ひよこ、感動する本を読む
今日は魔王がお忙しそうだし、リュウが遊びに来ていないので一人で図書館へとやってきた。父様はのんきにお昼寝中だから置いてきた。
「おや、いらっしゃいヒヨコちゃん」
「フレディさんこんにちは」
図書館に赴けば穏やかな図書館の主、フレディさんが迎えてくれた。
最初の頃こそ魔王や白虎さんの身内ということで私やリュウに遠慮していたフレディさんだけど、今は親戚のお兄さんのようにかわいがってくれている。
私とリュウを膝に乗せて読み聞かせをしてくれたりもするし。すごく穏やかな語り口だから、話していると安心して眠くなってしまうのだ。
そして私とリュウが寝てしまうとブランケットでくるんで寝かせてくれる。なかなかに子育て力の高いお兄さんだ。
「今日はどんな絵本にする?」
「ん~……」
どうしようか……。
ここにある絵本はもうほとんど読んでしまっているのだ。
視線を巡らせると、新刊コーナーに見知らぬ本が置いてあるのが見えた。絵本ではないけど、私でも読めそうなくらいの薄さの本だ。
ちょうど暇だし、絵本以外の本を読んでみてもいいだろう。
「フレディさん、これ、どんなほん?」
「これか、今日入ってきたばかりだから僕もまだ読んでないんだよね。ただ、巷では話題の本らしいよ」
「そうなんだ」
それじゃあ読んでみることにしよう。
◇◆◇図書館の主視点◇◆◇
……どうしよう……。
僕は何百年かぶりに背中に冷や汗をかくという事態に陥っていた。
なにせ、目の前でヒヨコちゃんがボロボロと大粒の涙を流しているのだ。
子どもは普通声を上げて泣くものだと思ってたけど、ヒヨコちゃんは声も出さず静かに泣いている。以前、歳の割にうちの子はあまり泣かないってデュセルバート様が心配してたけど、まるで泣き方を知らないみたいだ。
人界では普通に泣くこともできなかったんだろうか。
とりあえず、ヒヨコちゃんを抱き上げて目元にハンカチを当ててあげる。
「おー、よしよし、悲しいお話だったねぇ」
「……」
小さく嗚咽を漏らすヒヨコちゃん。そんな様子もどこか不慣れだ。
人界でのヒヨコちゃんの生活を想像すると、見ず知らずの人間に殺意が湧く。
にしても、まさかこの本が親と生き別れる子どもの話だったとは……迂闊だった。
巷で話題の本だとは知ってたけど、まさか泣ける系の話題のなり方だったとは。しかもこの主人公の子、なかなかに辛い境遇だし、親と離ればなれになった心情がやけにリアルに表現されているのだ。まさか、この僕が作者の文才を憎く思う日がくるとは。
「ヒヨコちゃん、これはあくまで物語だよ。本当にあったお話じゃないから大丈夫だからね」
小さな背中をポンポンと撫でていると、図書館の入り口の扉が開く気配がした。
誰が来たんだろうとそちらを見ると、訪問者はリュウ君だった。
「……ヒヨコ……ヒヨコ……!?」
人型でやってきたリュウ君が泣いているヒヨコちゃんの姿を目にすると、眠たげな瞳が一瞬にして大きく見開かれた。……瞳孔も開いてないかい……?
文字通りヒヨコちゃんのもとへ飛んできたリュウ君が
「ヒヨコ、どうした。なんで泣いてる?」
普段はゆったりとした話し方のリュウ君が早口でヒヨコちゃんに話しかける。
そして、リュウ君の紅い瞳がチラリとこちらを見た。
いやいや、僕が泣かせたわけじゃないからね? 検閲を怠ったのは僕の落ち度ではあるけど、故意に泣かせたわけではない。
僕が座っている椅子に膝立ちになったリュウ君は、手でヒヨコちゃんの涙をぬぐう。
「ヒヨコ、どうした」
「……ひっ、ひっく……」
涙が止まらないヒヨコちゃんは、上手く話せないようだ。
とりあえず一旦落ち着けてあげないとな。水を飲ませてあげよう。
僕はヒヨコちゃんが持ってきていた水筒を手にとった。
「ほらヒヨコちゃん、ちょっとでもいいからお水飲もう。デュセルバート様も陛下も、リュウ君もここにいるんだから大丈夫だよ。あれはただの物語だから」
僕の言葉を聞いたリュウ君の視線がヒヨコちゃんから見えない位置に隠した本に移る。
どうやらヒヨコちゃんが泣いている理由を、大まかにではあるけど察してくれたらしい。よかったよかった。
ヒヨコちゃんの水筒の飲み口を口元に当ててやると、コクコクと少しだけ飲んでくれた。
よしよし、このまま落ち着いてくれたら……。
そう思った時、再び図書館入り口の扉が開かれた。
「――ヒヨコ~、ごめんね、父様ってばすっかり寝ちゃってたよ~……って、ヒヨコ?」
ぽろぽろと涙をこぼすヒヨコちゃんを見て、一瞬にして真顔になるデュセルバート様。
普段はにこやかな美形の真顔……怖すぎる。
そんなデュセルバート様の心情の現れか、外からゴロゴロと雷の音がしてきた。
おかしいな、今日は晴れだったのに……。急に激しい雨も降り始めたんですけど……。これ、絶対デュセルバート様の影響ですよね……。
デュセルバート様が体調不良の時期以外、こんなことにはなったことないのに。愛娘の涙は、デュセルバート様の心を大いにかき乱したらしい。
「ヒヨコ、どうしたの?」
デュセルバート様がヒヨコちゃんのふくふくのほっぺを撫でた。
「とーさま……」
ヒヨコちゃんが両手を伸ばすと、デュセルバート様は迷いなくヒヨコちゃんを自分の腕に座らせ、むぎゅっと抱きしめた。
そして、僕に状況の説明を求めるように視線を寄越してくる。
一刻も早く状況説明しようと口を開いた瞬間、三度図書館の扉が開かれた。
そして入ってきたのは黒髪の美青年、陛下だった。
「おいデュセルバート様、外の天気が悪いが一体何が……」
そこで、陛下の言葉が止まる。無論、ヒヨコちゃんの涙を見たからだ。
まあ、陛下ならそこまで取り乱すことは……って、え!?
「ヒヨコ……?」
へ、陛下が走った……。
冷静沈着の権化みたいな陛下が走った……。それも、全力疾走だ。
走ってきた陛下は、デュセルバート様からヒヨコちゃんをむしり取るように奪った。そして、子どもを守る野生動物のように懐に抱き込む。
冷徹な独裁者のような瞳は、完全にヒヨコちゃんを泣かせた“誰か”を抹殺する気だ。いや、実際にはそんな人はいないんだけど。
ダメだ、怖気づいてないで魔界が滅びる前に説明しないと。
「ち、違うんです! 親と生き別れになってしまう悲しい本を読んでしまって、感情移入をしすぎちゃったようで……」
そう言うと、デュセルバート様と陛下が顔を見合わせる。
「な~んだ、誰かにいじめられたとかじゃないのか」
「……ヒヨコ、そうなのか?」
陛下が問いかけると、腕の中のヒヨコちゃんがコクリと頷いた。
「そうか、登場人物に自分を重ねてしまったのか」
我は急にいなくなったりしないから大丈夫だ、と言い聞かせながらよしよしとヒヨコちゃんの頭を撫でる陛下。
――こ、これは紛れもなく父親……! 聖母ならぬ聖父……!!
魔王陛下その人に抱くには甚だ似つかわしくない感想だが、しっかりと父親をやっている陛下に僕は感動を覚えた。
「ヒヨコにもしっかり情緒が育ってる証だねぇ。よーしよーし、悲しかったねぇ。かわいいねぇ」
デュセルバート様も娘がかわいくて仕方がないようで、目尻を下げて黄色い頭を撫でている。まさに目に入れても痛くないかわいがり方だな。
リュウ君も子竜姿になると、ヒヨコちゃんを抱っこしている陛下の肩に飛び乗った。そして、ヒヨコちゃんに鼻先を擦り付ける。
慰めているんだろう。
一見感情の起伏に乏しい子だけど、すごく友達思いなんだよなぁ。
三人がかりであやされたヒヨコちゃんは安心したようで、しばらくすると穏やかに寝息を立て始めた。
うんうん、この三人が君と離ればなれになることをよしとするわけなんてないから、安心して眠るんだよ。
リュウ君もお眠になってきたのか、陛下の肩の上でコクコクと船をこぎ始めた。そんな子竜君をデュセルバート様がクスクスと笑いながら回収する。
にしても、陛下の肩に乗ることができるのなんてヒヨコちゃんとこの子くらいだろうなぁ。
少なくとも僕には畏れ多くてできないよ。
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