第88話 再会
「……ああ。そうなんですね」
姪だと言うその言葉で、クレアは何故不思議な感じがするのかが腑に落ちた。
恐らく、自身の母と血の繋がりがある人物だ。ディアナが言う姪というのが自分だと明言されたわけではないが、そういう確信めいたものがあった。
伯母か叔母かは分からないが、アルヴィレト王家の外戚、という事になるのだろう。そして魔力の大きさや研鑽から言うと魔術師に見える。もしかするとディアナは星見の塔との関連もあるのかも知れない。
では、その上で自分はどうすべきなのかと、クレアは考える。アルヴィレトは少なくとも積極的な騒乱を王国内で起こしたいと思っているわけではない。
目的が受け入れられないようなものではなさそうだし、何より肉親であるディアナは心配そうな表情を浮かべていて……。だというのなら、自分も名乗り出た方が良いのではないかとクレアは思う。
「恐れながら……パトリック様にお聞きしたい事があります」
クレアが何か行動を起こす前に――グライフが口を開いていた。
「ふむ。何かな?」
「クラリッサ王女がお戻りになられた場合、現状の方針からの変更あるのでしょうか? あの方は特別な立ち位置にある、と以前に伺っています。王族というだけではないように思うのですが」
そこをはっきりさせていないから、グライフとしてはまだ慎重にならざるを得ない。
クラリッサ王女――クレアにとって肉親であるディアナがいるのだから、尚更自分は冷静に話を進めなければならないと発言した形だ。
「うむ……。あのお方がお戻りになられた場合の事を考えた場合――まず皆の精神的な支えにはなるだろう。それに応じた影響というのもあるだろう。しかし……そうなった時の反応は過激なものとはならないと予想している。クラリッサ王女のお立場やご年齢を考えた場合、皆も守りたいと思うのではないかな。故に、そういった意味での方針変更はない」
パトリックは一旦言葉を切って、視線を護衛達に向ける。
「ふむ。お前達は一旦席を外してくれ」
「はっ」
パトリックが護衛の面々に言うと、彼らも頷き、外に出ていった。それを見届け、ディアナが消音結界を展開する。
「ここからは私から話すわ。グライフも、家督を継げば聞ける立場だもの」
ディアナがパトリックに言って言葉を引き継ぐ。グライフが通常の護衛と違うというのは、暗部であるという事だ。
「アルヴィレト王城の地下にはね。預言の結晶があるの」
「預言……」
「ええ。アルヴィレト王家にはいつか特別な資質を持つ子が生まれる。その人物を守り、正しく導くようにと。そういう預言を星見の塔を作り上げた賢者が残したとされているわ」
「預言にあるその王族は……運命の子と呼ばれる」
パトリックが言う。
「その運命の子こそがクラリッサ王女だと……?」
「そうね。あの子の誕生と共に、預言の結晶の中に蒼い火が灯った。王家の方々も私達、星見の塔の導師達も、その事には随分と驚かされたわ。でもね……」
ディアナは遠くを見るような目になって溜息を吐く。
「私は塔の導師でもあるし、王家の外戚でもあるわ。けれどね……そんな立場からの事は、本当のことを言うとどうでもいい。ただ……姪である、あの子のことが心配なの。帝国に捕まって酷い事をされていないか。餓えたり寒い思いをしたりしていないか。逃亡中の暮らしというのは、辛いものだもの」
ディアナの言葉に、船長室の中にいる者達の間に沈黙が落ちる。しばらくの静寂の後で、グライフは瞑目し、深々と頭を下げた。
「……知らぬ事とはいえ、辛い話をさせてしまいました」
「いいえ、謝る必要はないわ。預言に関してはオーヴェル卿の捜索をしているグライフにも、知っておいて欲しい話でもある。私個人の心情こそ、脇道ではあるわね」
ディアナはグライフの言葉に苦笑して答える。
「グライフさん――私は姿を見せようと思うのです。きっと、この方達なら信じられると思いますので」
クレアの声。そう決心したという、意思の感じられるものだった。
グライフは静かに頷き「驚かせないよう、道筋を整える必要があります。お任せを」とクレアに聞こえるように呟く。
「はい。よろしくお願いします」
クレアの返答。グライフは顔を上げてディアナ達を見る。
「もう一点謝らなければならない事と、伝えなければならない事があります」
グライフの纏う空気が少し変化した事を悟ったのだろう。ディアナ達はその言葉に居住まいを正す。
「先程、オーヴェル卿に関してお伝えできる事がまだないとお伝えしましたが……それは手紙の信憑性を確かめなければならなかった事と、クラリッサ王女がお帰りになった場合の方針が分からなかったためです。今のお話を伺い、私の判断はいずれも杞憂であったと判断しました。その非礼をまずはお詫びします」
「それは――」
膝をついて騎士としての礼を示しながらも頭を下げるグライフ。ディアナ達が驚きの表情になる。
「まず……クラリッサ王女はご健勝であり、この場にもいらっしゃっております。やや特異な方法でお姿を眩ませていらっしゃいますので、どうか驚きになりませぬよう」
そう言ってグライフはベルトに着けられていた鞄を床に置き、それを開く。
「では――外に出ますね」
クレアの声がはっきりと響いて、糸繭から出たクレアが鞄から外に出ると同時に小人化の呪いを解く。ディアナ達が腰を浮かせて驚愕の表情のままで固まる中、軽い発光と共に元の大きさに戻ったクレアが姿を現した。偽装魔法を解き、髪と瞳の色を戻し――そうして帽子を脱ぐ。
「あ、あああ――……」
「えっと。初めまして……ではないんですよね。今はクレアと名乗っています」
クレアが微笑み――ディアナは我を忘れたようによろよろと前に出る。
そうしてそのまま崩れるように膝を折り、クレアを抱きしめた。
クレアは少し驚くも、そのまま身を任せるようにディアナの背にそっと手を添える。ディアナの肩が震え、小さな嗚咽が部屋に響く。
他の者達もそれに当てられたのか時折目頭を押さえていた。クレアもまた、目に少し涙が滲む。
クレアにとっては初めて会う人達だ。同郷や肉親だと言われてもまだどんな人達なのか分からないし、魔力に不思議なものは感じてもそういう実感にはまだ乏しい。
事情を知らなかったクレアと、ずっと探していた彼らとではまた胸に去来する想いというのも違いがあるだろう。
それでも、本当に心配していたのだという事が伝わってくる。だから。クレアはディアナが落ち着くまで、そっとその背を抱きしめ返していた。
しばらくの間そうやってディアナと抱き合っていたが、やがて落ち着いてきたディアナがクレアからそっと離れる。
「ごめん、なさいね。取り乱してしまって……」
「いえ。姿を見せられなくて、済みませんでした」
「いいえ。私があなたやグライフの立場でも、同じ事をすると思うわ」
「そうですな。寧ろ、殿下のご判断や忠節を尽くしてくれたグライフに賛辞を送るところでしょう」
パトリックと船長は場を和ませるように腕組みをしてうんうんと頷き合う。
「もっと、顔をよく見せてね」
「はい」
ディアナがクレアの顔をまじまじと見て嬉しそうに笑う。
「ああ。やっぱりシルヴィアによく似ているわ」
「本当に。面影は王妃殿下によく似ておいでです」
「お二方の特徴を髪と目に受け継いでおりますな」
そう言ってディアナ達はクレアの姿を見て、嬉しそうに微笑み合う。姪や孫娘の成長を喜ぶような雰囲気がそこにはあって。そんな光景に、グライフは穏やかに目を細めるのであった。




