第53話 明くる日の依頼にて
「――鉱山に竜が出たという話は聞いたことはあったが……フォネット伯爵家も大変なのだな」
「両親や兄も別の道を模索していますが、後から他の物をと思っても中々大変なものですわね。独力での討伐ができればそれが一番なのですが」
「大軍を差し向けると、竜討伐は被害が大きいと聞いた。それで少数精鋭による討伐を、となるというのは分かる」
竜は空を飛べる。住処に少数で突入した場合はその場で排除しようと動くというが、討伐隊が軍勢規模になると討伐はそういう形にならない。
察知された段階で戦いの場を屋外に移そうとするし、そうできなくても閉所では多人数を頼みに戦うことが難しいのだ。
武官、領民達を多数動員しての討伐というのも不可能ではないにせよ、犠牲を払う。それを嫌った当時の伯爵は別の道を模索し……そうしてそれが今の困窮に繋がってしまう。
少なくとも、対外的には領民が飢えていないために問題は大きくなっていない。
穴埋めをどこでしているのかという話になると、伯爵家の財産を切り崩しているというのが本当のところだ。
だからどこかで税収や収益を何らかの方法でもっと改善する必要がある。竜を討伐して状況自体が変わるのならば、前提やその後の展開も色々と変わってくるのだろうが。
「竜の討伐をする際には俺も協力すると約束しよう。知り合いにも声はかけられる」
「勿論、私も一緒に行きますよ」
「あたしは大樹海から離れるつもりはないが――。ま、何かしらの手伝いぐらいはしてやるさ」
「お三方とも――ありがとうございます。私ももっと力を付けて知り合いを増やし、討伐のための準備を整えていきたいですわね」
3人が力を貸してくれると言っても、セレーナ自身が実力不足で事に臨むようは申し訳が立たない。しっかりと力を付けて名をあげ、それから人を集めて竜討伐を行おうと。そうセレーナは思う。
予想外のグライフからの話はあったが、結果的には今までと変わらず。寧ろ関係やそれぞれの考え、想いといったものを再確認できたのは良かったことなのかも知れない、と、嬉しそうにしている少女人形を見ながらセレーナは微笑むのであった。
「なんか……姉上――姉さんもついてきた」
「楽しそうだったからねー。私もクレアちゃん達と依頼にでかけたいなーって」
明くる日。約束の場所と時間に顔を出すと、何やらニコラスと共に楽しそうにしているルシアこと、冒険者に扮するルシアーナが姿を見せていた。
昨日と同じくロナは解読作業。クレア達は薬草採取の依頼の残りをこなすために出かけることとなったわけだが、そこにルシアが飛び入り参加したいといってきたわけだ。
「私達は構いませんよ」
「異論はありませんわ」
「俺も、どちらでも問題ない」
クレアとセレーナ。グライフがそれぞれに答える。スピカも上空を旋回しながら一声あげていた。
「意訳ですが歓迎する、だと思いますよ」
「あら。ミミズクの言葉が分かるの?」
「いえ。鳴き方で肯定とか否定とかを決めているんです。後は喜怒哀楽の感じと状況を加味しての判断でしょうか」
「へえ。意思疎通できるのは便利ね。賢い子だわ」
感心したようにルシアが上空を見上げながら言うと、スピカがまた一声上げる。今度は少し嬉しそうな声だとルシアにも感じられた。
そうして一行は先日のメンバーにルシアを加えて森へと出発することとなった。
ルシアが得意なのは風の魔法だ。毒蝶のような風の影響を受けやすい魔物に対しては特に相性が良い。
ルシアは瞬発力と言えばいいのか、魔法を発動させた瞬間の現象が小さな状態から一気に大きな力を引き出すことを得意としている。
何でもないように遠くの間合いから槍を振るえば小さなつむじ風が放たれ――それが少し飛んだところで蝶を鱗粉ごと巻き込むような暴風の渦となった。
最後に短槍を横に振ると、渦を巻いていた風が真横に向かって吹きつけるような挙動となって、蝶が纏めて木の幹に叩きつけられた。
「おおー……」
「これはまた……」
クレアが声をあげ、セレーナも興味深そうにその魔法の使い方を分析するように見入る。
「ふふふ。ちょっとは驚いてもらえたようで私としても嬉しいわ」
そんな二人の反応にルシアは嬉しそうに笑う。
こうした暴風を発動前に留めて槍やその身に纏い、近接戦闘を仕掛けるのがルシアのスタイルだ。槍術や体術に乗せるように繰り出されるその技は攻防一体であり、応用範囲も広い。
グライフと並んでトーランド辺境伯領の冒険者ギルドから屈指の実力者扱いされるのはルシアが辺境伯家の人物だからというわけではないのである。
「魔法一つとっても色んな使い方といいますか、使い手による特色が見えるのは面白いですわね……ニコラス様が同行を申し出た理由も分かるというものです」
「本当にね。僕としても、ここのところずっと良い刺激になってる」
「クレアちゃんの魔力の使い方は……何ていうか流麗よね」
「セレーナの場合は、姉さんの使い方と少し似てる気がする」
「瞬間的に力を引き出す感じ? それは確かに」
真面目な表情でクレア達の魔法や魔力の使い方についても分析し合うニコラスとルシア。
「まあ魔力の使い方というと、グライフ君もよね」
「グライフも……?」
ルシアの言うことにニコラスは首を傾げる。
「動きの起点を分からないようにしているからな」
「普通の魔力の使い方とは、逆方向の巧者ということよね」
「なるほど……。魔力を感じないんじゃなくて……抑えてるってことか。本当に色々な強さがあるなぁ……」
魔力の使い方という点で言うとグライフもまた突出している。
一見魔力を活用して戦うタイプではないように見えるし、実際に使っているように見えないが、それは傍から見た場合の話だ。
クレアから言わせればとても静かで、セレーナから見た場合は魔力が不自然なほどに表出しない。
探知魔法系で動きが掴みにくく、魔力から推測される攻撃の予兆が非常に分かりにくい。アルヴィレト王国の暗部の技術という裏事情を知ってしまっているクレアとセレーナとしては、中々コメントしにくい話題ではあるが、グライフ自身はその辺、そういう技術を身に着けていること自体は別に隠すつもりもないようだ。
「依頼ではありますが、私達としても勉強や修行になりますわね」
「ありがたいことですね」
そんな話をしながら、セレーナが薬草を摘んでいく。時折蝶の羽を回収して毒鱗粉の採取をしたりもしている。こちらも一応、毒罠としても使えるし、薬にもなる。
麻痺毒としてはそれほど強いものではないので魔物に対しては使えない場合が多いのだが、他の素材と組み合わせて魔法をかけてやることで、もっと効力を上げられる、というのがロナの教えだ。とはいえ、悪用できてしまうものなので売ったりするつもりはクレア達にはないのだが。
そうやって昨日と同じように役割を入れ替えながら薬草採取と魔物退治をしていたクレアであったが、探知魔法を展開する番となった時に、ふと動きを止める。
「これ、は……?」
「どうかなさいましたか?」
「いえ……何だか、今までちょっと感じたことのない不思議な魔力の動きがありまして。んー……何というのが良い、でしょうね。」
少女人形が首を傾げ、顎に手をやって思案してからクレアが言葉を続ける。
「言葉にするのが難しいのですが……いきなりこの森の少し上に探知魔法の届かない空白地帯が生じた、みたいな……? 今はもう周囲の魔力に紛れてしまって、よくわからないのですが」
「紛れてしまうというのは……想像ですが、空白地帯だからそこに環境に満ちている魔力が流れ込んでしまう……というような感じでしょうか?」
「多分……そうだと思います」
そんなクレアの言葉に、他の面々も顔を見合わせるのであった。




