第89話 塔の導師
「ああ。自己紹介もきちんとしていなかったわ……。私はディアナ=トーレス。星見の塔の導師で、あなたのお母さんの姉という事になるわね」
ディアナが名乗ると、パトリック達もクレアに自己紹介をする。それからパトリックはグライフを見た。
「オーヴェル殿についてはどうなのだ?」
パトリックから尋ねられたグライフは、残念そうに応じる。
「帝国の刺客と大樹海の魔物から王女殿下を守り切り、命を落としたと伺っています。あの方の墓所と剣をこの目で確認しました」
「そう、であったか……。だが……殿下をこうして見事に守り通して下さった」
「あの方こそ真の武人ですな」
パトリック達は残念そうに言いながら、オーヴェルを悼む言葉を口にする。ディアナも残念そうに目を閉じるが、やがて顔を上げる。
「オーヴェル卿が守って下さった後は……どこでどうやって暮らしていたの?」
「大樹海に住んでいる魔女――ロナに引き取られて育てられました。日常生活を振り返ると、師匠であるロナとずっと魔法の修行だったように思いますが、辛い事だとか、寒かったとか飢えたとか、そういう事は全然ありませんでしたよ」
クレアが微笑むと、ディアナもやや驚きつつも安堵の方が勝る、という反応を見せた。
「魔女に大樹海……。ああ、でもそうだったのね……。良かったわ、本当に」
「魔女殿……。その御仁には感謝しなければなりませんな」
「私達が気付けなかったというのは……相当高度な隠密結界ね……。身体を小さくしていたのも、魔女の秘術――いえ。どちらかというと呪いの類の応用かしら」
ディアナがやや真剣な表情になってクレアの使っていた術について分析する。魔術師でもあるため、研究者気質な部分があるのだろう。
「そうですね。小さくなっていたのは見立ての通りです。あ……。それから見せておきたいのですが……」
クレアが少女人形を出して、スカートの裾を摘まんだりといった挨拶させる。
「魔法の修行名目でこうやって普段人形を魔法で操っています。実はあがり症でして……人形を通して操作していると落ち着くので……」
「そうなの?」
「はい。そういうのがあまり顔には出ないので伝わりにくいんですけどね」
「殿下の場合、人形の方に感情の機微が時折出るようです」
グライフが補足するとクレアと少女人形が揃って頷き、そのまま人形を抱き上げて肩に座らせる。
クレアもそれで少し落ち着いた様子だ。グライフはその様子に小さく頷く。
「まあ、日常生活の方はそんな感じです。その……大樹海や帝国絡みでは最近色々ありました。帝国の諜報部隊と接触や交戦等はしましたが、私が帝国の探していそうな人物であるという事は、発覚していません」
「その一件で、辺境伯も帝国諜報部隊の情報を掴み、王国内の諜報部隊が大打撃を受けているというのが現状ですね」
クレアとグライフが説明するが、当たり前のようにクレアが諜報部隊と交戦したというものだからディアナ達は揃って目を瞬かせていた。
「……もしかして、大樹海で魔物も?」
「薬草やキノコを採取してポーションを作ったり、魔物を狩ったりはしていますね」
「王女殿下の実力は相当なものです。恐らく私では――いえ、魔法に対抗する手段を持たない戦士ではまず勝てないのではないかと存じます」
グライフが当たり前のように断言すると、ディアナ達が驚きに目を見開く。
3人ともグライフが実力者であると知っているだけに、そこまでとは思っていなかったということだろう。
「それほどのものか……」
パトリックが声を漏らす。
「いやあ、相手の実力や戦い方にもよるのではないでしょうか……」
そうクレアは言うが、グライフは少し笑って顎に手をやって首を傾げている少女人形の仕草に目を細める。
グライフの見立てでは――自身に限らず、近接戦闘を主とする戦士がクレアに戦って勝つ見込みがあるのだとしたら、例えば戦士側に探知を完全に封じるような手札があって、気付かれずに接近できるとか、人混みに紛れてだとか、そういう形でもなければ無理なのではないか、というものだ。
そしてそれは、戦いというよりも暗殺の領域であろう。
遠距離から複数の探知手段を持ち、何もないところからフィールドに立体多面的なトラップゾーンを形成できるし、糸自体の性質も変えられて人形で頭数まで増やせる。そんな相手と普通に戦っても、戦士では勝ち目がない。戦い以前の話だ。
そう考えた場合、自分の果たすべき役割は暗殺者への警戒だろう。クレアもセレーナもそういう類の悪意には疎いのであるから、そういう部分でクレアを守るための力になれるというのなら、暗部の後継者として育った事が誇らしくすら思えた。
「まあ……帝国とはそういう経緯がありまして。王国内は現在そういう状況になっています。それから大樹海では――」
クレアは話題を戻しつつも僅かに逡巡する。大樹海であったことを話すべきかどうかというところであるが。
グライフはそれに対し、静かに頷いた。
今後ディアナ達がクレアと行動や志を共にするなら、それは遅かれ早かれ分かっていくことだ。
クレアが何か特別な役割を担っているということや、アルヴィレトが普通の成り立ちで生まれた国ではないということは、少なくともこの場にいる面々は知っている。ならば話をして、早い段階で真実に辿り着いた方がいい。
クレアもグライフに頷き返すと、言葉を続ける。
「大樹海では遺跡絡みでも色々ありました。アルヴィレトにとっての運命の子というのが、関係しているのかは分かりませんが……まあ、そうですね。順を追って話をしていきますか」
クレアはそう言ってからまず自身の固有魔法について説明する。
情報量が多い事はクレアも承知しているので、一つ一つ話をしておく必要があった。固有魔法や遺跡、古文書に領域主の話。これらも関連があるのかどうか。アルヴィレトの者――特にディアナであればまた異なった見解が出てくる可能性はある。
ただ、ディアナはクレアが固有魔法を持っていると聞かされても、そこまで驚きはしなかった。固有魔法に開眼するぐらいのことは予想していたらしい。
しかし――。
「えーと。こんな固有魔法なのですが」
「糸――」
クレアが固有魔法を持っているという部分ではなく、何気なく光る魔法の糸を指から垂らした瞬間にディアナが驚きを露わにし、少女人形が不思議そうに首を傾げる。
「糸だと何かあるんですか?」
「そう、ね。けれどもう少し大樹海であった事について、話を聞いてから私の話もしたいわ」
ディアナが言うと、クレアも頷いて話を続ける。
遺跡や墓守、古文書の話。その流れで帝国の諜報部隊を捕まえた事。それから、直接はクレアには関係のない他者の秘密なので、ウィリアムの固有魔法や転移に関する事を「帝国側の内紛に巻き込まれたような形で」と、少しぼかした上で領域主と戦闘になったことと、その顛末。天空の王と遭遇した事を順番に話していく。
それらの話の中でもパトレック達が驚かされる部分は多々あったが、ディアナが思案しながら聞いているためにクレアの話が続いていく。
「――そうやって古文書の解読をしている内にグライフさんに手紙が届いて、こうやって訪問してきた、というわけです」
「なるほど……。いえ、領域主の討伐をしているとまでは、流石に思わなかったけれど……」
「いやはや。流石は王女殿下……」
「いえ。討伐したのは師匠で、私がしたのはその補助みたいなものですよ」
そんな風にクレアは応じ、少女人形がパタパタと手を横に振る。それから真剣な表情で思案を巡らせているディアナに一同の視線が集まった。




