第51話 亡国の記憶
――クレアという名は、ロナが付けた名だ。
クレアとクラリッサ。本名が分かっても愛称として通じそうな名前だったのは良かったと……そんな風にクレアは思いながらグライフに尋ねた。
「私を守っていた、あの老剣士や他の方々は、どういう方達で、名を何というのでしょう?」
「老剣士……元騎士団長にしてアルヴィレト王国武術指南役のオーヴェル殿だな。俺の命の恩人であり、表の剣術の師でもある」
「オーヴェル……」
「姫を預かり、国を出た。逃れるなら王国だと思って冒険者となって、あちこちを探し回ってはいたが……あの方は、やはり……?」
「大樹海にて、追手や魔物と戦って私を守るその中で――。私はまだ物心つく前でしたが、その頃の記憶だけは残っています。あの人が私を守って剣を振るう、後ろ姿が目に、記憶に、焼き付いている。だから、ずっとその理由を知りたいと思っていたんです」
クレアが自身の目のあたりに手をやって言う。
「そう……か。残念だが……。姫を守り切り魔女殿に繋いだことを、弟子として誇りに思う」
グライフは時間をかけて探していたということもあり、それも覚悟していたということなのか、オーヴェルの訃報を聞かされても取り乱すようなことはなかった。ただ、
「……オーヴェルさんは、どんな方だったのですか?」
「およそ武人として、非の打ちどころのない方だったよ。誇り高く王の信任厚い。俺も……剣技の修行中に、魔物から命を守って頂いた。陛下とは個人的な親交があり、それ故に王女を任されたのだろう。あの人は、ご自身の孫娘のように思っていたからな」
「それが、あの方の理由――」
クレアは目を閉じる。忠義と人生を通して築き上げてきた矜持。それから、個人としての友情とクレア個人に対する思い入れ。それは、人生においてのほとんど全てだったのではないだろうか。
グライフはオーヴェルと共に脱出した者達の名と肩書きを1人ずつ上げていく。近衛騎士と城の衛兵。身の回りの世話をする侍女といった者達だ。
「……憶えました」
クレアはその名と、肩書きを復唱する。それから、グライフの見ている前で偽装魔法を解く。
「それが、貴女の――」
「はい。偽装魔法を解いた姿です」
「……間違いないということが確認できた。礼を言う」
その髪と瞳の色は、グライフが見かけた王女の姿と一致する。珍しい髪と瞳の色。その面影や年齢。身に着けた技術とオーヴェル達。その全てが、クレアこそアルヴィレトの王女に相違ないということを示していた。
グライフの返答に少女人形が頷き、再び偽装魔法が用いられる。
「グライフさんの目的は、私を探すことですか?」
「そうだ。同胞全般にではあるが、クレア嬢とオーヴェル殿の消息を追ってきた。王女殿下と――俺の恩師だからな」
グライフが尋ねる、クレアが静かに答える。
「オーヴェルさん達のお墓は、ロナの庵にあります」
「魔女殿の庵か」
「多分、今回のような事情であれば――ロナは招待してくれると思います」
クレアの口調はロナの対応に確信があるようなものに聞こえた。確信というよりは、ロナへの信頼なのだろうと、グライフには感じられた。
「それは助かる。許可が出たならば、同行させて欲しい」
「勿論です」
「それから……これも伝えておこう。アルヴィレトから逃れてきた者達の何人かは既に探し当てている」
「ああ……それは何よりです」
クレアが安堵したように息をついた。少女人形も同時に胸を撫で下ろしているといった様子だ。
「ただ、王国北方……この近辺では知り合いはいないな。やはり帝国から遠ざかれる南の方が安心ということなのだろう」
「心情としては分かる気がします」
そして、彼らが南にいるからグライフは自分にできる事をと、王国北方に来ているのだ。帝国が動くなら辺境伯領はどうしたって関わってくるし、噂話も伝わるのが早い。
新たに帝国から逃げてきた者がいれば、力にもなれるだろう。
オーヴェルはもう故人ではあったが、もし彼が存命であるなら、そうやって動く可能性もあると思っていたからこそ、グライフは南方を同胞に任せて辺境伯領で活動してきたのである。
「私の話も少ししておきます」
クレアはそう言って、ロナに大樹海で育てられた事や、糸の固有魔法を得たこと。人形がないと上がり症で落ち着かないことなどを伝える。
「人形をずっと操っているのは、実際に修行でもあるんですが、そういう理由もありまして……」
「そうか……。時々感情が人形の方に強く出ているような気もしていたが、糸そのものが固有魔法由来だったからなのだな。納得した」
クレアの言葉に、グライフは苦笑するのであった。
「――グライフさんとのお話も、終わりました」
「待たせてしまったな」
話を終えたクレアとグライフが、ロナとセレーナのところへ戻ってくる。
「あんたにとっては――悪い話ではなかった、みたいだね」
クレアは傍目からは普段通りではあるが、付き合いの長いロナは機微が分かるものであるらしい。
「はい。あの方達に関しては知ることができて良かったと思っています。誇り高い方達で、その理由も……誰かに憚るものではありませんでしたから」
「そうかい」
「はい」
少し顔を上げて、微笑んで頷くクレア。
それからクレアは、セレーナに目を向けた。セレーナもまた、そうなると分かっていたようにクレアを見る。そして、クレアが口を開くよりも早く言った。
「クレア様が嫌ではないのでしたら、お聞きしますわ。いえ……私が聞きたいのです」
それは、ロナの言葉を借りるならクレアの事情に対して踏み込むつもりがある、ということだ。
「もし知る事で、危ないことがあったとしても、ですか?」
「そうだったとしても……いえ。だとしたら余計に、ですわ。私なりに、しっかりと考えた上での答えです」
断言するセレーナに、クレアは目を細める。
「私は――本当に周囲の方達に恵まれていますね。セレーナさんがそう仰ってくださること。嬉しいです。本当に」
「ふふ。ここで踏み込めないようであれば、私は最初から冒険者になるなんて選択をしていませんわ」
クレアは頷くと、今度はセレーナと共に客室へと向かった。
「……ま、あっちは大丈夫そうだね。さて。あんたもまだあたしに話があるんだろう?」
その背を見送ったロナが、グライフに尋ねる。
「ああ。庵に同行させてはもらえないだろうか」
「問題ないよ。場所を漏らすこともあんたなら無いだろうからね」
グライフがそう言ってくるのを予期していたからだろう。ロナは二つ返事で応じる。
「感謝する、魔女殿」
「ま、同行する目的が目的だからねえ」
「感謝というのは……クレア嬢のこともだ。守って下さったこともそうだし、お優しい方として育てて下さった。本当に言葉を尽くしても足りない」
「あれの性格は元々の気性の方な気がするがね」
ロナは苦笑する。セレーナやグライフには謙遜だろうと思われるのかも知れないが、クレアには前世の記憶がある。
クレアが前世で受けた教育は、ロナの基準で考えると相当高度なものだ。教養や知識だけでなく、倫理面では最初から完成されていたような部分があったから、そこに関してはロナの教育の賜物のように言われると、申し訳ないような気分になってしまうのだ。
無論、ロナがそんな風に思っていることなど、クレアの前世について知らないグライフには伝わらない。案の定謙遜だと受け取って寧ろ畏まっているようなグライフの様子に、ロナは少し困ったように小さく頬を掻くのであった。




