつの間にか意識を失ってしまったようだ。
「おい、起きろ寝坊助グズ太郎。」
頬に軽い刺激が何度も走る。
その刺激が徐々に痛く強くなっていく。
「ぃげほげほっ!がはっ!」
痛い、と言いたかったのだが咳が出た。
勢いで吐血した。
噴水のように血が口から飛び上がり、それがそのまま降ってきて俺の顔面にかかった。
「うわ、きたねっ!」
「その起こし方はどうかと思いますが…。まぁ結果オーライという事にしましょう。」
「うわぁ、ホントに起きたんですね〜。」
「Me,too.私もその起こし方には問題があると思いますが。」
どうやらこの場には佐々木さんの他に春日井さんや富士さん、田中さんまでいるようだ。
というか顔を拭きたい。
顔を拭いてくれなくてもいいからこの拘束を解いて欲しい。
この人たちを見てたらさっきの夢すらもどうでも良くなってきた。
だけど何もなかったという風にそのまま放置というわけにもいかない。
この人たちに話しはしないがそれでも俺の心には留めておく事にする。
「とにかく、オーディン戦お疲れ様でした実親くん。」
オーディン戦…?
あぁそんなことがあって今俺は寝込んでいるのか。
いや待てよ、俺はあの時、寝込むようなダメージを負ったか?
そもそも怪我なぞしたのか?
記憶が曖昧で思い出すことができない。
考えれば考えるほどわからなくなる。
「田中さん、今はその話はやめておきましょう〜。」
「あ、あぁ、そうですね。」
「脊椎をやられてなくてホント良かったぜ…。」
「そこがやられていたらもう目を覚ますことはなかったでしょうしね。目を覚ましても身体に麻痺が残ることになっていたやもしれません。」
こいつらは一体なんの話をしているんだ。
脊椎をやられてなくて良かっただと…?
俺の見舞いにきて俺じゃない奴の話をしているのか…?
「By the way,話は変わりますが、あなた達には実親くんが回復次第この街を離れて頂きます。」
「どういうことだ。」
「いや、別にここから追い出すとかそういった類のニュアンスではありませんよもちろん。ただ、先日の悪魔やら天使やらの襲撃で國同士の関係が今までのままではダメだと強固になったのにも関わらず、何の音沙汰も示さない國があるのです。」
「その國に行ってくれということですね〜?」
「いえ、その國、つまり中央管理國にはもう調査係を派遣しています。あのコスプレグループの三人です。それとは別に、同盟の成立した國で情報を共有しようということで話が決まっているのです。」
あー、またややこしい話の流れになってきたなぁ。
もう別にいいけどさ。
「メールとか電話でいいんじゃねぇのか。」
「それらには危うい点もある。電話であれば盗聴の可能性が、メールの場合では内容の傍受及びすり替えをされる可能性がおおいにあるのです。花田くんたち作戦室メンバーにそのようなことはまずないとは思いますがこれも万が一のため。人伝で連絡を取り合う形を取ることになったのです。」
「次にいつ襲いかかってくるかもわからないのにそんなに悠長にしてていいんですか〜?それにその方法なら道程で使者が殺されていつになっても連絡が来ない、という事態になりかねませんよ〜?」
いつもながらこういう時の春日井さんは痛い所をついてくる。
「そうです、だからあなた方の力を見込んでその使者の役目を担ってもらおうということになったのですよ。」
「途、中で、その書類を、奪われ、る可能、性が、捨てき、れないで、すよ…げほっごほっ。」
咳が出そうになるのを無理やり抑えて発言する。
最終的には結局咳が出てしまったが。
おかげで途切れ途切れになって聞き取りづらくなってしまったが、そこは向こうの理解力に期待しよう。
「紙媒体を使うなどといつ言いましたか。あなた方は奪われる心配など何もしなくてもいいんですよ。手ぶらで行くも同然なんですから。心配をするというなら自分が殺されないかの方にしてください。それこそ何時迄も連絡が来ないという事態になりますからね。」
どうやら伝わったようだ。
でも手ぶらで行くというのなら。
「手ぶらで行くってことは情報を与えようがないだろうが。」
俺の心を代弁するかのように佐々木さんが聞いてくれた。
咳を抑えながら喋るのは考えるほど楽じゃないのだ。
「その内容はこれからあなた方の頭の中にインプットするだけなのですよ。ですからあなた方が現地に辿り着かない事がない限り情報は回りますよ。」
「っ!」
どういうことだろう。
俺が寝ている間に頭の中をいじられた、ということなのだろうか。
頭の中をいじるという行為など、あの佐々木さんが許すとも思えないが。
「心配しないでください。何もあなた方の記憶をいじったりしたというわけではありませんよ。あくまで國同士が欲しているのは先日の闘いの情報。それ以外は聞かれても言う必要はありませんよ。」
だったらなおさら富士さんや田中さんの闘いのことも知っておかなければならない。
この角度では彼らの姿は見えないけどここにいるということは闘いに勝ったということだろう。
つまり、敵の情報などを持ち帰っているのは必然。
まさか言伝なんてことはあるまい。
「そのために私たちと一度、記憶の同期をしてもらわなければなりません。同期という方法をもって記憶情報の欠落は阻止できる。それらが個人の主観であるという点は排除できませんが。」
「記憶の同期、ってさっきコスプレグループはもうこの地を発ったって言いましたよ〜?彼らの分はどうするつもりなんですか〜?」
「心配ないよ。私たちにはすでに同期してあるから。」
富士さんが発言するのは久しぶりな気がする。
「だからと言ってよ、記憶には時間と共に欠落していく機能があるんだぜ。もしあたしらが同期してここを出発したとしても、向こうに着くまでに所々忘れている可能性が十分に考えられる。その辺はどうすんだ。」
「…。」
田中さんは少し考える動作をしてから確信をもってこう言った。
「忘れてたら忘れてた、ですよ。」
それから俺は一週間ベッドに縛り付けられながら傷の回復を待った。
あれから部屋に来たのは看護師さんだけだった。
今は普通に話せる。
その一週間の間に何度も敵の襲撃があったみたいだが、その度に富士さんと田中さんで撃退していたみたいだ。
あの時の闘いほどの強敵は今のところ現れていないらしい。
俺がベッドの拘束から解放されてから初めて田中さんを見た時は驚いた。
みんな無事だと思っていたのに彼の腕の片方が失くなっていたのだ。
彼曰く「片腕だけでもやっていけますから心配には及びませんよ。」とのこと。
そのうち義手でもつけるつもりなんだとか。
というわけで俺たちは土の國を発つことになった。
ベッドから立ち上がってリハビリもないまま、二日目で移動である。
歩く感覚を思い出すのに少し時間がかかってしまった。
記憶の同期に関しては、何か変な機械に繋がれて一瞬で終わったからあまり実感がわかなかった。
なんだかんだの成り行きで今、必要なものだけを詰めて、初めてこの街に来た時の入り口とは反対側の門に立っている。
「気を付けて。」
「Be carefully.」
「もうキャラ造りとかいいですよ田中さん。」
お見送りに来てくれたのはこの人と富士さんだけだった。
別にいいとは言ったのだが本人がどうしてもと言って聞かなかった。
富士さんは田中さんに無理矢理連れて来られたようだ。
今まで行く先々で一緒だった富士さんとはここでお別れで、ここから先は本当に俺たち三人の冒険となる。
「わかっていますね、次の目的地。」
「わぁってるっての。えーと、どこだっけミツキ。」
「先ずは風の國でしょ〜。」
そう、先ずはここから近く(であろう)、俺たちにとっても行きやすい(であろう)風の國から行くことになった。
位置も行き方も曖昧で、ほとんど手探り状態で行かなければないのは言うまでもない。
行き当たりばったりの旅になりそうである。
「どうやって行くかは君たちの記憶に植え付けてあるから心配しなくてもいいですよ。私はいろんな國を回って来ましたからね。」
「「「「…っ!」」」」
ここへ来て衝撃の事実発覚である。
「行って来まーす。」
「気を付けてね。」
歩き出したはいいが道がわからない。
記憶の同期。
それ自体の聞こえはいいが、問題点の方が多かったりする。
この道知ってるぞ、というもの。
つまりそれに頼りきりにしてしまっていては道に迷うだけになるという最悪な事態になりかねないわけだ。
でも知っているのと知らないのとでは大きく違うこともまた事実。
ほどほどに頼るくらいにしておかなければ。
「それにしても木ばっかりですね〜。反対側はそうでもなかったのに〜。」
「それは違うだろ。こいつが燃やしたからなくなっただけだ。」
「指をさすな指を!」
「うるせぇ、女の子同士の会話に男が入ってくるな。」
とまぁ、グループ内での扱いは相変わらず最悪なわけですが。
てか女の子って自分で言いますかいなフツー…。
せめてその口の悪さを改善してから言って欲しいものですがね。
はてさてそれにしてもこれから何が起こるのでしょうかね。
未来のことは誰にもわからないとはホントその通りだと思う。
「この道、どっちですかね〜?」
しばらく歩いているうちにどうやら分かれ道に出くわしたようだ。
背後にはもう土の國の門の面影も見えない。
森の中にまるで獣道のようにのびていた道がここにきて綺麗に二手に分かたれている。
さてどちらへ行ったものだか、と記憶を探るが答えは出てこない。
そこで俺はふと、あの時の言葉を思い出す。
【いつの世も答えは自分で見つけ出すものだろう。】
「どっち行っても同じな気がするが。」
「右に行こう右に。」
俺は目の前でどちらに行くべきか談義している彼女たちの背中に言葉を投げかける。
彼女たちはこちらへ振り返って言う。
「なんで右なんだ。」
「そうですよ、どうして右なんですか〜?」
そうだ、何故右なのだろうか。
正直なところ、理由はなかった。
口をついて出た言葉に違いない。
「あえて言おう、勘であると。」
自信満々そうに胸を張って言ってやった。
「あたしは左がいいと思うんだが。」
「え〜、右ですよ〜。」
「ってオイ、無視かいっ!」
危うくずっこけるところだったじゃないか!
「よし、ジャンケンで決めよう。勝った方に行くってことで。」
「わかりました〜っ!負けませんよ〜っ!」
俺の存在すら無視ですか貴女方はっ!
俺のことなど、そこにいないかのような扱いで楽しそうにジャンケンを始める二人。
これから先ずっとこんな扱いが続くのかと思うと鬱になりそうだ。
何度かあいこが続いているのか、一試合にしては長い気がする。
「よし、勝ちました〜っ!」
跳び上がって喜びを体で表現する春日井さん。
一分くらい待っただろうか。
やっと決着がついたようだ。
「クソ、あそこで拳を出していれば…ぶつぶつ…。」
なんだか物騒な単語が聞こえた気がするが俺はそれがジャンケンだと信じることにする。
ジャンケンで拳を出すと言えばグーのことだろうきっとそうに違いないそうであって欲しい。
「こっちですよみんな〜。」
楽しそうに俺たちを先導して行こうとする春日井さん。
こうやって見ていれば可愛いことには変わりないのだが、何せ状況が状況である。
色恋沙汰になど転がるはずもない。
「おい、なにボーッとミツキ見てんだ眼つきが嫌らしいぞ。早く行くぞ。」
一言多いのは今に始まった事ではないけど、やっぱり不意に言われると胸にぐさっとくるね。
この人も素材はいいとは思うんだがねぇ。
ずんずんと森の中の一本道を進んでいると急に視界が開けた。
太陽の光が眩しい。
思わず目を伏せた。
「チィ、敵襲か…!」
え、マジですか?
周囲に木々はなかったはずだ。
なら見落とすはずがない。
そういえば俺たちが土の國を出たのはいつだった?
夜じゃなかったか?
なら目の前のこの明るさは異常、ということにならないか。
相手の姿を視認したいのに眩しくて目を開けられない。
「フォフォフォ、人間とは実に不便なものよ。」
森の中で急襲を受けなかったのが幸いだと思ってはいたが、開けた所でこいつと出くわしても最悪である。
姿を見ることすら叶わない強烈な光。
一体何が起こっているのだろうか。
いや、何をされているのだろうか。
幻術の類かそれとも本当に目も当てられないような強烈な光を放っているのか。
とにかく相手の姿を確認しないことには対策は愚か戦闘すらまともに行えない。
嬲り殺しにされるだけだ。
どうする、どうしたらいい…!




