第22話 残る者と、去る者
季節が巡り、一年が過ぎた。
スターとその仲間たちの暮らしも、静かに、しかし確実に変わっていった。
あの頃――怯えたように人と話すこともできず、震えながら生きていた少年の姿は、もうどこにもなかった。
知らない人と話すのは、今でも少し苦手だ。けれど、以前のように言葉を失うことも、固まってしまうこともなくなった。短い会話なら、普通にできる。
仲間たちはそんな彼の変化に気付き、誇らしげにその背中を見守っていた。
けれど、変わったのはスターだけではない。
皆、それぞれに夢を追い、自分だけの道を歩き始めていた。
ヘンリーは持ち前の絵の才能を認められ、有名な会社でイラストレーターとして働くことになった。かつて仲間内に見せていた素朴なスケッチは、今では誰もが称賛する繊細で力強い作品へと変わっていた。スターは彼の絵が昔から好きだったが、それが世間に評価される様を見て、どこか誇らしげな気持ちを覚えていた。
ヘンリーはよく冗談交じりに言っていた――「いつかリアルすぎて、絵から飛び出してくる作品を描いてやるさ」――と。
メイは町で有名なマジシャンとなった。かつてスターの家で、こっそり披露してくれた手品は、今や町の催しで人々を惹きつけるほどに成長していた。笑顔を浮かべながら、コインを消し、手のひらから花を生み出す。スターは一度聞いたことがある。「それ、本当の魔法なの?」と。
メイは笑ってこう答えた。「信じさせることが魔法なの。本当の魔法使いは、あなたでしょ?」
ルナは音楽の道を歩き始めていた。努力が実り、若者向けの音楽プログラムに合格し、少しずつその名を広めていた。ギターを抱え、スターの家で静かに歌う日々。その音色に、スターはたまに言葉をかけた。「あたたかい」「少し寂しい気がする」。たったそれだけの言葉が、ルナには何よりの励みだった。
スターたちは、ルナの小さな演奏会にも顔を出した。彼女の声が広場に響き、拍手が湧き上がった時、スターは心の奥がじんわりと温まるのを感じていた。
ケイドの無邪気なエネルギーにも、ようやく居場所ができた。町のサッカーチームに選ばれ、その俊敏さと情熱は周囲に認められていた。彼はスターを練習に引っ張り出し、ボールを放り投げては言った。「とにかく蹴ってみろよ!」
スターは未だにドジだったが、ケイドは笑って言った。「うまくなくてもいい。楽しいかどうかが大事だろ?」
エリックは法律の道を選んだ。幼い頃から不正義に敏感で、今は法律を学び、弁護士を目指していた。スターには難しい専門書ばかり持ってきたが、エリックは微笑んで言った。「読まなくてもいいさ。ただ、法律はそこにあるってことだけ覚えとけ。」
無口な彼が弁護士を目指すと知った時、みんなは少し驚いた。
ジェムは自然への愛情を写真という形に変え、野生動物保護団体に選ばれた。森に分け入り、鳥が羽ばたく瞬間や、静かに草を食む鹿、木漏れ日が川面に落ちる一瞬を切り取り、スターに見せてくれた。「これが生きるってことだよ。止まらず、変わり続ける。」
ニアは優しい性格を活かし、料理人を目指していた。料理学校に向けて勉強中で、スターの家は彼女の実験台だった。甘いもの、辛いもの、時には妙な味の料理まで――スターは黙って味わい、ニアは笑って言った。「正直な感想が一番の答えだよ。」
ライラは自信に満ち溢れ、モデルを志していた。ポートフォリオを作り、ポーズや表情を磨く日々。スターは最初こそ「モデルって何だ?」と首を傾げたが、ライラは言った。「見た目だけじゃないの。表情や仕草で、感情を伝えるんだ。魔法みたいでしょ、でもトリックじゃない。」
忙しくなった彼らだったが、誰もスターを忘れはしなかった。夜になれば誰かが泊まりに来て、変わらぬ賑やかな時間を過ごした。
ルナは今でも家がなく、スターの家に居候していた。ギターを鳴らし、音楽プログラムの話を楽しげに語り続けている。
朝は誰かが遊びに来て外へ連れ出し、夜は誰かが訪れて笑い合い、今日の出来事を語り合う。
道は違えど、彼らは変わらず、スターの傍にいた。
そんなある日。
スターは、突然体調を崩した。
命に関わるような病ではなかったが、熱にうなされ、意識も朦朧とした。
無意識に、彼は助けを求めた。いつものように、すぐに誰かが駆けつけてくれると思っていた。けれど――今回は違った。
ヘンリーは大事な商談の真っ最中。
メイは大舞台の準備に追われていた。
エリックは裁判所の研修で手が離せない。
ケイドは重要な試合を控えていた。
ジェムは森の奥にいた。
ニアは料理大会の準備に追われていた。
ライラは撮影現場にいた。
返ってくる返事は、どこか冷たかった。決して悪意ではない。ただ、遠く、忙しさに押し流された声。中には少し苛立ちすら滲んでいた。
久しぶりに、スターはひとりだった。
胸の奥に、かつての孤独がそっと忍び寄る。
(……やっぱり、マスターの言った通りだったのかな……? 人は、必要がなくなれば離れていく……?)
けれど、その時。
傍にいたのはルナだった。
彼女は何も言わず、冷たい布を額に乗せ、水を飲ませ、静かに歌を口ずさんだ。
「心配しないで、スター。私は、ここにいるよ。」
そして数時間後――
ジャックが姿を現した。
「お前が病気って聞いて、じっとしていられるわけねぇだろ。」
彼は不器用に笑った。「みんな忙しいけどな、俺にとってはお前も、大事な家族だ。それに……ちょっと警察に追われてて遅れたんだ。」
それだけじゃなかった。
やがて、一人、また一人と戻ってきた。
ヘンリーは打ち合わせの資料を抱えたまま。
メイは稽古帰りで息を切らせて。
エリックは休憩の合間を縫って。
ケイドはユニフォーム姿のまま駆けつけた。
ジェムは予定を切り上げ、森から戻った。
ニアは手作りのスープを持ち、エプロン姿で。
ライラは撮影帰りのまま、まだ化粧の残る顔で。
彼らは、スターを見捨てたわけじゃなかった。
ただ、人生がそれぞれに重たく、忙しいだけだった。
「……遅くなって、ごめん。」
「さっきは、ちょっと余裕なかっただけ。」
「俺たちも、やらなきゃいけないことがあるんだ。」
スターは、ようやく気づいた。
冷たさも、距離も、自分への拒絶ではない。
彼らは、彼らで――それぞれ必死に、生きているだけ。
友達とは、ずっと傍にいることじゃない。
信じること。離れていても、絆は変わらないと。
その夜。
ルナはソファにもたれかかり、仲間たちは静かに談笑していた。
スターは、温かな安心に包まれながら、眠りに落ちた。
彼らは、家族だった。
◆◆◆
また一年が過ぎた――
スターの仲間は、九人から七人に減っていた。
最初に離れていったのは、ジェムだった。
写真家として名を上げ、金も地位も得た彼は、次第に変わっていった。
連絡は取れず、家にも来なくなり、街で見かけても他人の顔。
ある日。スターたちが街で声をかけようとした時、ジェムは笑顔を作りながら、あたかも彼らを知らぬふりをした。
彼にとって、かつての仲間は――今や足枷でしかなかったのだ。
次に消えたのは、ライラだった。
モデルとして華やかな世界へと羽ばたき、スターたちを「足手まとい」と切り捨てた。
メイが問い詰めた時も、冷たく言い放った。
「昔の友達なんて、足を引っ張るだけ。」
それは、スターの心に古傷を穿った。
マスターが言っていた言葉――『友達なんて、一時の幻だ』――
裏切りは、重く胸にのしかかった。
◆
その夜。
残った七人が集まる中、スターはぽつりと呟いた。
「……マスターの言葉は、正しかったのかな。やっぱり、人は必要なくなれば、去っていく……」
すぐに、ケイドが言った。
「違ぇよ、スター。」
「去っていく奴はいる。でも、全員じゃねぇ。俺たちは、ここにいる。」
メイも静かに続けた。
「人は変わる。でも、それがすべてじゃない。……学ばなきゃいけないんだよ、スター。全部の出会いが、永遠じゃないって。」
ルナは、そっとスターの手を取った。
「私たちは家族だよ。離れた人がいても、私たちは、ここにいる。」
失うことは痛い。けれど、それが孤独とイコールではない。
その時、ケイドがふと持ちかけた。
「なぁ、スター。お前、魔法があるだろ? 本物のやつだ。」
「だったら、それで誰かを助けりゃいいじゃん。」
「でも……それは、黒魔術……人を助けるためのものじゃない。」
スターはうつむいた。
ヘンリーが微笑んだ。
「魔法はただの道具だよ、スター。どう使うかは、お前次第。お前はマスターじゃない。」
「……じゃあ、どうすれば……?」
エリックが静かに言った。
「方法ならいくらでもある。失せ物探し、呪い祓い、不安除け……町には困ってる奴が山ほどいる。」
スターの胸に、ひとつの灯が灯った。
闇でも、光でもない。ただ、自分がどう使うか。
◆◆◆
それから四ヶ月――
スターは、町で密かに評判を集めるようになった。
『不思議な力で、人を助ける青年』と。
家にかかる小さな呪いを解き、
不安を祓う護符を作り、
失われた品を探し当て、
幽霊騒ぎに終止符を打った。
最初こそ怪しまれたが、結果がすべてを証明した。
スターはもう、『元・傀儡』ではなかった。
彼は、今ここで、生きている。
稼ぎも悪くない。
家には少しずつ、温もりが増えていった。
新しいベッド、仲間が持ってきた飾り、本棚にはエリックが選んだ書籍。
ジェムとライラの傷は、消えない。けれど、スターは知った。
失うことはあっても、すべてを失うわけじゃない。
少なくなった輪は、その分、強く深く繋がっていた。




