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振り向けば、そこに探偵事務所  作者: 大本営
File No.002 学園内政治力学
38/41

28話 疾走

 ◇真壁 


 ――会議再開まで、残り二十五分――


 会談を無事終え、マルコは上機嫌で貴賓室を退出していった。

 本当はもう少し酒を楽しみたかったのかもしれないが、一刻も早く同僚達の賛同を得なければならないのだ。あの食えないメタボ気味のスキンヘッドが事態の変化をどこまで織り込んでいたかは知らないが、会議再開まで時間的余裕が無いのだけは確かだ。そのことを理解しているとは思うのだが、少し浮ついている様に見えた。地に足が付いていないというべきかもしれない。

 先程は多少空気が凍りつくような場面はあったが、結果から見れば上々だろう。俺達はマルコから協力を取り付け、マルコはギルドのバックアップを得られる。仮に事がならずとも、マルコ自身はギルドの名誉会員証を得られる。どう転んでも損はないのだ、機嫌が悪くなりようがない。

 売り言葉に買い言葉。

 挑発に乗ってギルドの名誉会員証を賭けてきた馬鹿――俺の事だが――その動機が女ときた。ユースティアの内面は兎も角、外見だけ見たら文句なく極上の女だ。そのことも(ユースティア)が動機だと語る言葉に真実味が増したのだろう、マルコは俺の言葉を疑わなかった。

 気っ風は良いが底の浅い男だ、とでも侮っているだろう。


 真実の言葉は信用を得やすい。


 三日間かけて高められてきた警戒心や緊張感が、ギルドとの取引成立、名誉会員証取得の可能性、そして俺への侮りで一時緩んだとしたら。奴が俺をどのように認識しようが知った事ではないが、一度緩んだ警戒心や緊張感が簡単に戻るとは思えない。


「ブルータス、奴はどの程度やれると思う」

「率直なところ過度な期待は危険かもしれません。あの会議の手綱を握ってはいたのは間違いなくマルコ教授ですが、役柄が変わればどう転ぶか知れたものではありません。増してあのように浮つかれては」


 流石はブルータス。

 ギルドマスターであるグレッグをして、『なにかと重宝する男だが、油断しているといきなり牙をむく』と言わせるだけの男だ。名誉会員証を賭けの対象にされて足元をすくわれたかに見えて、中々どうして強靭な足腰。想定外な展開にも判断能力に狂いが生じていない。


「会議における実質的主導権を握りながら今まで動かなかった理由が、奴が語ったようにユースティアに対する個人的感情だけとは限るまい。勿論、それも大きかったのだろうが、ギルドが乗り出してくるタイミングを待っていたような気がしてな」


 二段構えで事に臨んでいた可能性は十分に有り得る。

 あのような大芝居を企んだ人物だ。腹の底でなにを企んでいるか知れたものではない。

 可能性の話でいえば、俺達との密約を反故にしてユースティアとシンイチ研を潰しに来る可能性も存在する。それほど腹に据えかねていたとは思えないが、俺は学園内の世情に疎いのだ。どのような想いが錯綜しているのか知り様がない。

 もっとも、密約を反故にさせないため名誉会員章を餌にしたのだが。あの浮つきよう。少々餌が大き過ぎたのかもしれない。

 まあいいだろう。

 別方向に切り替えただけで利益を上げる展開は、正直なところ面白くなかった。学者先生に、世の中の厳しさを教えてやるのも悪くない。いや、悪くないどころか、実に俺好みだ。

 話が違う?

 そんな事はない。相手がミスをしやすいように誘導しただけで、実際にミスをするかはマルコ次第。交渉事や駆け引きとはそんなものだ。


「マルコ教授が、労少なく利益を得るような事態を避けたいのは分かります。ですが、本当にしくじったらどうする気ですか」 

「おいおい、ブルータス。お前、自分でも信じていない事を人に問いかけるか? 大丈夫だ、奴はしくじるまではドジを踏まない。ただ、他の教授達の支持が奴の考えているようには伸びない可能性があるだけさ」


 ソファーにどっかり腰をかけると、胸ポケットに入れている煙草を取り出し、口に加える。口には加えるが火を付けず、煙草を上下に動かしながらブルータスの問いに応える。その間も、ブルータスは壁に掛けられた時計に何度も視線を送り、残り時間を確認している。

 会議再開まで、残り二十四分か。

 ブルータスでさえ、残り時間のなさに落ち着きをなくし始めている。ブルータスでこれなのだ、他の奴らの焦れる様が手に取るように分かる。それはマルコとて同じ事だろう。


「真壁氏は随分落ち着いていますね。分かっていると思いますが、既に我々は裏工作可能な時間をかなり消費しているのですよ」

「そう突っかかるな。ゲームはいよいよ終盤戦だが、これからどう動くかが重要なのだ。ここは冷静に次の手を指さなければいけないぞ」

「消費されている時間こそ味方だ、とでも言いたそうですな」

「事に臨むに三つの難きあり、という奴だよ」

「はっ?」

「故郷の故事だよ」

「はぁ、これだから来訪者の方は。いいですか、私の知らない言葉で説明されても困ります」


 非難の声に肩をすくめて詫びる。事に臨むに三つの難きありとは、状況を知り、情報を元に状況を読み解き、決断を下す。という故事だ。

 自分の頭の中で自己完結してしまい、ブルータスへの事情説明をショートカットしてしまった。

 俺も残り時間の少なさに焦り始めてきたか?


「悪かった、順追って俺の読みを説明しよう。一時間という持ち時間を消費していく事により、ゲームの参加者達は徐々に冷静さを無くしていくものだ。先にゴールを決めれば時間制限など無意味なのだが、今回のケースに限って言えばそれはない。ゴールを決める事が可能な人物はユースティア以外では俺だけだ。その事を知らない奴らは無意味に時間を浪費するしかない。慌てふためくと分かっているなら、奴らを買収するのは後半戦の方が有利だとは思えないか?」


 予想外の答えにブルータスはあっけに取られる。

 無理もない。会議室に籠っていては、俺とユースティアとの間で交わされた会話の内容までは知り得ないのだ。

 彼女が、是が非でも俺と一緒にネミ湖に行きたがっていたという事実。

 この事実こそが唯一にして最大の武器。

 今回に限って言えば、例え身内の人間であってもユースティアを説得出来ないだろう。僅か五日間ではあったが、彼女と同じ屋根の下で介護を受けていた俺には分かる。一度決めたら頑として譲らない。ユースティアとは、そういうタイプの女性なのだ。


「ユースティアとシンイチ研のことは俺に任せておけ。ブルータスは教師陣の根回しを頼む」

「そこまで言われては大丈夫なのですかとは言えませんね。分かりました、お任せしましょう」

 納得したようだが、勿体つけたかのように間を置いたのち言葉を続ける。

「ただ、根本的な問題が一つ」

「なんだ? 言ってもみろ」

「短時間で買収するとなると、些か先立つものに問題が……」


 ウーヌスの政治と同じでドォオにおいても、最後にものを言うのは実弾(現金)ということか。

 俺は懐を探ると、麻人の授業料支払いのために用意していた財布を机に置く。ズシッという重みのある金属音が財布の重さを物語る。


「ガデス王国銀貨が百枚入っている。これで足りるか?」

 足りるも何も一般的な家庭の年収十年分だ。駄目押しの数合わせには充分過ぎる額だろう。

「充分です。正直いえば、それほどまで彼女(ユースティア)に入れ込むのは意外です。まあ確かにこの上のない美人ですが、少々性格に難があると思いますがね」

「イイ女には金と手間が掛かるものさ」

「でしょうが……」

「俺はこれぞと決めた女には金と手間を惜しまない主義だ」


 マルコと違い俺の心底を若干疑っているようだ。人の言動を簡単に信用しない慎重さは流石だが、この件については的外れな見解だった。

 偉そうなことを言っているが、アリアの終業式に出席しなかったじゃないか?

 そんな過去の話は忘れた。

 俺は現在を生きているのだ。


「いいでしょう。これ以上、この件を追求致しません。確かにユースティアさんは極上の女性ですから、分からない話でもないです。それはそれとして、都合よくこのような大金を持っていたものですね」


 大方、資金の貸し付けで、俺に貸しでも作らせたかったのだろう。思惑が外れて口調にいつもの鋭さがない。それでも嫌らしく金の出何処に探りを入れてきた。

 嫌っぽく口は動かしつつも、袋に詰められた銀貨を数える手は休めない。その態度は立派だと言えよう。袋の重さで大よその額は察しているだろうが、資金の効果的な運用には正確な金額を把握する必要がある。人様の金だからと考えて、変に大雑把な行動を取らないあたりはむしろ好感を持てる。横領や着服のようなケチな真似はするまい。


「万が一の事態に備えて、少しばかり多めに持っていたのだが幸いしたようだな」


 少しばかりなどでは効かない額だがな。

 自分でも、やり過ぎな気がしないでもないが、ドォオには銀行振り込みというシステムが存在しない。大金を持ち歩くのは不用心かもしれないが、大は小を兼ねるとも言う。多いに越した事はないだろう。そのような事情もあり、エレン魔法士学園における十年分の授業料を一括で用意して来た。


「やれやれ、どんな事態を想像したのやら。なによりこの金額が少しばかりとは。一般的な家庭の年収十年分の額ですよ」

 ウーヌスの価値にしておよそ三千万から五千万円。少しばかりというには、控え目すぎる額だ。

「麻人の授業料だよ。万が一、金額が不足して退学にでもなったら堪らないからな」

 探られても痛くない腹だ。すんなり理由と資金の出何処を教えてやった。

 その程度の、深い意味など無い話だったのだが、ガデス王国銀貨を数えるブルータスの手が一瞬止まる。

「どうかしたか?」

「……いえ」

 ブルータスにしては歯切れが悪い返事だ。ガデス王国銀貨を数える手の動きが、少し慎重になったような気がしないでもない。

 俺はなにか重要な事を言ったのだろうか?

「真壁氏。御預かりしました麻人君の授業料に付きましては、私、()()()()()が責任を持って学園に御支払い致します」

「あっ、ああ。宜しく頼む」


 ギルドと言わず、敢えてブルータスと宣言した点に違和感を覚える。 

 気のせいだろうか、いつにも増してブルータスが真剣になっているように思えるのは。妙な使命感や責任感を背負わせたような気がしないでもない。思わぬ態度の変化について追及すべきかもしれないが、悪い方向に変わったわけではないのだ。あえて下手なことを聞くまい。なにより、いまはユースティアを優先すべきだ。


 実弾(現金)の運用をブルータスに一任すると、俺はユースティアを探すべく貴賓室を後にした。



 ◇



 ―会議再開まで、残り二十二分――


 貴賓室を後にすると、階段を降り事務室の前を通る。勤務時間はとっくに過ぎており、職員達は既に帰宅していた。先日、麻人の授業料に関する確認で世話になった、ルチアと名乗る女性職員の姿もない。

『困ったことがあったら何でも力になります』とか言っていたが、帰宅したのなら仕方ない。ユースティアの居場所を知っているとまでは期待していない。参考意見程度に当てにしていたのだがな。

 啖呵を切った割には弱気じゃないか、と思うかもしれない。

 そう言ってくれるな。俺自身、ユースティアの行動パターンを把握し切れていないのだ。

 弱気にもなる。


 廊下の窓から時計塔が視認できる。

 会議再開まで残り二十二分、か。

 偉そうに宣言したはいいが、ユースティアと出会えなかったという展開は笑えない。時間の浪費によるリスクは、当然ながら俺にもある。それを忘れてはいないつもりだったが、前もって会う約束をしていなかったのは失敗だった。


 行動が行きあたりばったり過ぎる?

 弁解の余地がない。


 まったく、猫の手でも借りたい状況だよ。

 いや、麻人なら猫より遥かにマシか。あいつの存在をすっかり忘れていたよ。

 腰のベルトにフックで取り付けた業務用無線機を手に取る。さて、麻人を呼び出すとしよう。俺一人で調査しろという指示を無視する事になるが、今回は来訪者絡みの案件ではない。誰を利用しようとも、後ろ指を指される云われなどない。


 詭弁と非難されるかもしれないが、知った事か。


 この無線機の性能なら、館内に居ようとも学園内ならどこでも受信できる。

 無線機の脇に設置された送信ボタンであるPTTを押す。無線機上部に取り付けられたLEDが赤に切り替わり、送信が開始された事が分かる。


「こちら真壁。麻人、聞こえたら応答しろ。どうぞ」


 携帯が使用可能なら簡単に通話が行えるだろう。が、生憎とドォオには携帯用の電波塔が存在しない。携帯は便利かもしれないが万能ではなく、インフラの整備が欠かせない。なにより送信される電波強度は弱く、通信が成立しない環境は意外に多い。

 それに比べ無線機は電波強度も強く、送受信を行う二台だけあれば通信網を確立できる。比較的安価に素早く信頼性の高い通信網を整えられるので、案外重宝する存在なのだ。嘘だと思うならビルの工事現場や巨大プラントに行ってみれば良い。無線機が活躍している姿を確認出来る筈だ。

 また探偵事務所の入居するビルの最上階には、中継用のアンテナが設置されている。無線機より送信された電波が中継用のアンテナを介することで、学園都市エレン全域をカバーできる。通常であれば都市全域をカバーするなど不可能なのだが、ドォオにおいては妨害波となる電波が一切送信されておらず、障害物となる建造物の高さが極端に低い点も幸いした。


 勝手に電波を送信するなど、電波法に触れるのではないか?

 おいおい、ドォオには電波法など存在しないのだ。とやかく言われる筋合いはない。

 ビルの最上階にアンテナを勝手に設置して電波を送信しているのだから、ウーヌスの法律には違反している?

 言いがかりは止してくれ。

 当事務所はウーヌスにおいて、正式にアマチュア無線技能士の資格を取得した上でアンテナを設置している。つまり、俺の行為は完全に合法なのだ。



 おっと、話が逸れてしまったな。

 麻人から返信は未だない。


 無線機の欠点を上げるとしたら、受信相手から返信がないと通信が成立しているか判断できない点にある。つまり、一定間隔で呼び続けるしか手がないのだ。その辺は一度タクシーに搭乗したなら見覚えがあるだろう。

 そう、あれだ。


「こちら真壁。麻人、聞こえたら応答しろ。どうぞ」


 まだか、まだ返信が来ないか。


「こちら真壁。麻人、聞こえたら応答しろ。どうぞ」


 流石に焦りはじめたとき、無線機上部に取り付けられたLEDが赤から緑に切り替わる。前面パネルに取り付けられた橙色のLCD画面に、麻人の文字が表示された。

 麻人からの返信を受信したのだ。


『こちら麻人。真壁さん、どうかしましたか? どうぞ』


「こちら真壁。ユースティアを探している。悪いが手を貸してくれ、どうぞ」


『――――こちら麻人。ユースティアさんなら目の前にいますが。どうぞ』


 はっ?

 予想外の返答に、思わず声が出ない。


「こちら麻人。繰り返しますが、ユースティアさんなら目の前にいます。どうぞ」


「こちら真壁。今どこにいる。どうぞ」


『こちら麻人。食堂で二人して美味しくない黒パンを食べていますが。どうぞ』


「こちら真壁。了解した。今から向かうからユースティアには、その場に留まるように言ってくれないか。どうぞ」


『こちら麻人。ユースティアさんは承知してくれました。ただ、よく分かりませんが機嫌は悪そうですよ。どうぞ』


「こちら真壁。お前が気にするような事じゃない。以上、通信終わり」



 ◇



 ―会議再開まで、残り十九分――




 事務室や貴賓室がある職員塔から、食堂のある棟まで走るしかない。

 その距離、およそ二キロ半。

 ゆっくり歩けば――一般的な日本人の歩行速度五キロと計算して――三十分の距離だが、悠長にしている暇などない。残り時間から勘案して、最低二分で到着しなければならない。

 身体強化の魔術により身体能力限界まで引き上げれば、時速五十キロまで可能だ――因みにオリンピック金メダリスト、ウサイン・ボルト選手が時速四十四キロだ―――更に急加速の魔術を断続的に使用してブーストをかければ速力を四倍の時速二百キロまでいける。上手くすれば一分、悪くても二分で辿りつける筈だ。

 体にかかる負担を完全に無視することになるが、気にしてはいられない。

 無茶だろうがなんだろうが、やるしかないのだ。

 予想される強烈な風圧に備え、懐からゴーグルを取り出す。

 ゴーグル装着するとエルヴィン・ロンメルになったような気分になるのは、ここだけの話だ。ロンメルが装着していたのは「Anti-Gas Eye Shield Mk.II」と称される、柔らかな合成樹脂製の対毒ガス用ゴーグルらしい。何度か入手を試みたが半世紀以上も前の軍用品という事もあり、未だ入手していない。

 女性にはこの拘りを分かってもらえないらしく、アリアには子供っぽいところがあるのですね、と笑われたよ。



 身体強化。

 踏み出した最初の一歩で砂埃が舞い上がる。

 急加速。

 ブーストをかけた瞬間、窓ガラスが激しく揺れ、脇に設置されていた花壇の花が舞い散る。花壇の手入れをしていた生徒には悪いと思うが、今は気にしている暇はない。

 スポーツカーがサーキット場を疾走するような勢いで学園内を駆ける。

 足元は石畳という最悪のコンディション。

 むき出しの地面と違い、地面が抉れることはないが、膝と足首にかかる負担は最悪だ。アスファルトのコースと違い、石畳は凹凸がある。そのような悪条件を愛車パガーニ・ゾンダ C12S7.3顔負けの速度で駆け抜けるのだ。本来、ただでは済まない。

 僅か百メートル駆けたところで足に異常が発生する。 

 足を捻ったか?

 直後、自動回復魔法が発動して治癒していく。

 更に百メートル駆けたところで……


 負傷、治癒、負傷のサイクル。


 


 職員塔からオープンテラスが設置されている食堂までは、生憎と一直線でない。最短路を選択するには、五百メートルほど駆けたところで九十度方向転換して、狭い路地に入らなければならない。

 時間の都合上減速などせず、ドリフトの応用で路面を滑るように九十度方向転換する。余りに強引な方向転換のため壁に衝突しそうになるが、即座に転移の魔術を唱えて緊急回避する。

 食堂や路地の出口まで転移すれば早いのだが、間の悪い事に正確な座標を把握していない。失敗したら「壁の中にいる」ということが発生しかねない。この状況で使いこなせるのは、視覚の範囲内で行われた移動だったからに過ぎない。

 一歩間違えば即死しかねない、危険な一時凌ぎ。

 転移終了後、ブーストが切れ急減速する。

 直ぐに急加速の魔術をかけ直す。


 ブーストON、ブーストOFF、ブーストON。


 急減速と急加速の繰り返しに思わず吐きそうになる。

 路面を滑っているため靴底が削れていく。

 某国の自動車番組差ながらの走行だ。

 狭い路地を三百メートルほど疾走すると演習場のある大通りに出た。演習場を左手に見ながら、大きく左に曲がるカーブ道路を走る車のように方向転換して、オープンテラスに繋がる最短路となる中庭に出る。

 昼に中庭を通った時は休憩を楽しむ学生が結構いたが、暗くなっている今は人影がまばらだ。居るのはまだ校内に滞在している学生と教師達。

 遅くまで学業に励んでいたのだろうか。それにしては明らかにカップルと思われるいちゃつく組み合わせもあったが、とやかくは言うまい。

 面芝に覆われた中庭を時速二百キロで走る抜ける訳にはいかない。中庭が見えた段階で地面を蹴り、勢いを維持したまま跳躍の魔術で中庭を飛び越えるしかない。

 飛び上がった瞬間、凄まじいGと空気抵抗が身体にかかる。 


 風圧で芝生やベンチに座っていた女生徒のスカートが捲れるが、当方に悪気はない。黄色い悲鳴が上がったかもしれないが、圧倒的速度で中庭を飛び越えたので既に聞こえない。


 二十メートルほど上昇した後、着地。


 当然のことながら受け身など取れない。

 勢い余ってバランスを崩しそうなるが、どうにか態勢を立て直す。

 着地失敗しなかった自分を褒めてやりたい。

 着地した瞬間、身体に何らかの異常が発生するが即座に自動回復魔法が発動して治癒する。

 中庭を飛び越えると右手に下級生が使用している棟がある。この通りを走り抜けてから、大きく左に曲がると目的地であるオープンテラスのある通りに出る。

 その距離、約一キロ。

 再びブーストが切れるが、直ぐに急加速の魔術をかけ直す。スタンド前のバックストレートだ。思う存分走り抜けるさ。


 ブーストON、ブーストOFF、ブーストON。



 俺は所要時間一分半という驚異的スコアで、目的地まで走り抜けたのだった。



 ――会議再開まで、残り十七分三十秒――



Anti-Gas Eye Shield Mk.IIについて、御意見がある方はいるかと思います。

この点につきましては、最初にお詫びさせて下さい。

Anti-Gas Eye Shield Mk.IIを実際に入手可能か否か、この点につきましては確証が取れておりません。

軽くネットで調べた限り、入手は出来ないようですが、ヤフオクで落札されているアカは確認出来ました。

が、それがレプリカか否かは判断しかねました。

そのため70年前の軍用品が簡単に入手可能とは思えないという発想の元、「何度か入手を試みたが半世紀以上も前の軍用品という事もあり、未だ入手していない。」という文章を記載しました。

専門誌を調べればもう少し詳しく分かるのかもしれませんが、本作は市販作品でないため、この程度の検証でお許しください。

詳しくお知りの方がいられましたら、教えて頂けないでしょうか。

ご指摘を元に文章を修正いたします。




第28話は映画『ラッシュ/プライドと友情』のサントラを聞きながら書き上げました。

徐々に残り時間がなくなることによる緊張感、雑になり始める微妙な駆け引き。

そして、最後の疾走。


『ラッシュ/プライドと友情』のサントラを聞きながら読んで頂ければ、作品の雰囲気が伝わるかと思いますね。

僕はリピートしまくりながら執筆していましたw

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