第52話 前に踏み込むために
「それで――私はどうやら、その国の武術指南役の人に連れられて逃がされた王女様……ということらしいです」
クレアはグライフから聞かされた話をセレーナに伝えていく。
セレーナは時折相槌を打ちながらも静かに耳を傾けていたが、その話を最後まで聞くと大きく頷く。
「なるほど。アルヴィレトの王女殿下でしたのね……。寧ろそのお話に納得してしまったようなところはありますが」
「そう、なんですか?」
少女人形と共に首を傾げるクレアに、セレーナは笑う。
「クレア様がどこかの国のお姫様であったのでしたら、確かにそれは似合いそうだな、と」
「そうですかね……。こんな内面の王族がいるでしょうか……?」
「ふふ。雰囲気的には納得ではあるかな、と」
クレアは内面の自信の無さやあがり症のことを言っているが、セレーナは雰囲気だけでなく、考え方や実際の行動を考えれば、王族としては望ましい人物だと思う。
好戦的ではないけれど、一度戦うと決めれば萎縮するということがない。そしてその行動原理やその指針はセレーナの目から見て好ましいものだと思えた。
政治的な部分は知識をつけたり、それが分かる者に支えてもらって舵取りをしっかりとしているという形でもいいのだし。とはいえ、環境が違えば育ち方も異なるのかも知れないがそんな事を言っても仕方がない。
アルヴィレト王国の王族達がどんな人物達であったのかは分からないが、グライフの性格や行動を見た上で考えるならば、きっと立派な人達であったのだろうとも思うのだ。
「きっと……クレア様はクレア様です。私から見てこれからも共にいたい姉弟子という点に変わりはありませんわ」
「それは……ありがとうございます」
少女人形ではなく、クレア本人が少し気恥ずかしそうに応じる。
「何と言いますか、セレーナさんやロナが変わらずにしていてくれるというのは安心できますね……」
セレーナとしてはクレアが王族であるからと、別段何を変えるでもない。
普段から尊敬している相手、親しい相手に対しての貴族令嬢の態度として恥じないものをと心がけているし、それがセレーナの身に沁みついている性格や素でもあるのだから、別段無理をしているわけでもないのだ。
クレアは王族だからと言って、態度をもっと敬ったものに変えて欲しいと言ってくるようなことはないし、そうされたら寧ろ嫌だと感じる性格だろう。
であれば、セレーナのすべきこととしては前と変わらず接することだ。
その上で問題があるとするならば――。
やはり帝国への対応や、それからそれを知った上でこれからどうするべきか、なのだろう。だが、それを話し合うのならロナやグライフを交えて行うべきだ。
「先程危ないことがあったしてもですかと私に問いましたが……もし仮に帝国が依然としてクレア様を狙っているような危険があるのだと仮定して。それで臆して友人や姉弟子から離れるようであれば、そんなものは誇り高きロシュタッド王国貴族の名折れというものですわ」
「なるほど……。それは、私が失礼でしたね」
「いいえ。クレア様の誠実さや優しさに他ならないものと思っておりますわ」
気遣ってのものであるのだから、至極真っ当な言葉だとセレーナは言う。話を聞かずに判断できることではないだろうし、それで危険が予想されるのなら巻き込まないように危険から遠ざけたいと思う事だって理解できる。
だが、そんな性格の姉弟子だからこそ、セレーナはこういう選択を迷いなく取れたのだ。
セレーナの言葉に、クレアは小さく微笑む。立ちあがると、セレーナから習った作法に則り、スカートの裾を摘まんで丁寧に挨拶をする。
「……では――改めまして。これからもよろしくお願いしますね、セレーナさん」
「はい。こちらこそよろしくお願いいたしますわ、クレア様」
セレーナもまた、それに作法に則った挨拶を返し、それから二人ははにかんだように笑い合うのであった。
クレアとセレーナの話も終わり、1階の食堂にてロナ、グライフも交えて話をする。スピカもクレアの襟元に戻っていった。
部屋で話をしていたのは落ち着いた状況で繊細な内容を伝え合うのに周囲に人がいるのとではやはり当人達が違うからだ。そういう状況でもないのならば、表に出せない話でも消音結界を使えばいいだけの事である。
「ふむ。あんたらの話も無事に終わったようだね」
「そうですねえ。基本的には今まで通りという感じですよ」
「クレア様はクレア様ですからね」
クレア達の顔を見てその話し合いも良いものだったと判断したのか、ロナが言うと少女人形とセレーナが顔を見合わせる。
「状況に応じた対策を考えるってのはあるにせよ、あんたはまだ独り立ちしたわけじゃないからね。周囲はともあれ修行に励むのは今までと変わらないよ」
「――わかりました、ロナ」
クレア自身が嬉しそうに微笑み、少女人形が大きく頷く。そんなクレアとセレーナ、ロナの様子に、グライフが安堵したように小さく息をついてから静かに笑みを見せた。
「それじゃ、現状の整理もしとくかね」
「ですわね……。遺跡で扉を開いた時の話もグライフ様と共有しておくべきだと思いますわ」
「ああ……。それもありましたね」
セレーナの言葉に少女人形が腕組みをしながら言う。グライフに扉を開いた時の実際の動きを伝えると「なるほど……」と呟くように言った。
「遺跡を調査している帝国の目的がどうであれ、それが知られればクレア嬢を狙ってくると思われる」
「セレーナが機転を利かせたのは正解だったねえ」
「確かに。打ち合わせをしていない場面で偽情報を広められたのは大きいな」
後から情報を集めようとしたところで、扉を開いた原因がはっきりしていないから「こうなのではないか」という目撃者の推測が入ってくる。そこでセレーナが機転を利かせた内容が、根拠として上がることで、遺跡の扉を開いたのは墓守の核なのではないかとそれなりの説得力を持ってくるというわけだ。
「墓守の核も抑えている。いざという時はそれを渡して見逃してもらうという形で、保険を打つのにも使えるかも知れないな」
「その間に危険から逃げるってわけだね。偽物なんかを用意しとくってのも面白いかも知れない」
「確かに……。何か考えておきますか。身代わりという話をするなら、人形もありますからね」
グライフやロナが案を出すと真面目に思案するクレア。
「まあ、そういう小道具で上手く演出して見せるのはあんたの得意技だねえ」
「この後は……どうなさいますか?」
「解読作業がちょいと佳境と思われるとこに差し掛かっててね。あたしはすぐには庵には戻れない」
「クレア嬢が扉を開いた、か。アルヴィレト王家にも関わってきそうな話だな……」
グライフが言うと、皆の視線が集まる。
「そういう話に何か心当たりがあるのかい?」
「具体的には何も。ただ……アルヴィレトは国の規模に比して歴史が古い、とは言われている。色々と冒険者として知見が増えて気付いたことではあるが、魔法技術もという面でも、あの国は小国とは思えないものがあったな」
「ふむ……」
ロナは顎に手をやって思案する。
「いずれにせよ、魔女殿が仕事を終えるまで同行は待つさ。それも重要な事だし、クレア嬢達も依頼を受けると話をしていただろう」
「ニコラスさんとも約束をしていますし、セレーナさんの事情もありますからね」
「セレーナ嬢の事情?」
「確かにグライフ様とは今後関わる事も増えそうですし、それも話をしておいた方が良さそうですわね」
そう言って。セレーナは自身の事情をグライフにも説明するのであった。




