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振り向けば、そこに探偵事務所  作者: 大本営
File No.002 学園内政治力学
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29話 夕食 - 前篇 -

 ◇麻人 



「エレン魔法士学園に於ける学園内政治力学に関する報告書」という名で記録されることになる今回の件。もう気付いているとは思うけど、僕はほとんど感知していなかったりする。

 真壁さん達が裏で色々動いていたようだけれど、今回は詳しい事情を知らされていなかったし、ね。仲間外れされているみたいで面白くないけど、真壁さんも巻き込まれたみたいなものだから、連携の取り様がなかったのかもしれない。

 そんなわけで、僕にとって今夜の重要問題は首尾一貫して夕食をどこで入手するか、だったりする。

 学園内政治力学という大層な御題目に、間接的とはいえ関わった人物の動機が夕食というのは肩すかしかもしれないけれど、腹が減っては戦が出来ないよ。それに、あくまで僕は間接的には関わっていたに過ぎず詳しい事情を聞いていないから、サポートどころか興味が湧きようもなかったりする。


 真壁さんの世話になっている癖に薄情じゃないか?


 それはそうだけど、エレン魔法士学校に入学したての新米は研究室に入れない。なにより、あれから一週間、僕は真壁さんと音信不通だったのだから。

 大体、アリアさんからが「二週間は家に帰って来るな」と無茶言いだして、僕を家から摘まみ出したのが悪い。真壁さんのこととなると冷静な判断が出来なくなる傾向があるから、どうせ今回も真壁さん絡みでなにか企んだと思う。

 元々、僕に好意的ではなかったけれど――というか、好き嫌い以前に邪魔もの扱いしているような気がする――それを考慮に入れても少し酷い。

 アマデオさんから保護されていなかったらどうなっていたことか。


 アリアさん、住居と食事の恨みは忘れないからね。


 そんなこともあったので昼食時に食堂で偶然再会するまで、真壁さんの行動に関してまったく何も知らなかったりする。正確には何処にいるか確認をすることは可能だったのだけれど、ね。

 でもユースティアさんの質問は、真壁さんから連絡は来ているかと、いつ学園に来るかの二つだけ。

 それなら知らない。

 うん、僕はユースティアさんに嘘をついていない。


 ごめん、少し話が逸れてしまった。

 くどいかもしれないけれど、僕にとっての重要問題は今晩の夕食だったりする。

 夕食がふいになった経緯から無事食事にありつけたまでが、今回の僕の全て。

 その過程で遭遇した出来事が、今回の件に間接に関わった内容になるらしい。らしいとは随分自信なさげに聞こえるかもしれないけれど、パトロン騒動のときと違い渦中の人物ではないから、しょうがないよ。

 いずれにして、それが何を意味するのか推測する術もないし、する気もなく。なにより、あのときは教えてあげる気もなかったりする。

 それが真壁さんにとって有用な情報だったとしても、だよ。

 僕を家から追い出した報いは当然受けるべきなのだ。

 追い出したのがアリアさんだとしても、真壁さんは保護者だから責任は十分あると思う。

 うん、僕は絶対に悪くない。


 それでは、あの夜、僕が遭遇した事の顛末について語ろうかな。



 ◇ 



 いつものように帰宅が遅いアマデオさんを待ちながら、僕は退屈を紛らわすため窓から外を眺めていた。

 外は陽がすっかり暮れて、ライトの灯りがエレンの街を灯している。少し離れた場所からだったら、暗闇の中で眩しいまでに照らし出されるエレンの街を一望できると思う。

 多分、函館山から一望する函館の街など比じゃない。

 異様とも言える光景だよ。


 十世紀のキリスト教世界最大の都市は、難攻不落と謳われたビザンツ帝国の帝都コンスタンタンティンノープル。学園都市であるエレンの人口は、三十、四十万ともいわれた帝都には到底及ばないけれど、繁栄ぶりという点だけでみれば、ある意味凌駕しているのかも。だって、不夜城だの夜の貴婦人と持てはやされるこの光景は、栄華を誇った当時のコンスタンタンティンノープルでも絶対に再現不可能な光景だから。

 身惚れる程麗しい貴婦人は、ドォオの文化レベルが十世紀くらい遅れている事実を忘れさせてしまう。

 僕でこれなのだから、ドォオの住民がどれほど衝撃を受けるのかはちょっと想像できない。


 それにしても、これだけの規模の街を人力で灯すというのはコストパフォーマンス的にどうなんだろう? 炎と違い火事の危険性が無いとしても、少し乱暴すぎるように僕などは思うのだけれど。

 真壁さんはよく言っているように、一面的事実だけで物事を判断するのは間違っているかもしれないけれど。だとしたら保安という面だけでなく、学園都市エレンの威容を世に示そうとしているのかなぁ。

 だとしても毎日しなくても、ねぇ。

 家主であるアマデオさんの帰りが遅いのは、今日も夜の貴婦人に彩りを添えるためだったりする。

 よくもまぁ、毎日継続できるよ。

 一度皮肉を込めて、「騎士の仕事に着付けもあるなんて知らなかったよ」と言ってみたら、「貴婦人への献身は騎士の義務」と真顔で返されていたりする。

 真壁さんと違いアマデオさんが言うと、ジョークなのか本気なのか解釈に苦しむなぁ。

 放課後は剣術の鍛錬をして、夜になるとライトの魔術を行使するなんてよくやるよ。

 ライトの魔術で街を照らす行為は学生が臨時収入を得られる貴重な仕事だけれど、あれを毎日するのは地味にキツイ。ライトの魔術自体は比較的簡単な部類に入るし、一度だけなら大した負担にはならないよ。


 ……ただ、毎日数十回以上行使しなければならないとしたら、どう思う?


 僕も付き合いで参加した事はあるけれど、あれを毎日やるのは勘弁してもらいたいな。

 アマデオさんの凄みは毎日継続している点ではなく、手間賃の受け取りを一切拒否している点にこそあるのかもしれない。金に余裕がある人なのかとも思ったけれど、この家は控えめにいっても華美でなく、むしろ簡素という部類に入ると思う。

 手間賃の受け取りを拒否するという、無償の行為にどのような意味があるのか。当然、疑問に思ったので聞いてみたけれど、「騎士が市民のために尽力するのは当然の行為」と返されてしまった。

 ノブレス・オブリージュを地で行える人を、僕は初めて見たよ。


 少し捻た目で見ればアマデオさんの行為は、ある種の宣伝活動なのかもしれない。

 エレンはガデス王国の友好都市ではあるけれど、所詮は他国。

 他国に対して自分達を少しでも良く見せようというのは外交上の常套手段だと、真壁さんはパンダ外交について語るニュースを例に挙げながら教えてくれたよ。

 もっとも、今回のケースは違うと思うけど。

 認めたくはないけれど生まれの差、育ちの差、教育されてきた価値観の差なのだろうな。

 こういう人だから、あの日。途方にくれた僕に手を差し伸べてくれたのだろう。


 アリアさんから追い出された僕は、現在、アマデオさんが借りている家に――正式には所属するガデス王国が賃貸契約している――御厄介になる事が出来ている。

 現役の騎士だけれど貴族としての身分が低いのか、それとも貴族ですらないのかは分からないけれど、少なくともこの家には専属の使用人と呼べる人はいない。日中、家を掃除してくれる家政婦の叔母さんはいるけれど、文字通りの意味でのお手伝いさん。つまり、洗濯、料理に関しては自分達でしなければならなかったりする。

 居候の身としては、当然、僕が全面的に引き受ける気でいたのだけれど、「客人にはそのような真似はさせられない」と断られてしまった。

 もちろん、そのほうが楽なのだけれど。流石に甘え過ぎるのは仁義にもとると――正直には言えば御厚意に甘え切ると後が怖いので――反論すると、苦笑いしながら「それなら交代で仕事を分担してくれればいい」と、妥協案を提示してくれた。

 心の弱い僕としては仕事量が減る妥協案の誘惑に勝てるわけがなく、御厚意に甘える選択肢を選んだ僕を誰も責められないと思う。

 アマデオさんが苦笑いした意味を理解していれば、このような目に合わなかったのになぁ。まさか、料理担当者の帰宅がこうも毎日遅くなるとは予想もしなかったよ。

 僕も男として口にした言葉を簡単に撤回できる筈もなく、今日も空腹に耐えるしかなかったりする。

 安易な妥協はするものじゃないと本当に思う。


 グウゥゥゥゥゥ。

 ああ、おなか減ったなぁ。



 ◇



「麻人君、悪いが今日は一人で夕食を食べてくれないか?」


 ようやく帰宅したアマデオさんの第一声は、予想外というだけでなく深刻な最後通告だった。

 一食くらいで大げさな?

 いやいや、事情を知らないからそういうことを言えるよ。

 最後通告になってしまったのは食材を朝食で使い果たしていたためで、しかも今日の食事担当であるアマデオさんが食材調達もしてくる筈だったから。

 それが全て御破算。

 三木城で兵糧攻めをされた別所一族もかくやという状況だ。

 流石にすまなそうな表情をしてお詫びの言葉を口にしてくれるけれど、あまりの展開に思考が停止してしまい、お詫びの言葉が耳に入らない。


「……それはいいけど、急にどうしたのですか?」

 本当のところは、全然良くない。

 良くはないけれど居候させて頂いている上、散々恩義を受けている身としては文句を言えないよ。

「それが……」

 珍しく口が重いなぁ。

 余程、言い出しにくい内容なのだろうけど、一食抜きになるか否かの瀬戸際の身としては追及せざるを得ない。

 朝食も、だから二食ではないのか?

 明日の朝食については、いまは考えないことにしよう。

 心が折れてしまうよ。

「ソフィアが――私の妻なのだけれど――急にエレンにやって来てしまって。君も分かってくれるだろう?」


 分かります、よく分かります。

 真壁さんと同棲気取りのアリアさんが、子癪にも僕を追い出したような状況ですよね。

 リア充は死ねばいいと思う。


「それにしても急ですよね。アマデオさんの国、ガデス王国とエレンはそんなに近かったのですか」

「ガデス王国とエレンは隣国なのだよ。それに私の任地は国境付近の街だったのだ。案外、私がエレンに派遣されたのも、その辺の事情が考慮されたのかもしれないな」


 その辺の事情――スパイ――かぁ。

 友好関係を構築していても、友好国だからといって諜報活動をしない訳ではないから仕方がないと思う。ウーヌスだって、自由の国が同盟国であるビールとウィンナーの国にスパイ活動していたのが暴露されて最近国際問題になったしね。


「ソフィアが急に来たのは、恐らくパトロン決定戦における敗北が原因だろう。私は今まで学園で挑まれた決闘に全て勝利してきたおかげで、『あの」という称号を得たのだけれど。それだけに今回の敗北が祖国へ少し大げさに伝わってしまったようだ」

「それは――」


 原因を作り出した身としては、そのように切り出されては反論しにくいなぁ。まあ、アマデオさんも話の流れとして事情を話さなければと分かっていたから、口が重かったのだと思う。

 来訪者に対して偏見があるけれど、基本、誠実で良い人なのだ。


「噂に尾が引いたようで、私が瀕死の重傷を負ったと伝わってしまった。その噂を耳にしたソフィアがいても経っても居られなくなって、実家を飛び出してきたようなのだ」


 アリアさんみたいな行動力溢れる人だよ。

 まあ。旦那さんが瀕死の重傷と聞いて飛んでくるだけ夫婦円満なんだろうけど。問題は、それが単なる噂だと知ったとき安堵するだけで済むとは僕には思えない点。アマデオさんも、済むと思えないからこそ、口は重いのかもしれないけれど。

「分かりました。この件は僕も無関係ではないですから、とりあえず今日の夕食は何とかします」

 当てはないでもないし、ね。

 以前ブルータスさんは困った事があれば力になると言ってくれたので、夕食くらいは御馳走してくれると思う。

 ジュリエッタは?

 いくら僕でも、この夜中に女性の部屋を訪ねたりしないよ。


「そういえば、あまりソフィアさんの話を聞きませんでしたけれど、いつ結婚したんです?」

「……ソフィアとは結婚四年目だ」


 だ、かぁ。

 アマデオさんにしては珍しく断定調で少し語気が荒い。どうも聞いてはいけない話題のようだけれど、それが僕の悪戯心に火を付けてしまった。

 アマデオさんが現在十八歳であることから、結婚当時は十四歳だったことになる。十六歳で成人とみなされるドォオにおいては早婚だけれど、地域格差があるのかもしれない。ドォオの文化レベルが十世紀くらい遅れているという事を考慮すれば異常とは言えないかも。


「アマデオさんの奥さんだから、ソフィアさんは奇麗な人ですよね」

「ああ、ソフィアは可愛い人だ」


 可愛いか。

 単なる形容詞という可能性もあるけれど、奇麗という言葉に対して、敢えて可愛いと表現した意味は大きいのかもしれないな。

 多分、ソフィアさんはアマデオさんより年下だと思う。

 ということは、当時は十二,十三歳かも。少し犯罪臭がしないでもないけれど、前田利家の奥さん、まつの結婚時の年齢が十一歳だった事を考えるとありそうな話だね。

 今回のケースは両者の年齢から考えて、恋愛結婚ではなく政略結婚なのかもしれない。それが悪いとは思わないけれど夕食がふいになったのだ。事情を尋ねる権利が僕にはあり、それを理解しているからアマデオさんも答えてくれている。


「ところでソフィアさんは何歳ですか」

 アマデオさんの機嫌が悪くなってきたので、出来るだけオブラートに包んだ口調で聞いてみた。果たして僕の想像が当たりなのか、非常に以上に興味がある。

「ソフィアは今年数え歳で十歳になる」

 呻るような声で答えてくれた内容は、僕の予想を遥かに超えていた。

 えっ。

 数え歳?

 ということは、満年齢で九歳?!

 しかも結婚四年目の年齢だから、結婚当時は五歳という事になる?!!

 戦国時代の諸大名差ながらの発言に唖然としてしまう。


「それは、ロ――」

 それ以上、言葉を続けられなかった。

 僕のオリジナル魔術ともいえる危険察知が、これ以上ない程警告音を鳴らしていた。背筋が凍るような寒気に襲われ、全身がぞくぞくして、つま先が震えるのが止まらない。

「ロ? なんだね、葛宮 麻人(くずみや あさと)君」

「……ロマンティクな恋ですね」

「本当にそう思うかね。どうも、別の言葉を口にしようとしたような気がするのだが」

 まさか、ロリコンという言葉を知っているのだろうか。

 余計な疑いは命に関わるので、どうにか弁明しないと。

 必死にアマデオさんの状況を正当化できる話題を考えていたら、ふとある作品を思い出した。

 これなら、いける筈。


「僕の国には源氏物語という歴史的な長編恋愛小説があるのですが、それと良く似ていると思ったのですよ」

「なるほど、恋愛小説か。それならロマンティな恋と言われても仕方ないか」

「源氏物語の主人公光源氏は、幼い美少女紫の上と偶然知り合い、二人はやがて結婚するという物語です。この物語とアマデオさんの状況は似ているとは思いませんか?」

「たしか似ているな。いや、すまない。麻人君。君を疑って悪かった」

 源氏物語の内容を酷く省略した上で、都合の良い内容のみを説明したけれど気にしてはいけない。

 なにより、光源氏が女性に対して節操がなかったという事実は口にしてはいけないよ。

 僕の命に関わりかねないから。

「ところで、その源氏物語という作品の評価はどうなのかな」

「最高です」

 僕は決して嘘は言っていない。

 これは政府も諸外国も認めてる事実だし。

「やはり麻人君は分かってくれるか! 来訪者の奴らときたら私をロリコンだの性犯罪者だのと、自分達の値観で私を非難するのだよ。実にいわれのない非難だとは思わないかね?」

 

 いや、同意を求められても。

 最高と言われる作品の主人公と似ていると言われれば悪い気がしないようで、ようやくアマデオさんの機嫌が良くなってくれた。

 御蔭でソフィアさんとの惚気話を散々聞かされてしまったけど、これは御愛嬌かもしれないね。



 ――会議再開まで、残り六十分――

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